見出し画像

H2107

本当に能力がある者はむやみにそれをひけらかすような真似はしない。能ある鷹は爪をかくすという言葉があるが、反対に未熟な者ほど周囲に自分自身の存在を誇示したがる。能力に自信があるものは必要以上にその部分をひけらかし、秀でた能力を持ち合わせていない者は他人の功績を盾に自らの地位を上げようとする。そして必要以上に膨れ上がった自尊心は、現実から目を背けさせるとともに真実の友を遠ざける。

窓際の後ろから二番目の席は静かに授業を受けつつ、誰にも知られずにノートに落書きを増殖させていくのにうってつけな環境だった。漂白された紙に鉛筆を走らせ頭の中に住み着くもの達を思うがままに出力する行為は、一時的でも創造主になったかのように錯覚させ、それ自体をとても気に入っていた。クラスメイトたちは休み時間にチャイムが鳴ってもひとり机にかじりついている少女の姿を見て、一方的に攻撃してもよい格下の存在だと決めつけていた。彼らの意識は決して誰の目にもわかるようなはっきりとした形としては現れず、見ようとしなければ気がつかない程度のものとして教室中に散りばめられていた。しかし当の本人は自分自身のことを孤独だとは感じていなかった。たまたま同じ学校に通い、同じ教室に振り分けられただけで、時が来れば散り散りになるとわかりきっている相手と親交を深めることに意義を見いだせなかった。だからといって好意を示してくる相手をわざわざ煙たがることはしなかったが、幸運なことに勉強は嫌いではなかったためひとりの時間を有意義に使う術は二年前から心得ていた。それに、一歩離れた場所でなければ見ることのできないものが、この空間には溢れていると気づいてからはそれほど退屈な思いをしないで済んだ。派手な身なりや乱暴な口調で不良を装いながらも、親の言いつけを律儀に守り出席する少年たち、永遠の友情を誓い合った次の日に付き人を換える少女たち。彼らを観察しながら案外他人も間抜けな人生を送っているものなのだと知り、反抗してこない他人を下げることでしか心の安定が保てないのだと、気の毒に思った。

けれどもそれは彼らがまだ未熟だからなのだということを少女はよく理解していた。成人する頃には彼らもお互いが踏み込むべき境界線を見出せるようになるもので、いち早くそれに気がつくことのできた自分は皆が同じようになるまで寛大な心で待つべきなのだと考えていた。しかし彼女は知らなかった。大人になれば成熟した心になるのではなく、様々な経験を通して形成された人格の一部がやっと大人と呼べるものになるということを。自分が生まれるより前にこの世に存在していた者は、無条件に自分より豊富な知識を持っているのだという先入観があったのだ。したがって大人が示した道はすべからく人並みに経験すべきものであり決して特殊な例ではないのだと思い込んでいた。自分がなぜなにも知らないはずの人から同情されなければならないのか、子供であることに甘んじていた少女には思いつくはずがなかった。心のどこかでかのクラスメイトと自分は違うのだとそう望んでいたのかもしれない。いつでも私だけは愛を知っているのだと誰彼構わずに大声で自慢したかった。

かつての彼女がさらに子供だった頃に、見本となれる大人になれるようにやり直せるなら、あのころの少女に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?