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「職場におけるコロナ・ワクチン接種をめぐる法的問題」

友人の法律家からの許可を得て、「職場におけるコロナ・ワクチン接種をめぐる法的問題」を掲載する。

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1 はじめに
 
 新型コロナウイルスの拡大に伴って、私達の生活は大きな変容を迫られています。それは職業生活にも深刻な影響を及ぼしており、そこには様々な労働法上の問題が発生しています。この間、日本労働弁護団がホームページで労働法上の諸問題についてQ&A形式の詳細な解説 を行なっており、また厚生労働省も、新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)を公表しています 。それらによって、新型コロナウイルスに関連して職場で生じている主要な問題への対応についてはかなりの程度の見通しがついてきたと言えるでしょう。
 他方、目下実施されているコロナワクチン接種について、新たな労働法上の問題が生じています。それらは、従来の問題と重なる部分がある一方で、ワクチン接種に関わる固有の課題が浮かび上がりつつあります。本稿は、労働法学上も未だ十分な議論がなされておらず、直近においてその切迫度が高まってきているコロナワクチン接種をめぐり発生する職場における法的な問題について、考えてみたいと思います。


2 ワクチン接種についての基本的な考え方、原則
 
 政府は、新型コロナウイルス感染症の発症を予防し、死亡者や重傷者の発生をできる限り減らすことを目的として、ワクチン接種を国民に勧奨し、接種の円滑化・加速化のため、大規模接種センタ開設や職域接種を行なっています。(政府新型コロナウイルス感染症対策本部「新型コロナウイルス感染対策の基本的対処方針」はこの間数次にわたり改定され、現在は2021年9月9日付のものが最新である) 。
 ワクチン接種について、まず押さえておくべき大原則は、接種するかしないかは基本的に本人の自由な選択に委ねられている、という点です。職場におけるワクチン接種をめぐる問題も、常にこの基本原則に立ち返って考える必要があります。
 ワクチン接種にはリスクが伴いますが、発症や重症化予防など接種のメリットが副反応などのデメリットよりも大きいという判断に政府は立っています。その上で、上記「基本方針」には、「予防接種は最終的には個人の判断で接種されるものであることから、予防接種に当たっては、リスクとベネフィットを総合的に勘案し 接種の判断ができる情報を提供することが必要であること。その上で、政府は、国民に対して、ワクチンの安全性及び有効性に ついての情報を提供するなど、的確で丁寧なコミュニケーション等を進め、幅広く予防接種への理解を得るとともに、国民が自らの意思で接種の判断を行うことができるよう取り組むこと。」と明記されています。また、厚生労働省「新型コロナウイルスワクチンQ&A」も、「接種は強制ではなく、あくまでご本人の意思に基づき接種を受けていただくものです。接種を望まない方に接種を強制することはありません。また、受ける方の同意なく、接種が行われることもありません」とし、さらに「職場や周りの方などに接種を強制したり、接種を受けていない人に差別的な扱いをすることのないよう」注意を喚起し、「仮にお勤めの会社等で接種を求められても、ご本人が望まない場合には、接種しないことを選択することができ」るとしています。
 今回のワクチン接種は、2020年12月9日に施行された改正後の予防接種法に基づく臨時接種の特例として実施されていますが、市町村長または都道府県知事は、予防接種の対象者に対して、接種勧奨をするものとされているものの(予防接種法8条1項)、対象者は原則として接種を受ける努力義務があるにとどまります(同9条1項)。なお、妊婦については使用実績が限定的であることなどを踏まえ、努力義務の規定も適用除外されています。

3 ワクチンの接種強制は違法であること

 以上の通り、ワクチン接種においては労働者の人権、自己決定権を尊重する法の趣旨を踏まえれば、職場において業務命令として接種を命じることは、原則として業務命令権の濫用として違法であり無効となる可能性が高いものと思われます。従って、接種の業務命令に従わない社員に対して懲戒処分をすることも、客観的に合理的理由を欠き社会通念上も相当ではないものとして無効とされる可能性が高いものと思われます(労働契約法15条)。
 同様に、接種をしないことを理由として従業員を解雇することも、違法無効となるものと思われます。この点、アメリカなどでは企業がワクチン接種を従業員に義務付け、これに従わない従業員を解雇する事件が裁判所で争われ、会社側が勝訴する例も出てきていますが、そもそも解雇自由を原則とする米国と、解雇には合理的な理由が必要で、社会通念上相当なものでなければならないとし、解雇自由を否定している日本とでは、前提となる法制度や企業社会のあり方が異なっていることに留意する必要があるでしょう。
 以下に述べるとおり、使用者が非接種者について一定の人事上の措置を講じることはあり得ます。しかしその際にも、非接種者に対して労働条条件についての不利益な措置を行うことは原則として許されません。使用者が、ワクチン接種をしないことを理由とする減給や降格などの人事上の不利益な措置を講じることは原則として違法となります。


