日記#1
「社会の歯車になりたくない」という言葉が、彼女から放たれた。
わたしはその頃、完全に、彼女のいうところの"歯車"になろうとしていたため、なんだかとても愉快とは言えない気分になった。
歯車ってなんだ?
「朝起きて、毎日決まった時間に満員電車に詰め込まれて、出勤して、楽しみといえばたまの飲み会で、そんな人生は過ごしたくない。」
たしかに満員電車に詰め込まれるのはわたしも嫌だ。帰宅ラッシュの時間でもないのに、人がぎゅうぎゅうになっている都内の電車には、すごく驚いた。
だけど、歯車、歯車かあ、、、
そんなふうに考えたこともなかった。
彼女は続ける、
「スーツを着て、髪の毛を暗く染めて、整えて、みんな同じ格好でロボットに見える。」
きみは、みずから産まれることを選択したかのように物を言うんだね。
派手でないと、没個性になってしまう理由は私にはわからないよ。
それは、結局、対比で物事を捉える自分自身の内面が浮き彫りになっているということではないの。すべて一緒くたにして、それらに存在する違いを認識しないでいることは、素晴らしいことなの。
歯車ひとつひとつにだって違いはあるし、スーツひとつをとっても各々の物語がある。
ヨレヨレのくたびれたシャツ、ぴかぴかした革靴、ぴんと糊のきいたリクルートスーツ。
きみが求める個性というものは、器だけで取り繕えてしまえるほど簡単なものではないでしょう。わかりやすい特別ばかりをなぞって、安心するのはもうやめなよ。わたしはきみが、会社員でもフリーランスでも、消防士でも、お花屋さんでも、なんでもいいよ。
きみのことは、歯車だと思わないよ。
とは、言えなかった。
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