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敷かれたレールに乗るだけではいられなくなった大人たちへ、寄り添う本でありたい

「あなたのやりたいことは何ですか?」
こう問われて、戸惑った経験はありませんか? 就職、転職、定年後のセカンドキャリア……。人生の選択肢が増えた今、わたしたちは、大人になってからもさまざまな場面で「自分のやりたいこと」を問われるようになりました。

今までのあなたは、本当に自分自身で、進む道を選択してきたでしょうか。

今回は、「三賢人の学問探究ノート編集部」の“中の人”——担当編集者・ポプラ社の岡本大に取材しました。制作秘話を聞くはずが、なぜか話は中盤から、岡本の就職活動でのトラウマに……? 本シリーズを「あらゆる年代の、人生の選択をするタイミングにさしかかった人たちに読んでほしい」と語る、担当編集者の思いを聞きました。


教授の話を聞くだけで、本当に進路が選べるのか

——今までこのnoteでは、リクルートのお二人の話を伺い、「三賢人の学問探究ノート」シリーズが、「これからの高校生が、大学名や偏差値ではない基準で進路選びができるように」という思いからスタートしたという話を聞いてきました。
今日は、書籍制作からこのプロジェクトに関わった岡本さんのお話を聞きたいと思います。まずは、すでに「学問探究BOOK」がある中で、書籍を制作するときに悩んだのはどういうところだったのでしょうか?

岡本:最初に「スタディサプリ進路」編集部から、自分が学びたい研究内容やその領域の教授という基準から進路を選べるようにしたい、という話を聞いたときは「そんな選択のあり方は、あった方がいいに決まっている」と思いました。しかし、書籍の制作を進めているうちに、「教授の研究内容やそのおもしろさを知るだけで、進路を選べるのか?」と疑問が湧いてきたのです。
僕自身は、正直にいうと「有名な大学の、偏差値の高い学部に行ったほうがいい」という価値観の中で、特に強い目的意識もなく進路選びをしてきた人間です。それが当然のことだと思っていた高校生の僕は、教授の話がおもしろいというだけでは、その研究室で学ぼうとは思わなかったでしょう。

「スタディサプリ進路」が提案する進路選びとは真逆の価値観を持っていたからこそ、僕と同じように進路選択をしようとしている人たちに、どうやってこのメッセージを届けるべきかを考えるようになったのです。先生方の話を読み進めるうちに、その内容だけでなく、教授の話を通じて、自分の内側にある何か動機づけしてくれるものの存在に気づいてもらう必要があるんじゃないかと思いました。その“自分軸で考えるヒント”を、どう書籍の中で示していけばいいのだろう、といったことを初回の制作(1巻〜3巻)を通じて考えていました。

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——本シリーズのどんなところに、“自分軸で考えるヒント”があるのでしょう?

岡本:一つは、本の構成です。このシリーズは1冊の中に、学問領域の異なる教授や研究者が3人登場します。いわゆる文系・理系といったジャンルも関係なく1冊に収まっている。実は当初、創刊タイトルの3冊は、それぞれを人文科学・社会科学・自然科学の分類で内容を構成しようとしていたのですが、その枠組みにとらわれず、異なる領域の学問を並べて読む方が、おもしろい発見があると気づきました。
たとえば人工知能に興味を持っていた人が、松尾豊先生の登場する『人間を究める』を1冊通して読んだとき、どう感じるのか。同巻に収録されているのは、同じく理系といっても工学系とはまったく異なる、自然人類学・長谷川眞理子先生と、文系の英文学・廣野由美子先生のエピソードです。「自分は理系の人間だと思っていたけれど、文学の『物語の中に描かれる、人間の真実の姿とは?』といった問いかけも意外とおもしろい……」。そんな気づきがあると、「自分は、人工知能ではなく、人間の何かに興味を持っているのでは?」と、すこし俯瞰的な視点で自分に問いかけるのではないでしょうか。それが、自分の本当の興味を知るヒントになると思ったんです。

もう一つのヒントは、「先生たちがどんな些細な気づきから、自分のテーマを見出し、言語化していくのか」を描いていることです。『生命を究める』に登場する福岡伸一先生の話を読んで、「よし、私も生涯をかけて昆虫を研究しよう」と決意できる人は、そう多くはないでしょう。でも、福岡先生が少年時代に、ルリボシカミキリの青の美しさに惹かれた瞬間が、生命の謎を解き明かす道につながっていくさまを読むと、「私が子どもの頃、どうしようもなく惹かれていたものって何だっけ?」と、自然と自分に問いかけてしまう
自らのテーマを持つ教授や研究者たちのエピソードは、直線的ではありません。時には壁にぶつかりながらも、自分の内側の気づきが、意外な未来に続いていく。そんな教授や研究者の経験や思考からは、自分軸で考えるヒントが得られるはずです。

最新刊『表現を究める』『生活を究める』では、読者のみなさんが”自分軸で考える”きっかけとなるように、各章の最後に「あなただけの『!』を見つけるために」というコーナーをつくりました。「あなたが今選べないものはなんだろう?」「まわりに合わせて無理をしていることはないだろうか?」などと、先生の話を受けて、読者自身が自分を問い直すときにヒントとなるような問いかけを用意したつもりです。

「みんな、本当は逆算して志望動機を考えてる」? 小手先の就活テクではない“自分の軸”を


——"自分軸で考える”というお話がありましたが、この本では「あなたが本当にしたいことは何ですか?」ということが、先生たちのエピソードを通じて、さまざまな角度から問われていますよね。

岡本:確かにその通りです。でも、このシリーズはその質問を投げかけっぱなしにするのではなく、一緒に考えるシリーズでありたいと思っています。だって、「あなたがしたいことは何ですか?」って、全然優しくない質問じゃないですか。

——優しくない?

