築地魚河岸三代目 第14話(ふくれっ面のフグ 後編)

 いやぁこのときに取材で食べた、天然トラフグは本当に美味しかったなぁ。でも、フグは実は夏も美味しいんですよ。お勧めは唐揚げ!では後編、お楽しみ下さい。


第14話。フグ後編。
#。食卓の鍋敷きに置かれた土鍋。
蓋を取られて、ファッと上がる湯気。
コトコトとまだ泡を出す透明の湯の中に、フグだけが入ったフグチリである。
湯気の中を覗き込む明日香。
明日香「ああ、いい匂い!
   今日は何のお魚?」
旬太郎「フグ」
明日香「いッ!」
顔が引きつる明日香に、
旬太郎「いやだなぁー!
  今度ばかりは、
  自分でサバいちゃ、いないよおー
ミガキって言って、最近スーパとかでも
  毒をとって、バラした身を売ってるだろう?
  素人がフグをサバくなんて
  とんでもない事だよ」
したり顔で言う旬太郎。
ホッ。と胸をなで下ろす明日香。
明日香「あ~びっくりした」
明日香「あら具は、フグだけなの?」
旬太郎「うん。前から思ってたんだ。
  色んな野菜が入った鍋も
  おいしいけど、
  フグって繊細で純粋な味だから、
  フグだけの方が味が混ざらずに
  フグの味だけを、
  よく味わえるんじゃないかって」
掬子で取り分ける旬太郎。
旬太郎「具がフグだけだと、
  ほとんど灰汁も、脂も浮かないんだよ。」
明日香「ん~。朝からフグチリ!
  しかも具がフグだけなんて!
  なぁんて贅沢なんでしょう!」
純白の身を箸で摘み上げると、プルプルと震える。
その身から湯気とともに何とも言えない香り。
旬太郎「身がプリプリしている!」
ハフハフいいながら、口に運ぶ旬太郎と明日香。
明日香「おいしぃ!」
旬太郎「噛むと適度な弾力の後で、
  ホロリとほぐれる。
  まず甘味がきて、
  噛む度に、皮のとこと、身のところで
  違った旨味が、じわじわ湧いてくる。
  骨をしゃぶると、また違う旨味が・・
  こりゃあ凄いなぁ、
  一つの魚の中で、色んな旨味が
  輪唱しているみたいだ!」
明日香「こんなフグ初めて食べるわ」
旬太郎「天然の最高のトラフグだからね
   ホラこいつ」
フグの見分け方パンフレットを、ポケットから取り出す旬太郎。折り目がつい
た紙はよれて、汚れてもいる。
携帯し、よほど熱心に見ているらしいのが伺える。
旬太郎「フグ刺しは、こっちの(と図を指さし)
  カラスフグも歯ごたえがあって美味いけど、
  フグチリは、トラフグの右に出る物は、
  無いそうだよ。
  その差は、後から分かるそうだから
  お楽しみに!」
明日香「何だろう!ワクワクしちゃう!」
ハフハフ食べながら
旬太郎「日本人は昔からフグを食べてたんだ。
    縄文時代の遺跡から
    フグの骨が出てきたらしいよ。
    ずいぶん犠牲者も出たろうけど
    危険を犯してでも
    食べずにいられない、魔性の味だね」
食べ終えた二人。
旬太郎「さぁて、実はこれからが
  メインイベントなんだ。
  食べ終わった出汁に
  冷やゴハンを落として、塩を少々。
  フタをして・・ことこと弱火で煮る」
明日香「雑炊ね!やっぱりコレがなきゃ!」
旬太郎「もう、そろそろ、いいかな」
フタを開け、掬子で雑炊を掬う旬太郎。
糸を引くくらい、ねっとりとした汁がゴハンにまとわり、全体にテラテラと光
輝くような艶を帯びている。
驚きを隠せない明日香。
明日香「何!この、お雑炊!」
旬太郎「今まで食べた雑炊とは、
  粘りが違うだろう!それにこの艶!
  天然のトラフグを使うと、
  こうなるんだってさ!」
明日香「ゴハンの粒が、光の衣を
  まとっているみたい」
アサツキを入れて、ポンズをちょち垂らし、雑炊を食べる旬太郎と明日香。官
能としか表しようのない表情。
明日香「はぁ。いいお出汁ねぇ~」
旬太郎「なんて深みのある味だろう~
   純粋でいて、決して単純じゃない。
   さっき輪唱だった味が、
   いっぺんに味わえる
   ハーモニーになっている・・」
サラッと食べきる二人。空の土鍋を前に、膨れた腹を撫でながら、ハフッ。っ
と満足の吐息をつく。
明日香「あれ?『魚辰』って
   フグ、扱ってたっけ?」
我に返ってた明日香に、突っ込まれて、慌てる旬太郎。
旬太郎「あ、いや。これ、
   『ふくマル』さんから、もらったんだ」
旬太郎モノローグ『『魚辰』の仕事を休んで
   『『ふくマル』』の仕事を手伝っている
   なんて言えないよなぁ~
   よけいな心配かけちゃうよ』
明日香「『ふくマル』さんって言えば、
   息子の福吉君って、いるでしょう」
旬太郎「あ、ん、ああ。
   彼、福吉君っていうんだ」
明日香「お父さんの跡を継ぐために、
   フグの調理師免許もとって
   頑張ってるそうじゃない」
旬太郎「へぇ。そうなんだ・・・」
考え込む旬太郎。

