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「こうしえん」

僕と友人はよく甲子園球場に野球を観に行く。
僕と友人が観戦するのは、たいてい阪神タイガース対読売ジャイアンツの試合だ。
なぜなら、友人は特定のチームを応援するのではなく12球団全てが好きな野球ファンだと言っているが明らかに阪神ファンで、僕は特定のチームを応援するのではなく12球団全てが好きな野球ファンだと言っているが明らかに巨人ファンだからだ。
ちなみに友人は野球のグッズ(帽子やユニフォームやメガホンなど)を一切買わない。
「12球団のファンだから特定のチームのグッズを買うわけにはいかない」とよく言っているが、それも嘘でお金がもったいないからだと僕は知っている。
12球団のファンだったら12球団全てのグッズを買ったらいいじゃないか、と僕は友人に言わない。

甲子園球場の前で友人を待っていると、
「駅に着いたけど球場がない」という意味不明のLINEが届いた。
「よく分からないけど黄色のテントの前で待っているよ」とLINEすると、すぐに、
「黄色のテントも球場もない。阪神ファンもいない」と返信がきた。
僕の目の前にはたしかに甲子園球場があって、黄色のテントがあって、阪神タイガースのユニフォームを着たファンがたくさんいて、友人の目の前にはただ殺風景な景色が広がっているのかもしれないから、僕が異世界に迷い込んでいるのか、友人が神隠しにあっているのかはすぐに分からなかった。

僕はリーグ優勝を決めそうな阪神タイガースのファンたちのキラキラした表情を見ながら、今年もCS出場を逃しそうな読売ジャイアンツファンたちのなんともいえない表情を見ながら、とても心細くなった。

なんとなく友人との思い出を振り返る。
思い出されたのは、甲子園球場のレフトスタンドで友人がフランクフルトを食べにくそうにしていたときのことだった。
串に刺さったフランクフルトを最初のうちは普通に食べていたけれど、半分を過ぎたころから、横から少しずつ齧り、ケチャップとマスタードが溢れそうになっていた。
「いや、途中から少し齧りながら引っ張っていったら、そのまま食べれるよ」と教えると、初めて知った青天の霹靂だと言った。
三十歳を過ぎて少し経験値を上げた。
これでガリガリくんとかも途中で落とさなくて済みそうだ、と言った友人を思い出して少し笑った。

LINEを見返すと、先ほどの友人からのメッセージが送信取り消しされていた。
15分ほど遅れて友人が現れた。
僕はもちろん遅れたことを怒らない。
そこから、友人が、阪神電車の車内でひらがなで表示される駅名を見ていて、
「こうしえん駅」と「こうろえん駅」を間違えたことを打ち明けるまで1時間ほどかかった。
漢字にすると「甲子園」と「香櫨園」は全く違う。
阪神のユニフォーム着た人が降りるとき降りるやろ、と僕は友人に言わない。

僕は友人のことをよく知っている。
けれど、だからこそ、この先、まだまだ予想できないことが起こることを知っている。

今日はフランクフルトではなく焼き鳥を食べよう、と思った。



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