広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.142

7月3日(月)「新作ナイト」@日経ホール


広瀬和生「この落語を観た!」
7月3日(月)の演目はこちら。

三遊亭わん丈『喪服キャバクラ』
立川志の春『アナザーラベル』
三遊亭白鳥『ギンギラボーイ』
~仲入り~
立川吉笑『床女坊』
春風亭昇太『オヤジの王国』

六代目三遊亭圓楽はすべての協会の垣根を越えた落語フェス「博多・天神落語まつり」をプロデュース、2019年には札幌でも同種のイベント「さっぽろ落語まつり」をスタート。東京でも2020年の「落語大手町2020」をステップに、2022年には満を持して「江戸東京落語まつり」をスタートした。圓楽自身は2022年9月30日に逝去したが、その時点で既に「江戸東京落語まつり2023」の準備は進んでおり、圓楽の遺志を継ぐ林家たい平が“宣伝部長”を名乗って「江戸東京落語まつり2023」は6月30日から7月5日までよみうり大手町ホールと日経ホールで計19公演が行なわれた。7月3日の「新作ナイト」もそのひとつだ。

わん丈の『喪服キャバクラ』はわん丈が前座を連れて葬儀場をモチーフとするコンセプト・キャバクラに行くという設定の噺。X JAPANの“Tears”をカラオケで朗々と歌い上げるわん丈。と、そこにいたママさん(喪主)の正体は、まさかの……。

志の春の『アナザーラベル』は高級酒のボトルに安酒を入れて「安価で高級酒を呑んでいる」気にさせる居酒屋での、「大阪出身だからって面白いことを言うのを期待される」と嘆く先輩と「A型だけ損してる」と嘆く後輩の会話。彼らが挙げる「人をラベルで判断する」例の数々が共感の笑いを呼ぶ。“日常会話の面白さ”で引っ張る、きわめて“落語らしい”一席で、『親の顔』『みどりの窓口』『はんどたおる』あたりの「志の輔らくご」の遺伝子を感じさせつつ、独自の飄々とした世界観を醸し出すセンスが見事。真打昇進がコロナとぶつかったのは不運だったが、必ず“談志の孫弟子”世代を牽引する存在感を見せてくれるに違いないと僕は確信している。

吉笑の『床女坊』はフルバージョン。有名な川渡り問題を“場合分け”で解決したかと思った途端に次の条件が出されてどんどん困難になっていく擬古典『床女坊』は、論理パズルを落語に応用する面白さの中に「巨体で女好きで狼を殺したがる坊さん」といったバカバカしい設定を持ち込む吉笑の発想が秀逸。「七枚の一文銭のうち一枚が偽物で天秤は二回しか使えない」問題を瞬時に解決する聡明な船頭が複雑な場合分けを必死に試みる状況の可笑しさは吉笑ならでは。この勢いで真打トライアルを駆け上り、立川流の次世代エースとして活躍するのも間違いない。

薬局を経営する老夫婦がオリジナルの惚れ薬を作るドタバタ『ギンギラボーイ』は伏線の回収が爽快な白鳥らしい傑作。昇太の『オヤジの王国』は現実の家庭で虐げられているオヤジが失われた夢を手に入れる鉄板ネタ。新作の両巨頭はそれぞれ持ち味を発揮する横綱相撲で若手の挑戦を堂々と受け止めた。この二人と立川流マゴデシ世代が競演する顔付けは珍しく、その意味でとても満足度が高い一夜だった。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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