選択的夫婦別姓制度への道

近世初期に学問といえば一種類しかなくて、もちろん儒教です。宋朝以降の中国の体制をささえたあの政治思想です。これを真剣に学ぶと、なにせ中国では皇帝が試験でお気に入りを抜擢《ばってき》して貴族をリストラ、とことん自分の理想の道を追及しているわけですから、自分も真似したくなる。世襲の無能な家老連中を降格させて、家格を無視した斬新な人事を行い、主君親裁《しんさい》を確立して先例にとらわれない大胆な政策をバンバン打ち出す――と、後で家中一同寄ってたかって押し込められるわけです。

與那覇潤『中国化する日本 増補版』文春文庫2014 106頁

特権階級が、己の既得権益と権力を維持するための障害を、取り除くのが唯一の目的となり、政策などにかまけている暇はない、という姿勢ですね。だから、弊害が明確になっても、改革などはできず、悪弊におちいる結果になります。これも、百姓一揆に端をもつ〈政治はすべて武士にお任せ、ただし増税だけは一切拒否〉(256頁)という庶民の政治への無関心が原因であるといえそうです。

このようなことを、思い出したように挙げたのは、『「夫婦別姓」経済界動く 世界に通じぬ旧姓通称』(毎日新聞2024/2/3)という記事を読んだからです。

 「ビジネスにも女性活躍にも悪影響が出ている」――。結婚後も希望すれば従来の名字(姓)を本名にできる「選択的夫婦別姓」制度の導入を目指して経済界が動き出した。結婚後は旧姓を「通称」としてしか使えない日本独特の制度は、国際化が進むにつれて限界が見え始めているためだ。
 (……)
 選択的夫婦別姓制度は、結婚後に夫婦が同姓になるか、別姓のままでいるかを選択できる制度。経団連がこの制度の導入を政府に要望したのは初めてだった。
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労務行政研究所の22年の調査では、企業の83・9%が職場での通称使用を認めていた。
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法務省の調査では、夫婦同姓制度を採用している国は日本のみ。ビジネスネームが国際的に通用しないケースが問題になっている。
 「改姓により旧姓時代の論文の実績が認識されず、キャリアが台無しになっている」「契約書のサインも通称名で通用しないケースがある」――。経団連にはそんな切実な声も寄せられている。
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法務省の法制審議会(法相の諮問機関)は1996年、選択的夫婦別姓制度の導入を盛り込んだ民法改正案要綱をまとめたが、それから四半世紀を経ても改正法案が国会に提出されるめどは立っていない。
 (……)
(経団連ソーシャル・コミュニケーション本部の)大山(みこ統括主幹)氏は「女性活躍推進には、企業では解決できず、社会制度の見直しが必要な課題もある。政治のリーダーシップで女性活躍を阻む壁を取り除いていただきたい」と訴えた。

毎日新聞 2024/2/3

選択的夫婦別姓制度に反対しているのは、自民党の保守派といわれていますが、彼らが本心で反対しているようには思えません。彼らを支持してくれている「保守層」の票を意識しているのではないでしょうか(一部に本気でその見解に、固執しているものもあるでしょうけれど)。政治家が支持者の見解に迎合するあまり、その見解を自分のものとして思い込む、ということはありそうなことです。政治家の目指すのは「当選」なのですから。

冒頭に引用した文章の意味するところと、似ていますね。

さて、グローバルな市場経済のなかで、「旧姓通称」が通用しなくなる事態が発生し、経団連が「選択的夫婦別姓制度」の導入を政府に要望する、その外圧に対して政府はどのように反応するのか。「無視」という気もしますが、要望を受け入れるにしても、市民の要望ではなく、グローバルな市場から「とり残される」ことを危惧して、ということになります。この国の「民主主義」についてのレベルの低さを痛感させられます。

しかも、外圧がなければ変革がなされない、という国です。

ちなみに私は、「夫婦同姓」「異性婚」を支持し、「夫婦別姓」「同性婚」は認めない、という意見をもっています。法律的な「結婚」「家」「家族」に対する「特権」を無くしたうえでのことで、それでも、わざわざ「結婚」を選択する場合に限り、ですが。

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