4 職域接種について
 ワクチン接種は、もともと自治体単位での接種から出発しましたが、その後、大学や職場単位での接種(職域接種)が行われるようになりました 。職域接種を実施する場合、企業等が、医師・看護婦等の医療職や会場設営のスタッフ等を確保し、接種場所も企業等が自ら確保することが必要とされています。そして、同一の接種会場で2回以上接種を完了すること、及び最低2000回(1000人×2回接種)程度の接種を行うことを基本とする一方で、中小企業については、商工会議所等を通じて共同実施することなども可能とされており、下請け企業の従業員や取引先の従業員も対象とすることが可能とされています。
 職域接種に際しては、企業が社員の接種希望の調査や基礎疾患の有無の調査を行うことがあり得ます。ワクチンを接種するかしないかは個人の自由であり、それはプライバシーに属する、しかもセンシティブな要配慮個人情報でもあることからすれば、職域接種における調査は、本来望ましいものではないとも言えるでしょう。しかし、確実迅速な職域接種のため必要不可欠であるということであれば、そうした調査を違法ということまではできないかもしれません。しかし、そうした調査を実施する場合も、それが実質的な接種の強制や、差別やハラスメントに繋がらないよう細心の注意を払う必要があります。周囲から接種を強要される心配やハラスメントの不安を無くすためには、予約の専用サイトを設け、接種申込み者の情報がわからないようにする、またその情報を担当部署が一括して管理するなどの工夫が必要でしょう。高齢者や基礎疾病を有する者を優先的に接種させるための事前の調査においても、基礎疾病の具体的な内容、治療情報などの提供は求めないようにすべきです。それらは、必要な範囲で本人が接種前に予診表に記載して医師が問診することになっており、あらかじめ企業が基礎疾病の詳細を把握する必要はありません。

 接種後に、国の接種記録システム(VRS)に登録するため、企業が社員から接種済証の写しを提出させ接種情報を管理することがあります。もっとも、この場合、ワクチン接種に関する情報は、労働者の健康に関する個人情報として、個人情報保護法における要配慮個人情報(同法2条3項)に該当するものと解されます。そのため、接種の有無に関する情報の提供を求めるに際しては、その利用目的を本人に通知・説明し、あらかじめその同意を得ておく必要があります。また、接種情報は、安全な方法で適切に管理し目的外利用や第三者への提供は本人の同意がない限りできません。この場合、要配慮情報である接種情報は、第三者への提供を利用目的とすること等をあらかじめ本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態に置くとともに、個人情報保護委員会に届け出ることで、あらかじめ本人の同意を得ずに、個人情報を第三者に提供する、いわゆるオプトアウトによる第三者提供は認められていないことに留意が必要です。(同法23条2項)(「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項について(通知)、平成29年5月29日参照) 。


5 ワクチン接種の勧奨について
 
 従業員に対してワクチン接種を勧奨すること自体は、それが事実上の強制や、差別・ハラスメントを助長することのないよう細心の注意を払う限りにおいて、使用者はこれを妨げられることはありません。しかしながら、ワクチン接種については、注射部位の痛みの他、頭痛、関節・筋肉の痛み、倦怠感、寒気、発熱、心筋炎・心膜炎、血栓症、アナフィラキシーショックなどが報告されています。そして、厚労省の発表によれば、接種が開始された令和3年2月17日から対象期間の8月22日までに、ファイザー社ワクチンについて1,076例、武田/モデルナ社ワクチンについて17例の死亡例が報告されています。現時点では、それらの死亡例がワクチンとの因果関係があるとされているわけではありませんが、逆に因果関係がない、と結論づけられているわけでもない状況です。こうした副反応の報告例は、コロナワクチンの接種にかなりのリスクが存在することを示すもものであり、ワクチン接種を勧奨する場合には、この点について十分な注意喚起が必要です。ワクチン接種のリスクは、年齢や体質、基礎疾病、地域や生活習慣などによっても様々で、ワクチン接種による効用とリスクのバランスを各自が判断することは、なかなか容易なことではありません。ワクチン担当大臣によるやや安易とも思える断定的な意見表明なども起因してか、マスメディアやSNSでは、必ずしも国民に、必要かつ正確な情報が周知されているとは言えない状況も見られます。ワクチンについては、日々、内外で新たな科学的知見が明らかになりつつあり、それらの情報をもとにしたリスクと効用についての専門家、政府関係者、さらに国民における活発な議論が求められています。情報が錯綜する中、政府には、正しい科学的な知見を国民に提供することが強く求められていますが、現状において、様々なリスクの存在にも関わらず、ワクチンを接種する、しないの判断は、基本的には個々人の選択と自己責任の問題とされていることの意味を十分認識する必要があると言えるではないでしょうか。


