築地魚河岸三代目 第12話 (ふくれっ面のフグ)

先日まで、https://www.ebigcomic4.jp/title/121041
で無料公開中だった話のシナリオになります。その前編です。

築地魚河岸三代目
第12話「フグ」
鍋島雅治


めっきり寒くなった11月。朝まだ開けぬ午前4時半。
寒風を切ってカァアア!と自転車を勢い良く漕いで来るのは、今日も元気な我
らが三代目。旬太郎である。
旬太郎「ほぉー寒う~」
場外をすり抜け、波切り神社を自転車を思い切り傾けて曲がり、ホッホッと白
い息を吐きながら、海幸橋を渡る。
モノローグ『築地で働く人間にとって冬は辛い・・。
    まだ夜も開けぬうちから、
    海風の吹きつける中で
    魚と水と氷を扱うのだから』
旬太郎のい でたちは、背中にアルゴの黄色いハードシェル。通称 カメリュ
ック。魚や包丁を入れるのに便利そうです。 マウンテンバイク(もしくは折
り畳み式自転車)とい うのはどうでしょう?取材してみると、築地の人は意
外というか、流石というか、道具に凝り性で柔軟。
 江戸っ子らしく、流行物好きっぽく見えました。場内 は自転車乗り入れ禁
止だそうですが、店の奥に折り畳み 式自転車など隠してあったりして・・
・。
 そして、そろそろ旬太郎にも自分なりのスタイルがで きても、いい頃だと
思います)
市場の門をくぐる旬太郎。
モノローグ『けれど、そんな魚河岸の
   空気がキーンと張りつめた
   冬の朝が、俺はキライじゃない』
場内の自転車置き場に愛車をぶっこむか、パタン!パタンと自転車を折り畳
み、片手で、転がしながら(愛車による)誰にともなく、市場全体に呼びかけ
る旬太郎。
旬太郎「おはようございまぁーす!
    今日もよろしくお願いしまぁす!」
場内を、出会う人々ごとに頭を下げながら、人と魚箱をよけ、ターレをやり過
ごすのも軽やかに歩く。
それはつまり、彼が築地にだいぶ慣れてきたという事だ。
「おはようございます!」「おはようっス!」「ども!」挨拶も、ちゃんと人
を見て、失礼にならぬよう、他人行儀にならぬように自然に使い分けている。
人にも慣れてきたという事だ。旬太郎、生き生きとしている。
「おはようさん!」「おーッス!『魚辰』の!」
「相変わらず元気だけが取り柄だな!」「ちっス!」
大通路を行く旬太郎に店から返る挨拶も気安いものだ。

#・場内「ふくマル商店(仮名)」の前を通りかかる。
「バカヤロウ!生意気言うんじゃねぇ!
 てめぇなんざ十年早ぇや!」
怒号とともに、ドガッっと横合いから、積んであった魚箱とともに吹っ飛んで
来る若者。二十そこそこと見える。髪を染め、耳にピアス。今風のファッショ
ンに前掛けゴム長靴。この店の従業員と、おぼしい。
旬太郎にぶつかって、ともに床に、倒れる若者。
唇の血を拭うと、怒号の主を睨み付ける若者。
若者「なにすんだ!このクソオヤジっ!!」
店の中から、のっしのっしと出てくる巨漢。
往年の勝新太郎のように曲者独特の存在感と、凄みがある。フグのような丸い
体と顔。丸山福太郎50歳である。
立ち上がって、睨みあう若者と福太郎の間に立って、手を広げ、仲裁に入る旬
太郎。
旬太郎「まぁまぁ、よしましょうよ
   朝からケンカなんか」
ギロリ。旬太郎を睨みつけ、胸ぐらを掴む福太郎。
福太郎「誰だてめぇは?ひっこんでろ!」
福太郎の右手の長く鋭く伸ばした爪の先が、胸ぐらを捕まれた旬太郎の喉物に
ギラリと、食い入る。
旬太郎「こ、このツメ、あ、危ないじゃないですか
    なんでこんな伸ばしているんですか?
    ちょっとした凶器ですよコレ・・」
福太郎「なんだとコノヤロウ・・」
若者「ちくしょうこんな店!やめてやらぁ!」
うっすらと涙をにじませながら、前掛けをとって、地面にたたき付ける若者、
涙を拭き払い走り去る。
その後ろ姿を追うように見て、一瞬。寂しそうな顔をする福太郎。だがすぐ
に、フン!と鼻息一つ鳴らすと、胸ぐらを掴んだ旬太郎を突き放し、物も言わ
ずに、のしのしと店に戻る。その福太郎の背中に、思わず憤る旬太郎。
旬太郎「ちょっと!。あの子、泣いてましたよ!
   いくら従業員でも殴るなんて
   あんまりじゃないですか!」
ギロリ。肩越しに振り向く福太郎。寂しそうな目で、
福太郎「うるせぇ。ありゃあオイラの
    たった一人の息子だ・・」
旬太郎「え・ むすこ・・さん・・・」

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