#・『ふくマル』商店。
仕事をする福太郎の背中に、思い切ってぶつけた旬太郎の問いかけに、振り返
らず、ぶっきらぼうに、
福太郎「福吉だと?」
福太郎「知らねぇな!
   この前ブン殴ってからこっち
   家にも帰ってねぇ」
旬太郎「どうしてケンカになんか
   なったんですか?
   フグの調理師免許をとって
   親の跡を継ごうなんて
   今時、いい息子さんじゃないですか」
ピクリ。ちょっと驚く福太郎の肩。それでも虚勢を張り、福太郎「調理師免許
を?
   ははん。そいで、あのヤロウ、
   このオイラに引退しろ。
   なんて言いやがったのか!
   まだまだ代を継ごうなんて
   十年、いや二十年早ぇや!」
旬太郎「なるほど、それがケンカの原因ですか」
福太郎「ふん」
振り返る福太郎。厳しく寂しい父である。
福太郎「オイラたちの稼業は、
   てめぇの未熟や、まちげぇが
   人様の命に関わる事もある・・
   そういう心構えが、なきゃいけねぇ・・」
福太郎「お前にゃ出来た、その心構えが
   ヤロウにゃあ、いつまでたっても
   分っちゃねぇんだ!」
長く伸ばした自分の爪を見てしみじみと。
福太郎「俺の、この爪を、
   時代遅れだって言いやがる。
   一匹一匹、フグを見るのも
   効率が悪いとよ。とんでもねぇ了見だ!」
旬太郎「でも、なにも殴らなくったって・・」
成長しない息子への気持ちが、怒りとなって積を切る。
福太郎「心構えなんて物はなぁ!
   口で言ったってわからねぇんだ!!」
うっ!と胸を押さえる福太郎。激高が心臓に負担をかけたのだ。ニトロの錠剤
を取り出そうとするが、震えて思うようにならず、ポロポロと掌から落としそ
うになるのを、サッと受け止め、手ずから福太郎に飲ませる旬太郎。
旬太郎「大丈夫ですか!?」
荒い息をつぐ福太郎。その巨体が小さく見える。
福太郎「オイラはなぁ、旬・・」
福太郎「この店の初代にあたる
   親父が早くに死んで、
   この店を継いだのは19の時だ。
   その頃、除毒場の前は引き込み線の
   ホームになっててよお・・・」
遠い目をする福太郎。

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