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クロックワーク・ロケットを読む(読めたとは言っていない)

こんにちは。
ご注文はうさぎですか?の並行世界観の一つ、クロックワーク・ラビット(クロラビ)ですが、名前の元ネタがグレッグ・イーガン「クロックワーク・ロケット」であるぽいことに今更ながら気づいた、とつぶやいたところ、そこそこの反響がありました。

言い出しっぺとして元ネタを読んでみましたので、感想メモ代わりと、自分でこの分厚い本(ペーパーバックサイズで二段組500ページ超え)を読むのは無理だけどどういう話かは知りたい、的な需要があるかもしれないので、この記事を書き残しておきます。記事中で本書の結末までネタバレしていますのでご注意ください。

予め言っておくと物理学パートは意味が分からなかったのでほとんど飛ばしています。文系には荷が重すぎる。一応日本語版の末尾にある解説をもとに解説しますと、この作品世界では我々の宇宙とは物理法則そのものが異なっており、我々の宇宙では時空間にいる人が時間と空間を少しだけ移動した場合に主観的な時間経過は√(時間^2-(距離/光速)^2)となる一方、この宇宙では√(時間^2+(距離/光速)^2)となっています。止まっている人基準で1秒が経過した時、我々の宇宙では動いている人にとっては√(1-v^2)が経過しますが、この宇宙では√(1+v^2)が経過します(逆ウラシマ効果)。有名な相対性理論の式、E=mc^2はこの宇宙ではE=-mc^2となります。自分でも書いていて意味が分からん。

あらすじ

上で紹介した逆ウラシマ効果というのがキーになっており、相対論の宇宙では光速に近いロケットに乗るとロケット内の時間経過はゆっくりになるとされていますが、この宇宙では逆に凄い勢いで時間が経過するということになります。この物語の主人公は女性物理学者のヤルダ。我々の宇宙でのアインシュタインの相対性理論に相当する回転物理学という理論を組み立てるのですが、同時に、疾走星という現象の増加から、放っておくと彼女の住む惑星は直交星群団という流れ星の固まりに突っ込んでいき破滅する未来が不可避であることに気付きます。これを防ごうと思ったら、惑星そのものを無限の速度の衝突から防ぐ巨大な盾か、惑星そのものを動かすエンジンが必要。しかし今の科学技術ではそんなものを作るのは無理… ⇒ そうだ、巨大ロケットを建造して深宇宙に送り出せば、(この宇宙の物理法則の特異性により)そのロケットの中では時間の経過が何倍も速くなるから、その間に科学技術を発展させて惑星を救えるのでは? という発想に至り、世界中の人を巻き込んでの一大ロケット建造プロジェクトを進めることになる…というストーリーです。物理学的な帰結としてこの宇宙では電子的な制御は使えないということになるそうで、コンピューター制御ではなく巨大な機械仕掛けのロケット、だからタイトルも「クロックワーク・ロケット」となっているんですね。

独特の生態と社会

上では「女性」「人」という言い方をしましたが、作品の舞台となる惑星に住んでいるのは「人間」ではないです。前後2つづつの目を持ち、手足は自由に何本も生やせる生き物という描写がされています。呼吸をする必要はなく、水を飲む必要も無い、というかこの星には水がない、なので原文からも訳文からも宇宙「船」だとか海、川、雨、雲だとかいった水に由来する単語や言い回しは排除されているという徹底ぶりです。そんな生き物が作り出す社会は、我々人類の社会に驚くほど似てはいるのですが、結婚と出産に関しては決定的な違いがあります。まずこの生き物は、原則として男女の双子で生まれてきます。このペアを「双」といい、基本的に双は一生を共にします。生殖も基本はこの双同士で行われます。つまり生まれた時からパートナーは決まってしまっている状態です。ただし稀に一人で生まれてくる個体もおり「単者」と呼ばれています。主人公のヤルダもそうです。単者は基本的には人生の早いタイミングで同じ単者のパートナー(「代理双」と呼ばれています)を見つけて、つがいになっていくのですが、主人公ヤルダは独身を貫いています。この世界では皆が生まれた時からパートナーがいるのが当たり前なので、独身者(単者)への風当たりは人類の社会と比べてもめちゃくちゃ強いという設定になっています。特に男性の出奔者(元々いた自分の双と別れてしまった人)はマジで忌み嫌われているとか。ヤルダがロケット計画への無理解や批判の声と戦いながらどうやって計画を実現していくのか…? が表のテーマとなっていますが、裏のテーマとして、ヤルダが社会の単者差別とどう戦っていくか(命の危険を冒してまでロケットに乗ってくれる人は中々いないので、社会のつま弾き者である単者が乗組員の主力であるという描写がされています)が描かれており、物語に深みを与えています。私も異常独身男性なのでかなり身につまされますね
さらに決定的に人類と違うのが出産のあり方で、この生き物の女性は出産すると死んでしまうということになっています。しかも出産のタイミングは、双(男性)と一緒にいる時はどうやらある程度自分でコントロール出来るらしいのですが、単者は自分でコントロールすることが出来ず、出産可能な年齢以上に達した単身女性は無性生殖により常にいつ死んでしまうか分からないリスクに晒されているという設定になっています。「ホリン」という薬を飲み続けることによって望まない無性生殖を抑えることが出来るのですが、この薬は合法化されておらず、単者クラブと言う裏社会的なネットワークを通じてしか入手できないという設定になっています。

