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さんぽ絵日記 ひなまつりの宵

やっとこの景色に出会えた。

神社の参道の階段に並ぶ灯籠の幽玄な雰囲気。長く続いてきたというひなまつりの宵宮のことは、この近くに10年以上住んでいた私もずっと知らなくて、どうやら神社のすぐ近くに住む氏子さんたちの手で、ひっそり静かに続いてきたもののようだ。

昔はこの地ではひなまつりの日に雛人形と共に小高い丘の上にあがり、花見がてらお重を食べて成長を祝う風習があったそうだ。旧暦の3月3日はちょうど桜も桃も花盛りのころ。普段は奉公に出ている子どもも、この頃には家に帰ることを許されて、実家で家族とひなまつりを過ごしたのだという。それは、海の見渡せる畑があるような、山の上だっただろうか。貧しい家の子は紙の雛を懐に忍ばせて、名主の家の子は享保雛をかついで岡に登ったのだろうか。

階段に飾られている灯籠は、かつての子どもたちや、近所の方々の手で描かれたもののようだ。細々と続いてきたひなまつりの日の神社にはもはや子どもたちはいない。かなりお年の、それも男性がほとんどで、いつものように酒盛りをしている。立派に成長した娘や孫たちのことでも話しているのだろうか。

かつては波しぶきが階段にまで飛んできそうなほど浜の近くにあったこの神社は、埋め立てで海が遠のいてしまった。以前はてっぺんの鳥居からは海しか見えないほどだっただろう。大事な海と引き換えにこの町が得たものはなんだったのだろう。その頃生まれた私はそもそもこの場所にすらいなかったのだから、何ができた訳でもないのだけれど、まぶたに浮かぶ当時の神社の、ひなまつりの宵のあまりに美しい風景を思うと、泣きたい気分になる。

時折風で消えてしまうろうそくの火を、見回りながら再び点火していく人がいる。海辺の町の風は強い。昨年は強風で灯籠は点けられなかったし、その前は流行り風邪のせいで中止になっていたから、この灯篭が使われるのは4年ぶりのこと。もう海は見えないけれど、明かりがある、それだけのことで寒い夜の空気は華やいで、春が始まったような気がする。

路地から猫が現れて、階段を横切って行った。かつて着飾ってこの階段を登ったかもしれない少女の顔を思い浮かべている。

灯籠の並ぶ神社の階段

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