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『透明になれなかった僕たちのために』作者による完全ネタバレ解説(随時更新)

小説本文に全ての答えを書くわけにもいかない。
読解して欲しいことだったり、解釈を宙吊りにしたい場合があるからだ。
あえて謎を残し、書き過ぎないようにしているところがある。
だが、そういう書き方をしていると、伏線を回収していない、と思われているらしいと知った。
それは困る。と思ったので、もし分かりにくいところがあれば解説を用意したいと思った。
これも現代の小説の新しいコミュニケーションの取り方なのかもしれない、試しにちょっとやってみることにした。
これから、本作の疑問点について、全部真面目に解答していく。

もし、本を読んでよくわからなかったところがあれば、疑問点を送ってもらえたら嬉しいです。なるべくこのページに追加していくようにします。

注意して欲しいのですが、作者の解釈は絶対の正解ではありません。
小説には解釈の余地があり、意図的に誤読する自由があります。
なので、僕の解説だけが絶対の正解ではなく、他の解釈や読解も成立し尊重され得る、ということは理解して頂けると嬉しいです。
誤読可能性や解釈の余地を潰したいという意図はありません。これはあくまで作者の解釈に過ぎないと考えています。別の観点から全く異なる解釈が可能だとしたら、それは否定されるべきことではなく、個人的には非常に嬉しいことです。ぜひそうした読みを聞かせてください。

以下は完全なネタバレを含む内容なので、読了前の人やネタバレが嫌な人は読まないください。詳細にかなり突っ込んだ説明をするため、一切ネタバレに配慮せず、がっつり本文の内容に言及しています。

以下、詳細なネタバレを含む本作の解説が書かれています。













『透明になれなかった僕たちのために』ネタバレ解説

深雪は何故、自ら死を選んだの?

「深雪、何でも言うこと聞くって」
 (中略)
「いいよ。私にやってほしいこと言ってみて」
「健康に生きて。毎日朝七時に起きて。洗顔歯磨き。朝日を浴びて。散歩して。朝食を食べて。ストレッチ。真面目に生きて。人に優しく。丁寧に親切に。礼儀正しく。明るい未来を生きて。困っている人を助けて。世界中から愛を感じて。死ぬまで自殺はしない。そういう人生を歩んで」
僕が一息にそう言ったら、深雪は打ちのめされたような愕然とした顔をした。
「分かった。必ず約束は守る」

佐野徹夜. 透明になれなかった僕たちのために (pp.217-218). Kindle 版.

「もしそれで負けたほうが言うことを聞けなかったらどうするの?」そう訊くと、彼女は戸惑ったように僕を見返した。

佐野徹夜. 透明になれなかった僕たちのために (p.50). Kindle 版.

アリオは深雪に、「到底守れないような約束」を課した。
自分を大切にして善性を発揮して生きていくような生き方を彼女に課した。
深雪は約束を守れなかったときに、代わりに何かをしなければならない。序盤でそれをアリオは促していた。そのニュアンスを含んだ上で、ここでアリオは深雪に厳しい約束を迫っている。
もし深雪がそのような善性を発揮して生きていくような生き方を選択出来ないのなら、彼女は代わりになることを何かしなければならない。そして、彼女はそれを自分で考えて選ばなければならない。
アリオは深雪に罪を償うように促したかった。
人を殺した人間が代償なく生きていくことをアリオは許容出来ない。そして、ユリオに死ぬように促した深雪をアリオは許せなかった。
深雪は自首するだろうとアリオは考えていた。
しかし、深雪は、市堰と心中することを選んだ。
アリオはそれを察していたし、何度か止める機会はあったはずだが、それをあえて見過ごした。
アリオは心のどこかで深雪の死を望んでいたからだ。
(というのが、作者である僕の解釈です。しかしこれは、本作を読んだ人によってかなり解釈がわかれるはずの箇所だと考えています。)

野崎の職業は何?

医師。大学院生時代に研究していた過去がある。

遺伝学、ゲノム編集、犯罪生物学、脳科学と哲学、リベットの実験、確率的思考、それらはどう関係しているの? 全然無関係な話題をただバラバラに書いているだけじゃないの? 話の関連性がよくわからない。

もし人の運命が生まれた時点である程度決定され、自由意志が介在する割合が少ないのであれば。例えば、遺伝要因により人の能力の発現が確率的に左右されるのであれば。人が生まれる以前の時点で遺伝子編集により親は子供の運命をある程度コントロールすることが出来る。犯罪生物学的には、脳には遺伝的に生まれつき凶悪犯罪を犯しやすいタイプの脳が存在する。
では、例えば殺人といった犯罪は、どこまでが自由意志の問題なのか?
といったことをテーマにした作品です。
これらを描くことを通じて、人の生はどこまで自己決定出来るのか、それは不可能なのか、といったことを描いています。
そして、最終的には、それでも人は自己決定することが出来る存在だ、ということを描いているつもりです。

ユリオは何故自死を選んだのか?

