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2019.6.16 村役場「身売りの相談お受けします」

『娘身売の場合は、当相談所へ御出下さい。伊佐沢村相談所』


今からおよそ90年前、こんな張り紙が貼られていました。

行政当局が身売りを斡旋するというものです。

大凶作に襲われ、飢餓地獄と化していた当時の農村。

いくら安かろうとも、娘を売らなければ生きていけない…。

それほどに食うに困った農民の娘を、身売り業者は安く買い叩いていました。

そこで農民を救済するため、身売り自体を無くすことはできないまでも、せめて適正価格で身売りが行えるようにと行政が乗り出しました。


飢餓地獄に苦しんだのは、もちろん女子だけではありません。

男子は雀の涙ほどのお金で丁稚に出され、まだ義務教育の残る子供達も学校を休んで山に入り、栗やトチ、フキなどの食料を探す毎日。

大人たちの顔からも生気は消え、背後に迫る餓死の足音から、逃れるのに必死でした。


凶作に見舞われ、食糧難に苦しんでいた当時、日本政府が救いとして目をつけたのは、中国東北部にある「満州」の地でした。

なぜ満州が日本の救いとなるのか。

当時の日本が満州にどんな"夢"を見ていたのか。

そして、満州で何をしたのか…。

このあとの詳しい歴史をお知りになりたい方は、2019.6.15の『満州国とユダヤ人計画』を是非お読み下さい(*^^*)

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