岡本:たとえばAO入試でも就職活動でも、やりたいことや志望動機を問われます。けれどその質問って常に、「この学校や会社に入りたいという前提で」という制約がついていますよね。自分の考えを問われているようで、答えが用意されている、国語の記述問題のような違和感がありませんか。少なくとも、面接という場では「不正解」は存在する。答える側は正直に答えるだけでなく、相手の求めるものも考えなくてはならない。それがすごく難しく、優しくない質問だなと思うんです。

僕はそういう「求められている答えを意識しながら、自分の軸や、やりたいことを言語化する」みたいなことに抵抗感があったんですよね。それは自分の就活のときのトラウマのせいかもしれませんが……。

——就活のトラウマ、とは……?

岡本:就活のとき、よく“自分の軸”を持ちましょう、と言われました。今なら、なぜそう言われるのか、エントリーシートでなぜ「学生時代に頑張ったこと」を問われるのか、その意味がなんとなくわかります。でも、当時の僕には、就活の場面で言われる“自分の軸”が、小手先の就活テクニックにすり替わっているような違和感がありました。「みんな、本音では、行きたい会社や業界が先にあって、逆算して“自分の軸”を考えてるんじゃないか? それって本当に自分のやりたいことなのか?」って。だから、「自分のやりたいこと」を言語化することを怠っていた、というか、「“小手先の軸”ならいらない」と開き直ってしまった。その結果、就活で行き詰まった経験があるんですよね。
でも、この本を制作するうちに、ちょっと心境が変わってきました。

——どんなふうに変わったのでしょうか? 

岡本:たとえば『生活を究める』の渡邊恵太先生の原稿を読んだとき、自分の軸をもつことって、そんなに小難しいことではないと感じて、自然体に自分のテーマと出合っていく先生の物語が魅力的に映ったんです
先生の研究は未来のコンピュータのあり方を考えるもので、研究内容やそこに至る発想も、僕には真似できるものではありません。でも、最初のきっかけの「?」は、どれも共感できるものでした。「そもそも、なぜ、文系と理系、どちらかを選ばなければいけないのでしょうか?」という問いが本文に出てきますが、僕自身も高校時代、文理の選択を迫られて「どちらにも好きな科目があるし、どうしてもどちらか選ばなきゃいけないのかな?」とは思っていた。でも、僕は、その道を通らないと次に進めないものだと受け入れていたんですね。渡邊先生は、そこでちゃんと「なんで?」と立ち止まっている。

そうか、あのとき立ち止まってもよかったんだな、って。本質的な意味で「自分がやりたいことがわかる」とか「自分のテーマが見つかる」って、そういう些細な瞬間の中にある、と思いました。


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人生が変わる瞬間って、本当は、ドラマチックではないのでしょうね。「自分を探す」みたいな、大それたことをしなくてもいい。普通の生活の中の、小さなことに「立ち止まる」くらいのことでいいんだ。そう思ってからは「僕にとっての探究テーマってなんだろう、自分の内側にはどんな動機があるのだろう」とよく考えるようになりました。

転職エージェントに登録する前に、この本を手に取ってほしい

——そう思うと「あなたのやりたいことは何?」と問われて戸惑っている、就職活動中の方にもぜひ読んでほしいシリーズですよね。岡本さん自身が「こんな方に読んでほしい」と思う人たちはいますか?

岡本:僕自身、最近30歳になり、周りには転職を考える人たちも増えてきました。多分、転職に限らず、ある程度仕事の経験を積んで、「やらされる仕事」から「自分がやる仕事」を考え始めるタイミングなのかな、と思うんです。そんな局面で迷っている人、本当の意味で「自分がやる仕事って何だろう」と考え始めた人にも、ぜひ読んでほしいですね。
大人になると、素直に「立ち止まる」ことがどんどん難しくなっていくと思います。毎日仕事をこなしながら、家のことも忙しい中で、ひとまず転職エージェントに登録したら、毎日山ほど求人の情報が入ってくる。選ぶのに精一杯になってしまえば、「あれ、本当は何がしたかったんだっけ?」と振り返ることもないでしょう。

でも、このシリーズには、「あなた、本当は何がしたいんでしょう?」「そもそも転職でいいんでしたっけ?」というところから自分を問い直し、その答えを日常の生活や、過去の些細な出来事の中から見つけていくためのヒントが書かれています。どれも、自分とは何か、のような大きな問いではなく、ちょっとだけ「立ち止まる」機会をつくるような問いかけです。
これからはますます、個人の内発的な動機や「やりたいこと」を問われる時代になると言われています。人生のさまざまなステージで、選択をするタイミングを迎え、「あなたのやりたいことは何?」という問いに直面した人たちへ、この本が優しく寄り添うことができたら嬉しいです。

取材協力:岡本大
取材・文・構成:塚田智恵美

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