深雪が自分の死を望んでいることを知っていたから。そして、深雪と自分の仲が深まれば、いずれ深雪は自分を殺してしまうと察していたから。そして、自分が死んだときから深雪は自分に特別な感情を抱くだろうと察していたから。ユリオは、深雪を殺人者にしないために、同時に、彼女の中で特別な存在になるために自死を選んだ。(作者の読解)

こんなことは現実に起こり得るのか?

作中でも現実の事例を引用して説明していますが、類似の事例は数多くあります。そして、現実に過去に発生した事件の手順を組み合わせることで、この作品で描かれていることは技術的にも現実的にも既に実現可能だと考えています。

何故殺人犯の名前はジョーカーなのか?

この作品では、徹底して、オリジナルな存在になり得ない悲しみ、というものが描かれています。アリオ自身が遺伝子操作によって生まれ、多くの遺伝的きょうだいを持つ存在として、自分をどこか人工的でコピーペーストされたような存在だと感じている。深雪を尾行するときに着るZARAの服や、いつも行く酒場がHUBであるのと同じように、殺人犯を騙る存在自体もコピーでしかあり得ない。ということを表現するために犯人は(そして作者は)あえてジョーカーと名乗っています。透明では、徹底的に「趣味が悪いとされている固有名詞」が登場します。その犯人のセンスは少し前時代的で哀れなものなのかもしれません(と、作中でアリオが言及しています)。

遺伝子に殺人衝動が書き込まれているということ? 実現可能なの?

DNAの遺伝情報に殺人衝動と相関性が高いとされている情報が書き込まれているということです。作中でも記述がある通り、現実にその人間が殺人衝動を持つに至るかは、環境要因や偶然性に左右されるため、「遺伝子に殺人衝動が書き込まれている」という理解は作中の事実及び現実とは異なります。

主人公たちはどうしてHUBに行くのか?

チェーン店が、アリオたちのありかたと相似形だからです。同じような存在が世界中の至る所に存在している、ということが重要でした。
このあたりは最終的に改稿で本文をかなり削ったので初期段階の原稿よりわかりにくくなった。ただ、これを主人公の独白で説明するのも少し作者の考えが反映されすぎている気もしたので最終的に削減しました。

深雪はどうしてアリオを殺したかったのか?

深雪は性的な欲望と殺意が分かち難く結びついている人間だった。そして彼女はアリオに対して性的な欲望を抱いていたため。しかし、同時にアリオに対して家族愛のような感情も抱いており、そちらを優先したかった。そのため、深雪はアリオを恋人にせず、殺すことを断念した。

涙の理由は?

ある特定の遺伝情報を持つ登場人物たちは、殺意を抱いたときに泣いてしまうという癖を持っているため。

ラストシーンで蒼は妊娠しているのか?

ここは、情報として確定されていないと考えています(そのようにあえて書いています)。妊娠している、妊娠していない(想像妊娠含む)、はどちらでも解釈が可能です。誰との間の子供かも。なので、読む人がどの解釈を選択するかでラストシーンの印象は微妙に変わります。その上で、個人的な解釈では、蒼は妊娠していない、と考えています。

ラストシーンでアリオは何がきっかけで何を理解したのか?

自分が泣いたことで、深雪の涙を思い出し、深雪の心情を理解した。

どうしてアリオは深雪に殺されたいと思われて嬉しかったのか?

深雪が最後に自分と会ったときに泣いていたことから、彼女が自分に殺意と性的な欲望を抱いてくれていたことに気づいたから。アリオはそれ以前は、深雪はユリオにそのような感情を抱き、アリオには家族愛だけを向けているのだと誤解していた。

ラストシーンで、アリオは何故深雪を許せるようになったのか?

アリオは深雪が自分を性的にまなざしていたことに救いを感じたから。誰からも必要とされない酷い存在であり、誰からも選ばれたことがない、というのがアリオの抱える絶望だった。その絶望が彼の中で解消されたため、アリオは深雪を許せるようになった。深雪は自らの性的な欲望を断念しアリオではなく自死を選択した。アリオもまた深雪への性的な欲望と殺人衝動を断念した人間だったからだ。彼は深雪の死後にそのことに気づき、彼女のかろうじての倫理観に感謝を感じた。
このあたりは作者の個人的な読解で、他の読解や解釈が十分にあり得ると考えています。決して作者の意図に沿って読むべきだとは考えていません。どうか自分の感想を大切にして下さい。


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