紗水さんの陰謀のこと。

 私が中3の時、生徒会長選挙をめぐってついに学校内に怪文書が撒かれると言う異常事態が発生した、と言うのが前回「怪文書のこと。」までの粗筋である。怪文書の出処も、誰が校内中庭(さすがに校舎内ではなかった)でビラをばら撒いたのかも皆目見当が付かないのだが、これは対立候補として誰が挙がってきそうなのか調査する必要がある。私は翌日の放課後に2年生8クラスの各委員全員を、委員長の許可の下で招集した。

 目的は一つだ。Sa以外に生徒会長のポストを狙っているヤツ、あるいは担がれようとしているヤツを探るため、クラス内の情報を片っ端から拾い集めろ。そう命じたのだが、背景事情を敢えて説明しなかった。それはSaに対する評判も、Saおよびその家族に向けた怪文書が出回っていることも、彼らにはすでに浸透した後だと判断したからであるし、この運営局長の言っていることは恐らくその部分への対策である、と彼らは容易に判断できるのだ。

 そうは言っても簡単ではない。況してや私は特に教師連中からの覚えがめでたくなく「努めて品行方正に見せているが、内心は非常に反抗的で反動的。悪知恵が働き、教師を小馬鹿にした態度を取る」と言うのが私のもっぱらの評価だった。まぁその評価については確固たる事実であり、確かな評価眼だと言わざるを得ないが、それゆえ私自身が動いてしまうのは、いらぬ波風を立てかねない。だから当事者たる2年生を動かしたのである。「怪文書の発信元」と「対立候補」が全くの無関係だった場合、愈々「発信元」のほうは押さえられない。そのことを指摘した2年生に、私はこう言った。

「だったらどうでもいい」

 そう、誰が真犯人かを探したいのではなく、対立候補側の親――怪文書の文面から高い蓋然性で推測できる相手が犯人かどうか、それさえシロになってしまえば、私らの仕事はそれで終わり。あとは単にSaの家族、およびSa自身の人望の無さを恨んでくれと言うしかないし、それ以上は選挙管理委員会の与り知らぬところで勝手にやってくれ、としか言えなかった。

 ……ところが、結果は嫌なほうの結果に転がった。

 対立候補として出馬を予定しているSuは、成績は中の上。父親は開業医で羽振りも良く、教育にも熱心で学区の中でも名士と名高い。更に奇遇にも、いやたぶん、奇遇でもなんでもないのだが、Saの父親は某大医学部の当時で言う助教授、現在の准教授職にあった。この上に、もう一つ鬱陶しい事実が横たわっていて、このSuの父親はどうやら来年PTA会長になるらしい。

 すべてのシナリオが明け透けになった時点で、私は動いた。親同士の喧嘩に生徒会を利用されるなど、言語道断だと憤っていたわけではない。それならいっそW教諭の言う通り、両方潰すほうが結果としては面白いじゃないか、と言う「反動的」なアイディアに基づいていた。私は当時2年生で生徒会書記を務めていたYを呼び出した。
「おう、Y。お前さん、生徒会長になる気はねぇか?」
「はぁ? 紗水先輩なに言ってるんですか、わざわざ三年になってまで生徒会の仕事なんかしたくないですし、僕らだって来年は受験なんですよ?」
 俺らだって今年は受験だよ、と言いたいのをすんでのところで飲み込む。ここで私がキレては計画が御破算になるからだ。Yには、いま生徒会長選挙を巡って何が起きているのかを詳しく話して聞かせ、「生徒会を私闘の道具にしようとしている」と言う取ってつけたエセ正義論でYの心を動かす。
「大丈夫だ、お前さんは(現生徒会長の)Sが後継として見込んだ人材だと言う印象付けをさせる。三年と一年の票まとめは、俺らに任せろ。なに、それでお前が落選したとしても、今回の一件が開票後に判明したことにして、2人とも候補から蹴落とせばお前さんの勝ちだ」
 そう言うと、Yは深ぁい溜息を吐いてからこう言った。
「……断ればひどい目に遭うんですよね、たぶん。じゃあ良いですよもう」

 そうして、Yの所属クラス担任を抱き込み、Yの擁立の事前表明と、現生徒会長が直々に後継に指名した印象を公示前から印象付けられるよう、生徒会の公務の席次をSaよりYが優先するようにさせた。それも私がSに直々に頼み込んだ結果であると同時に、
「おめぇが生徒会長なんてやってられたのは、俺のおかげだからな?」
 と売らなくても良い恩を押し売りしたのである。並行してSuの父親が「怪文書」の出元で有る確かな証拠を握った私は、彼の経営するクリニックに風邪を模して出向き、県警OBの名前をチラつかせながら、念入りに「お願い」をしたことで、Suの出馬は沙汰止みになったのである。

 あとは「Yは選管の傀儡」と言うイメージを抱かせないように、我々は影で息を潜めながら協力者筋を伝ってSaの評判を落とすと言う、怪文書よりも遥かにタチの悪い戦術によって票をYでまとめさせれば出来上がりだった。開票結果はYの圧勝であったが、そんなことは開票前からわかっていたことだし、その後のお膳立ても現執行部から新執行部への引き継ぎセレモニーで述べる新生徒会長の「おことば」も、私が直々に執筆させていただいた。

 後に同じ高校の一年後輩として入学してくるYは、「紗水先輩は陰謀家だから、付き合いを持っちゃダメだ」と周囲に触れ回っていたそうだが、その陰謀の中身までは口を割らなかったと言うのだから、恐らく彼の本質も私と同じ穴の狢だったのではないだろうか、と思わなくもない。

 中学生最後の「仕事」を終えた私に残された課題は、せいぜい県立高校の入試程度のものであったから、もう何もないのと同じだった。さらば優等生の称号、さらば学年トップクラスの成績。進学すれば、学区内の各中学校から俊才たちが集い、私など早々にモブに埋もれるであろう。

 私は、そんな日が早く来ないかと、胸を躍らせていた。



――次回、「落ちこぼれのこと。」

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