罪を経て大人になる過程を描いたホラー『イノセンツ』
激辛ラーメンを食べた後のおなかみたいな後味・・
こんな表現もらえるだけで、一緒に行った甲斐があったというものだ。
美しいポスターの北欧スリラー映画。この美しさに惹かれて観に行ってきた。例のごとく、いつもの優しい友人と私たちで選んだ生贄(S氏)を添えて。
後で調べてみると、『AKIRA』の作者・大友 克洋氏の『童夢』にオマージュを受けた作品だと知る。そしてS氏は最近『童夢』を購入したという。
「いやもう映画観ろって言われてるやないですか」
ホラーも好きじゃないし、黙って映画を観られないS氏に適当なことを言いながら、誘い出した。S氏もポスターを褒めてた。
あらすじ
舞台は北欧の団地。主人公は9歳のイーダ。自閉症の姉アナと両親と一緒に引っ越す。時期は夏休み、友だちを作るにも微妙な時期。
姉のための引越しだと分かっているだけに、憂鬱そうなイーダは集合住宅の近くに向かう。
アナを置いて出かけた彼女に声をかけたのは少年・ベン。彼も友達がいないからか、よそ者のイーダに話しかけてきて、面白いものを見せてやるという。
そうやって連れてこられた森の中で、ベンはビンのフタを動かす超能力を披露する。
いつからかできるようになったーー。
一方、姉のアナはアイシャとテレパスで話す超能力に目覚める。4人が超能力を通じて関係を深めて行く中で、予想もつかない夏休みが幕を開ける。
ここからは、ネタバレを含むので、ネタバレにご注意ください。
4人の子どもをめぐる家庭環境
惜しみない愛情を受ける姉妹
この引越しがアナのためだということをイーダは知っている。そして、何か起きたときに両親がアナの元に駆け寄ることも。
でも、同じくらい自分を愛して、自分を見てくれていることも十分に理解しているのだ。
アナが怪我をして帰ってきたとき、母は彼女を問い詰める。頑なに言わないイーダ。
「アナのお世話はあなたの役割じゃないわ。よく連れ帰ってきてくれたわね。」
そうやってイーダを受け止める姿に、姉妹の個性をなるべく尊重しようとする母親像が見え隠れする。
父親も登場シーンは少ないが、休みの日は2人の面倒を見て、アナが話せた(実際には違うけれど)ときには妻と大喜びするし、凄惨な事件の後は娘2人を脅威から守ることもする。
そんなアナの父親を、複雑な心境で見つめるのがアイシャだ。
心の病を抱えている母
アイシャの前では気丈に振る舞う母。父はいない。
しかし、母は必要以上にアイシャと接しようとはしない。愛しているけれど、距離を保っている。甘えようとするアイシャをあの手この手で遠ざける。
台所でキッチンの戸棚で顔だけ隠し、1人咽び泣く母を見つめるアイシャ。甘えたい盛りなのに、母の現状を理解し飲み込む。
最終的にアイシャは、ベンに操られた母親の手によって殺されてしまう。
暗い世界で、アイシャの母が恐れていたものがアイシャだということは、私たち観客しか知らないし、アイシャは死後でさえ知らずに生きてほしい。
母に抱きしめられ、幸せだったと望みさえしてしまう。
しかし、この団地を悲劇の渦に突き落とした圧倒的ヴィランのベンに比べれば、恐れながらも娘として愛を注いでもらっていたのではないかとすら思う。
虐待の跡の残るベンの身体
初登場時から左上半身、服で隠れる位置に傷跡を持っていたベン。家に帰っても母親が作ったご飯はない。コーラをなみなみ注いで啜るように飲んでも、夕飯代わりにお菓子を食べても怒られない。
けれども、ココアの粉か何かをひっくり返し、サメの絵を描いたときは両頬を強く掴まれひどく叱責される。
母の癇癪に振り回され、時に放置され、恨みと愛とがないまぜになっていたベン。彼が母親にフライパンをぶつけて失神させ、熱々のスープを足にかけるシーンは痛くて見ていられないのだけれど、無知な子どもであることをまざまざと見せつけてくる。
助けて、救急車を呼んで…ベン…
自分を傷つけ、時に暴力すら振るう母親を見限りながら、ベンはどんどんおかしな方向に進む。
ムカつく子ども足を折り、仲間だったアイシャやアナ、イーダにも立ちはだかられ、自分がやってしまった罪の重さと、接してくれる人のいない孤独にどんどん苛まれていく。
イーダは何の超能力を持っていたのか
作中一番不思議なのは、イーダの超能力だ。
ベンは当初「物を動かす能力」を、アイシャとアナは「互いの心を読み取る能力」を有していた。その後、ベンはアイシャであれば心を読み取り、人を操り、幻覚を見せることも可能とした。アイシャも同様に共感覚の精度を上げていく。アナも鍋の蓋などをずっと動かし続けられるようになるし、アイシャとの共感覚によって言語の発声も可能とした。
「アナにはみんなの力を強化する能力があるんだわ!」
ベンにアナを紹介し、超能力が強化されたとき、イーダは上記のように言い放った。しかし、私は思う。
イーダこそ、超能力を増幅する能力があったのではないかと。
この仮説によって、ベンがアイシャより強くなることに説明がつく。イーダの側にいた時間が長い分、強化されていること。そして、ベンはアイシャに干渉しやすいことから、力関係が完全に決まってしまった。
むしろアナの方が側にいたのだから強化されるのでは?という仮説には3つの仮説が出せる。
アナは強化されたが、発現している超能力は物を動かすものと、テレパスであり、強化が分かりにくかった。(本当は強化されていた)
アナは超能力の干渉を受けにくく(互いを信用し合ったアイシャを除く)、イーダからの干渉も受けにくかった
アナはイーダから小さな意地悪をされていたことで、イーダに心を開いておらず干渉を受けにくかった。
個人的には、3を一番押したい。
1人ではベンを倒せなかったアナが、イーダが隣に来て、団地の超能力者と繋がることでベンを倒すシーン。
アナのピンチに駆けつけてくれた妹に、心を開いてくれる、だったら素敵だなと。
イノセンツの意味
イノセンツをwebで検索すると以下のようなものが出る。
初めは確かに無垢だったろう。けれども、気づいたら無垢でもなく、無実でもなくなった。
けれども、幼く、まだ無知であるということはいえる。
イーダたちは無垢な幼子から、罪を経て大人になっていくのだ。
イーダの涙
ベンを殺した後に、イーダは母の胸のなかで泣く。
イーダは涙を流せないアナの代わりに泣いたんじゃあ無いだろうか。
イーダは自分の力でけっきょくベンを殺せなかった。罪を背負って、あの破壊衝動を放置したことに罪悪感を覚えて、殺しにいって返り討ちにあった。
団地の力を借りていてもわベンを殺したのはアナなのだ。
アナは泣けないし、悲しいことを表現も出来ない。
団地に来る前の車のなかで、アナの太ももをつねってストレス発散していたからこそ、イーダは知っている。
そして、アイシャによってアナは痛みを覚えてると知り、感情も思考もあることを知っている。
わたしの代わりにベンを殺させてしまった。辛いことをさせてしまった。
そうやってイーダが泣いたと解釈したい。
※わたしの解釈ではベンを殺した自責の念で、イーダは泣かない。陸橋の上から覚悟を決めてベンを突き落としたのに、なんであそこで泣けるかわからないからだ。
自分じゃ負えない他人の罪に共感して泣いたアナは、イノセンツ(幼子)から少し抜け出した、そんな最後だったらいいな。
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