1-4 「桶谷式」ゴッドハンドと誤算

●ミルクを一人で作れただけで感動

 退院の日を迎えた。

 自宅には戻らず、病院から直接、実家に行くプランだった。車で片道1時間半ほどかかることから、予め、日本交通の「キッズタクシー」を予約しておいた。これは大正解だった。電車で病院に来た実母と落ち合うのだが、精算だなんだと言っていて1時間近くタクシーを待たせてしまった。この時間ロスで計算が狂い、出発直後に赤ちゃんが大泣きし始めてしまったのだ。しかし、この「キッズタクシー」の運転手さんは、新生児の退院に慣れた方だった。

 「いったん停止して、お持ちならミルクなど飲ませてあげたほうがいいですね」と勧めてくれた。

 とはいっても、母乳もそう簡単に出ないし、もちろんミルクもお湯もない。私は、退院前日から激痛に耐えながら搾乳しておいた貴重な初乳20mlを注射器で(まだ哺乳力が弱いので)口に少しずつ入れてあげた。用意しておいてよかった・・・。1時間の待機料金・高速料金・特別配車料も入れて、料金は4万円近くかかった記憶があるが、この運転手さんでよかった。

 「お子さんの初のお出かけにご一緒できてよかったです」

 そう言い残して去って行った。ちょっとうるっと来た。

 

 実家には、あわてて入院中にアマゾンで注文しておいた粉ミルクや哺乳瓶、電子レンジで消毒する器具などが一通りあったのだが、初めて一人で作るミルク。緊張しながら30mlを作る。赤ちゃんによっては哺乳瓶を受け付けないという子もいるが、うちの子はゆっくりではあるがしっかり飲んでくれるほうだった。

「ミルク、ひとりで作れた。飲んでくれた」

たったそれだけのことで、ほっと胸をなでおろした。

●「桶谷式」のゴッドハンドと崇拝

 そこからは、まだ産褥でオマタが痛い中、数時間おきの頻回授乳、細切れの睡眠が続いた。当時の私の育児ダイアリーを見ると、24時間、何分授乳をして、何ミリミルクを足し、うんち・おしっこの回数、睡眠時間すべてが細かくびっちり書かれていて、今見ると、イヤー、人格変わってた。仕事や日常生活ではあんなに大ざっぱな性格なのに、初めての育児で「失敗してはいけないんだ」という私の不安の表れだったのだろう。

 生後9日目。母や予約してくれた地元の大学病院の母乳外来に行く。当初のまま、授乳後に、1回の約40mlのミルクを足すことを続けつつも、このまま頑張れって頻回授乳を続ければ、完母にもっていけるかもしれないと言われる。ちょっと自信がついた。

 翌日には、初めて「桶谷式母乳相談室」へと足を運んだ。

 ここから私のオケタニ崇拝が始まる。40代の助産師さんがマンションの1室で開業しているのだが、私のように母乳育児をなんとか軌道に乗せたい母親がひっきりなしに訪れていた。

 ベッドに横たわり温タオルで乳房を温め、片方ずつ乳房と乳首をマッサージしていくのだが、まず、

「痛くない!」

 驚きと感激で癒される。

 これまで搾乳の際に激痛を伴っていたのだが、助産師さんの腕はすごく、自分では激痛の乳首のマッサージ(「母乳 マッサージ」なんてまじめに検索するとエロサイトに誘導され辟易したもんだった)も、全く痛みがなく、文字通り、ぴゅーぴゅー母乳が出て、湧き上がった乳汁が顔に当たるほどだった。まさにゴッドハンド!

 「なんかこのシチュエーション、笑っちゃいますね」とか言いつつ、涙がつつーっと流れた。この人についていけば大丈夫だ。手さぐりの母乳育児の中で見つけた確実性に心からほっとしたのだった。

  だが、この「オケタニ通い」が1か月検診で大きな誤算を生むのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?