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RIVER【最終編】

青柳は、なんとか山本の個展を開きたいという思いで、編集長に何度も掛け合った。青柳自身も会場となる百貨店や美術館、骨董屋に至るまで、足を棒にして探し回った。疲れていても毎日が生き生きしている。
湧き立つ感情が青柳の足を前へ前へ進める。

一方で山本は、不法投棄されていたゴミを電動ノコギリで小さく解体していった。自転車の車輪、ハンガーラックのパイプ…これらの廃材をどう組み立てようか山本の頭の中は、無限に広がっている。
そういった時でも、軍手をしながら作業をしていた青柳のことを思い出すと、胸がキュッとした。
青柳が自分のために行動を起こしてくれているとはつゆ知らず、最近ここを訪れてくれないことに少し寂しさを感じていた。


青柳のハイヒールで歩く靴音は、山本の姿を見つけるやいなや、コツコツコツコツ…とけたたましい音に変わった。
「山本さん、やりましたよ! 大手の百貨店の催事場を押さえました!」
「え? ホント!」
「本当です! これで山本さんの存在が世に出るんですよ。みんなこのオブジェ見てビックリすると思います」
「最近来ないなぁと思っていたら、そんなことをしてくれていたんだね。ありがとう。でも…こんなガラクタ本当に見に来る人いるのかねぇ」
弱気な山本に、青柳は間髪を容れずにこう言った。
「前進あるのみです!」
「こりゃ、参ったなぁハハハ」
山本の電動ノコギリを持つ手に力が入る。青柳の個展を一緒にやり遂げようという意気込みが嬉しかった。
「青柳さん、どうしてここまで俺に協力してくれるの?」
「え? いや! 別に……そうそう! 山本さんの作品が素晴らしいからですよ。」
青柳は山本の素朴な質問にたじろいだ。なんだか焦っている自分を見せたくなくて、その辺にあるゴミを拾い集めていた。


個展は8月28日に決定した。
奇しくもその日は、山本の友人の命日だった。
毎年行っている墓参りが今年は個展で行けなくなった。すると青柳が
「山本さん、お墓参りに行けなくても心で想って供養してあげても良いんじゃないですか。ご友人も山本さんが活躍するのを楽しみにしていると思います」
「あぁ…そうだね」

あの時、助けてあげられなかった友人。
山本の創作する手に“友人への想い”が込められる。
このオブジェに“祈り”を込めて創作する。

その見えない山本の想いを、青柳は感じ取っていた…


当日の個展は大盛況で、各新聞や雑誌社の取材が殺到した。
あまりにも口下手な山本を陰で『がんばって』とジェスチャーして応援をしている青柳がいた。
川でレスキューをしていること、川へ不法投棄された物でオブジェを創ったこと、亡くなった友人への想いを語った。


翌日、新聞を持って青柳は山本を訪ねた。
「おはようございます。すごいですね、大反響ですよ…って言うとまた怒られちゃうかしら」
青柳は少し控えめに言った。
山本は物置き場でガサゴソと探し物をしている。そして空箱を持って青柳の前に立ちこう言った。
「青柳さん、昨日は本当にありがとう。俺は自信を取り戻せたような気がするよ。なんとお礼を言ったらいいか分からない。
でも、これだけは伝えたい。
今、俺は箱を持っている。ココに俺の気持ちが入っているんだ。
そして青柳さんと出会ってからの思い出を一つずつこの箱に入れてきた。
まだ、隙間が空いているんだ。
これからこの箱の隙間を一緒に埋めて入ってもらえないだろうか?」

青柳は驚いた表情をしているが一言「はい」と言って、あふれる涙を山本の胸で隠した。
山本の手は青柳の肩を優しく抱き

「青柳遥さん…これからずっと、あなたと共に川のある暮らしをしていきたい。そして、この箱をあなたとの思い出でいっぱいにしたい」

「私も思い出をいっぱい作ってこの箱に詰めていきたいです」

穏やかな川の流れと夏のまぶしい日差しが、優しく二人を祝福している。

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