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火を焚く

子どものころ、ストーブも風呂釜も石炭だった。

まずはマキをナタで細く割り、その上に少し太目のマキを乗せてから
紙くずを下に押し込んで火をつける。
もちろん、マッチで。

太目のマキまで火が回ったら
「じゅうのう」で二杯ほど石炭を乗せる。
白い煙が上がり、独特のツンとくる臭いがしてくる。
フタを閉め、フタの窓から中の様子をのぞく。

ぶすぶすと煙っていたマキと石炭の小山の中から
だいだい色の細い炎が何本か立ち上がってくる。
大丈夫そうだとフタの窓から身体を少し離して
ヒザを抱えて火を見守る。
おざなりなつけ方をすると火が途中で消えてしまうことがあって
またはじめからやり直さなくてはならない。

めでたく火が起きて
小さなうなりを上げて石炭が燃え出すと、ほっとした。

普段の生活の中で「火」を扱ってこまごまと世話をしていたのは
還暦をとうに過ぎた自分の世代が最後ではないだろうか。

子どもの頃の暖房の燃料は石炭で
居間はペチカで他の部屋はストーブだった。
普段あまり使わない応接間には小さなガスストーブがあったが
ガスの栓を開いてマッチの火を近づけるのが怖かった。
料理は大体ガスコンロだったがこれもマッチで火をつけるもので
ご飯は羽釜を炭窯に入れて炊き
ジンギスカンの時は家族みんなでジンギスカン鍋を載せた七輪を囲んだ。
庭の落ち葉を集めて焼き芋を焼き
母の隣には火鉢があった。
その後
石炭ストーブは石油ストーブになってマッチが要らなくなり
風呂釜も石油になってマッチが要らなくなり
ガスコンロもマッチが要らなくなって
台所から大箱マッチは姿を消した。
台所の床下にあった4トン入る石炭室は物置になった。

スイッチ一つで火がついて、火力の調節も燃料の補給も楽になって
付きっきりで世話をしなくてもよくなったのと引き換えに
火の管理は誰にでもできる単純作業になった。
さらに時代は進み
暖房はボイラーになって火が見えなくなり
電磁調理器や電子レンジや火を使わない調理が普通になった。
そうなると逆に火が懐かしくなるらしく
アウトドアブームが起きた。

人類はおそらく落雷や火山や山火事等自然の火を手に入れて
その火を飼いならすことから始めて
摩擦熱に気が付き・摩擦熱を効率的に作り出す技術へと進んだのだろう。
自分のこれまでの生活を振り返ると
人類史から見ると比べ物にならない短期間に
火を扱う技術の大きな変化を経験したのではと思う。

自分は色々な火の使い方を経験してきたが
火の性質を知っておくことは人類としての「たしなみ」だと思うので
色々に火を焚く経験はしておいた方がいい。


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