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TSURUの倍返し

お婆さんが、子育ての様子をInstagramに載せると、スポンサーがついて、お婆さんは、そこから収入を得ることができました。しかし、子育てにはたいへんお金がかかります。経済的なことだけを考えれば、プラスマイナスでいえばマイナスです。

しかし、お婆さんは「割に合わない」などとは微塵も思いませんでした。

お婆さんは、元々、ささやかな年金暮らしを安心できるものにしたくてネットビジネスに取組みました。
国が「2000万円の貯金では足りない」「いや、もっとあっても足りない」と不安を煽るからです。

ところがエモ太郎を授かって、自分の不安を解消するためではなく、子どもの未来を明るくするために「稼ぎたい」と思うようになったのでした。

お婆さんは最高のミルクを与え、最高の紙オムツを使いました。離乳食は無添加で無農薬の食材を使ったものです。母乳を与えられない分、お婆さんはエモ太郎が健康に育つようにできる限りのことをしているのです。

そしてエモ太郎の将来のために、ピアノ教室にも行かせたいし、良い塾で勉強もさせたい。恥ずかしくないような格好もさせたい。などと考え「もっと稼がなくてはいけない」と思うようになりました。

そんな時です。SNS上の知り合いから「仮想通貨投資」を勧められました。
お婆さんは半信半疑で少額の投資をしましたが、それがすぐに倍になったのです。お婆さんはとても喜び、これから市場に公開されるという「TSURU」という仮想通貨に貯金の大部分を投入したのです。
そして、そのことをSNSで多くの人に伝えました。
自分と同じように、子育てをしている方にも豊かになってもらいたかったからです。

一方。お爺さんは、お婆さんがやっている「仮想通貨投資」に疑問と不安を抱いていました。
お爺さんは昔、新聞記者だったので、この「TSURU」という仮想通貨を調べます。するとそれが詐欺だというこに気付きました。

「TSURU」はフィリピンが保有するゴールドで、その価値を保証するという謳い文句で、投資を集めていたのですが、それが真っ赤な嘘だということがわかったのです。

お爺さんは悩みました。お婆さんに「TSURU」が詐欺だと伝えて、自分たちの投資分を引き上げてから告発するのが、正しいかどうかということです。
告発すれば「TSURU」は暴落します。でもそれを自分たちだけが前もって知って、自分たちだけが得をすることが良いことなのか。でもエモ太郎を育てていくにはお金も必要です。
お爺さんは「知らなくてもいいことを知ってしまった」と後悔もしました。

お爺さんは、静かに考えたくて、山に行くことにしました。そしてお婆さんに
「両神山に行ってくる」
と告げて、まだ暗いうちから家を出ました。
そして、帰ってくることはありませんでした。
滑落して死んでしまったのです。

お婆さんは、お爺さんを愛していたので、声も涙も枯れるまで泣きました。けれどもエモ太郎にはそれをみせずに笑顔で接し続けました。
そして初七日が終わって、少し落ち着きを取り戻そうとしていた頃に「TSURU」に詐欺疑惑報道が浮上し、大暴落が起きました。

お婆さんはSNSでも「TSURU」を多くの人に勧めていたので、それを見て投資していた人たちから非難されました。お婆さんは謝罪しましたが、誰も許してくれませんでした。

お婆さんは、愛する人もお金も信頼までも失ってしまったのです。でも挫けられません。エモ太郎がいるからです。エモ太郎の寝顔を見ながら「頑張るからね」と自分を奮い立たせます。
お婆さんはSNSも捨てて、スーパーで時給千円のアルバイトを始めます。

お婆さんは山歩きで鍛えた身体には自信がありましたので、一所懸命働きました。仕事と子育てを両立するのは大変でしたが、お婆さんは幸福でした。エモ太郎がいたからです。

しかし、ある日を境に、度々発熱するようになります。お婆さんは「疲れてるせいだ」と思って放置していましたが、発熱が頻繁でしかも高熱になってきたので病院に行く事にしました。
家の近くの病院で「大きな病院で検査してもらった方がいい」と言われて、大学病院に行って精密検査を受けました。

そして1週間後に医師から告げられました。
「悪性リンパ腫です。余命は二ヶ月ほどかと」
お婆さんは頭がクラクラしましたが、医師の目をしっかりと見て
「わかりました」
と短く言いました。

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