感想と物語の結末

物理学パートはマジで意味が分からないのですが、それを抜きに読んでも非常に面白いストーリーだったと思いました。田舎の村出身の変わり者の女の子でしかなかったヤルダが、都会に出て立身出世を成し遂げ、世界を救う一大プロジェクトの中心人物になるというストーリー自体がプロジェクトX的な王道の楽しさがありました。プロジェクトを進めていく上では様々な障害、反対があり(ヤルダがいくらこのままだと世界は滅ぶ!と主張しても科学知識の無い普通の人には信じられないし、山一つ分ある巨大なロケットにたくさん人を乗せて打ち上げるぜ!と言われても普通は賛成しない)、それに立ち向かっていく様はドラマチックでした。社会の単者差別もあいまって、対立する市議会議員に目を付けられたヤルダがほぼ無実の罪で投獄されてしまうシーンなどは本当にハラハラしました。そうやって作られたロケットの名前が【孤絶】と名付けられるのがまたエモくて良かったですね…。無事にロケットが打ち上げられ、ヤルダが【孤絶】内のリーダーとなった後も障害は続きます。地上から送り込まれた対立者のスパイによる破壊工作。無重力環境下では植物の育成が上手く行かないことによる食糧不足。そして究めつけは、「ホリン」の原料となる植物に伝染病が流行し、ホリンの生産がほぼ不可能となってしまうという事態が起こります。ここに至りヤルダはある決断を下します。わずかなホリンをなるべく若い女性に配分するために、自ら出産=死を選ぶのです(この時すでにヤルダは年長で、年長の女性ほどホリンを多く必要とするという設定)。「山が宇宙空間を飛ぶことは可能でも、自分自身の子供を見ることは不可能なのだ」…人類とは異なる生殖形態を取るが故のヤルダの悲嘆が胸を打ちます。さて、出産にあたってヤルダは「ある男性」をパートナーに選ぶのですが、天才物理学者で【孤絶】のリーダーでもある才媛のヤルダが最終的にどのようなお相手を選んだのか、その意外な結末は是非本書を読んで確かめてみてください。
「えっ、じゃあヤルダが死んだ後の【孤絶】はどうなっちゃうの?」という疑問はもっともで、この物語は実はこれ一作では完結していません。クロックワーク・ロケットの後に続く「エターナル・フレイム」「アロウズ・オブ・タイム」を含めた3部作を読んで初めて物語が完結するようです。私もいずれ読んでみたいとは思っていますが、気になる方は是非読んでみてください。

少しだけごちうさの話

結論としてはクロックワーク・ロケットの世界観をKoi先生がネーミング以上に積極的に作品に採用した部分があるのはよく分かりませんでした。というかあんまりなさそう。クロックワーク・ロケットでは、この世界では物理法則の変更の帰結として電子が存在しないから機械仕掛け(クロックワーク)で全てを動かしているという合理的理由があった訳ですが、クロラビ世界は「お互いが電子と光で繋がっている」のでそもそも「クロックワーク」ではなさそうですからね。あくまでも木組みの街のメグちゃんの主観ではありますが。
でももしクロラビココアちゃんが黒板に「E=-mc^2」とか書いていてこの世界が相対論宇宙では無いと判明する展開とかあったらめっちゃアツい。

上で書いたように【孤絶】の乗組員には社会のつま弾き者である単者が集められている(全員ではない)という設定なのですが、ヤルダは【孤絶】を単なる科学技術を発展させるための手段だけではなく、単者も差別されずに居場所を与えられる理想社会を実現する場として見ているような節があります。こじつけ気味になることを承知で強いて言うならば、学校や職場が違う人たち、子供と大人、動物(うさぎ)と人間、果ては生者と死者などの異質な者同士が共存するごちうさの世界(木組みの街)は、ヤルダの目指した世界に近いと言えるのかもしれません。

以上、お読みいただきありがとうございました!

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コミケでごちうさSF短編小説集を出します。1日目東Z37a Fragile Rainで頒布します。

共著者にSuiさんをお迎えして、全3編をお送りします。3編中の2編がクロラビ世界線での話となっています。私はイーガンでは無いので1から物理法則を構築するのは難しく、普通に相対論宇宙での話ですが(それはそう)…メロンブックスで通販も実施予定なのでご興味あればよろしくお願いします。


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