6 ワクチン非接種者の異動、業務制限、その他
 
 上記の通り、現在の法制度においては、職場において、従業員にワクチン接種を命じ、これに従わない従業員に対して懲戒処分や解雇などの不利益処分を行うことはできません。
 他方、店頭での接客業務などについて、ワクチン接種者を優先的に配置し、非接種者を顧客などとの接触が少ない業務に異動させるなど、使用者が一定の人事上の措置を講じることはあり得ます。また、上記の通り、人事上の考慮から、使用者が従業員に対してワクチン接種を勧奨することも、それが差別やハラスメントにならないように、細心の注意を払う必要はあるものの、現在の法制度においては不可能ではありません。(もっとも、ワクチンのリスクと効果については、現在様々な議論が内外において行われており、ワクチンのリスクと効用のバランスについての現在の政府の説明が覆されるようなことになれば、それは職場における使用者の非接種者に対する人事措置や勧奨行為についての法的評価も変更を迫られる可能性はあります)。
 従業員が担当する業務内容や配置をどのようにするかについては、労働契約において、当該従業員の担当する職務内容や勤務場所が限定されていない限り、原則として使用者には裁量権があり、多くの場合、就業規則に使用者の配転命令権が定められています。顧客や取引先との間で生じるリスクを考慮し、また海外出張においてワクチン接種が必要とされるような場合に、それぞれに対応する人員の配置を行うことには一定の合理性があることは否定できません。(もっとも、政府による国会答弁では、「接種することを求め、応じないことを理由に取引を中止すること、もしくは契約しないこと」「取引先に接種の有無を聞くこと」や「接種照明の提示を求めること」について、予防接種を受けていないことを理由とする不利益取扱が行われることは適切ではない、としていることに留意する必要があります)。
 他方で、そうしたワクチン接種に関連する人員配置が、未だ感染していない非接種者を接種者から引き離し、事実上の職場内隔離として差別やハラスメントとなってしまうことのないよう細心の注意が必要です。そうした隔離的な人員配置が合理性を持たないとして違法評価を受ける可能性は十分ありますし、またそのことで労働者が精神的な疾患を発症させるようなことになれば、安全配慮義務違反による損害賠償責任を負うことにもなりかねません。また人員配置それ自体は、十分な業務上の必要性が認められるものであっても、それに伴う労働者の不利益とのバランスが取れていない場合も、当該の異動などの人事措置は、配転命令権・業務命令権の濫用として違法評価を受けることになります。
 さらに、こうした非接種者に対する接種へのプレッシャーから、不本意ながら接種せざるを得ない状況に追い込まれ、しかも接種後に重篤な副反応が生じてしまうようなことになれば、そのことについても使用者としての責任が問われる可能性もあります。

 近年、日本の企業においては、職場におけるトラブル回避の目的で、労働者にとっての不利益な措置について、あらかじめ労働者から同意を取り付けることが広く行われています。使用者が、こうしたワクチン接種の勧奨や人事措置に伴うリスクを回避する目的で、労働者から人事措置について同意書の提出を求めることもありうるでしょう。
 使用者が、ワクチン接種に関連する人事上の措置について、あらかじめ労働者に説明し、同意を求めること自体は望ましいことであり、必要なことでもあるでしょう。しかしながら、近年の労働判例は、使用者による不利益措置に対する労働者の同意について、その同意が「労働者の自由な意思に基づくと認めるに足る合理的な理由が客観的にあるか」を問う法理を確立させつつあります(山梨県民信用組合事件・最高裁判決)。従って、ワクチン非接種者から同意書を得ているというだけで、上記のようなリスクから使用者が免れるわけではないことに留意が必要です。
 また、ワクチン接種した従業員が、非接種者と一緒に仕事することを拒むこともあり得なくはありません。しかしながら、これを安易に許容し、未接種者を他の従業員から分離するような措置は、上記の通り差別やハラスメントにつながりかねません。ワクチン接種は、今のところは発症や重症化リスクを低減させる一方で、感染リスクを減少させるという確かなエビデンスが示されておらず、厚生労働省も、ワクチン接種の効果として感染リスクを防ぐことをあげていません。そうである以上は、ワクチン接種者が、感染防止を理由として非接種者との協働を拒むことに合理性は認められられず、そうした接種労働者からの要求に応じる必要はありません。


7 ワクチン接種に伴う健康被害と補償、労災、賃金、休業手当など

 従業員に対するワクチン接種の勧奨は、それが節度をもって行われ、接種・非接種に関する労働者の選択の自由がしっかり保障されている限り、接種の結果、健康被害が発生したとしても、それをもって健康被害が業務に起因するものとして労災認定が行われるわけではありません。しかしながら、ワクチン接種が業務命令として行われていた場合はもちろん、接種勧奨が過度にわたり、特に接種しないことで職場における労働条件の不利益がもたらされる恐れがある程度のものであるならば、接種による健康被害の業務起因性の可能性が生じます。ワクチン接種による健康被害に対しては、予防接種法に基づく補償措置が講じられますが、業務との間に相当因果関係が認められ、業務起因性が肯定された場合、当該の健康被害は業務上の災害として労災保険による補償が行われることになります(療養補償、休業補償、障害補償、傷病補償年金、遺族補償など)。さらに使用者によるワクチン接種への勧奨が、業務上の必要性に基づく合理的な範囲を超えたものである場合には、そこに使用者の故意・過失責任としての労災民事賠償責任が生じる可能性も否定できません。
 この点、厚生労働省は、一般の従業員におけるワクチン接種による健康被害は労災保険給付の対象にならないとしています。他方、医療従事者等に係るワクチン接種については、業務の特性として、新型コロナウイルスへのばく露の機会が極めて多く、医療従事者等の発症及び重症化リスクの軽減は、医療提供体制の確保のために必要であることから、ワクチン接種は医療機関等の事業主の事業目的の達成に資するものであり、労働者の業務遂行のために必要な業務行為に該当するとし、労災保険給付の対象としています(高齢者施設等の従事者も同様)。こうした区分は、行政による解釈に基づく実務的な処理として行われているものですが、「業務の特性として、新型コロナウイルスへのばく露の機会が極めて多く・・・ワクチン接種が事業主の事業目的の達成に資する」のはなにも医療・介護従事者に限られるものではなく、今後は、こうした区分についての労災法理上の検討が必要であろうと思われます。

 ワクチン接種の副反応によって体調を崩し休む場合、企業がコロナ特別休暇やその他傷病休暇などの制度を設けていれば、それを利用することになりますが、そうした制度がない場合はどうなるでしょうか。
 従業員が自主的な判断に基づいてワクチン接種を受け、その結果、副反応で仕事を休む場合、これは「使用者の責めに帰すべき事由」に当たらず、ノーワーク・ノーペイの原則に従い、使用者は賃金や労基法に基づく休業手当(労基法26条)を支払う義務はない、というのが行政の理解のようです。この理解に従う限り、労働者としては、とりあえず労基法によって付与されている年次有給休暇を利用するなどして対応するほかないでしょう。しかしながら、使用者によるワクチン接種の勧奨を直接の動機とし、あるいはさらに、業務命令や非接種に対する不利益措置を示唆するなどのプレッシャーの下に、労働者が接種せざるを得ない状況に至り、その結果、健康被害で休業するという場合であれば、これは使用者の責に帰すべき事由による休業ということになり、労基法上の休業手当請求権、さらには全額の賃金請求権(民法536条2項)が発生するというべきでしょう。
 この間、支給要件の緩和や支給額の拡大が行われた雇用調整助成金の特例措置 の趣旨に鑑みれば、少なくとも労基法26条の休業手当支給の対象外となる「不可抗力」については、これをより限定的に(すなわち、支給要件を緩和する方向で)解すべきでしょう 。そして、休業手当よりも支給の要件が緩やかな、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金は、原則として職域接種におけるワクチン副反応による休業一般について支給がなされて然るべきものと思われます 。

8 最後に
 コロナ・ワクチン接種をめぐっては、以上述べたことの他にも、ワクチン接種のための年休取得、採用面接に際してのワクチン接種証明の義務づけ、退職勧奨・解雇など、様々な論点が考えられます。そして、政府は、現在、デジタル版ワクチン接種証明の導入に向けた検討を本格化させており、先日9月17日にはデジタル庁が、スマートフォンによる電子交付の仕様案を公開しました。そこでは、マイナンバーや旅券番号との紐付けも予定されているようです。政府が推進するデジタル化については、個人情報保護や地方自治等との関係をはじめ、様々な問題点が指摘されていますが、デジタル・ワクチンパスポートが導入された場合、その職業生活への影響はたいへんに大きいものとなることも予想されます。労働法の観点から、今後もそれらの動向を注意深く見守ってゆくことが必要でしょう。


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