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大切にしている教えについて

教え

AかBかで迷ったときは、どちらかというと脳が嫌がる方を選べ

僕はこの教えをずっと大切にしてきました。
事業再生という分野は、いわゆる「火中の栗を拾う」ような仕事です。
広島に持ち家と家族がありながら徳島に行く。
徳島である程度慣れて仲間が出来たり社内での居心地が良くなった頃に山口に行く。
これは、この教えによって成立しています。

行きたくないやりたくない仕事こそ自分の使命

世の中の分岐路に立ったときに、魅力的な仕事でも、「やりたくない」「逃げたい」「怖い」という感情は必ずついて回ります。そのような際にはいつも思い出します。
嫌だ!こんなのは選ぶべきではない→そちらの方を選ぶ

この法則がなかったとしたらどうだったでしょうか?
徳島には行かない方がいい理由が無数にありました。
そもそも、事業再生というのは、何が問題で何をどうすれば解決出来るかを、その本職にフルコミットしている方々をもってしても解決がちっともできないから、依頼されている。
家具屋をしていた自分にとって、食関係というのはかなり門外漢でした。そのため、事業の再構築というミッションは、まあ簡単に言うと、「出来るかどうかはわからんに決まってるし、どれだけ調べても入ってみんとちっとも分らん」としか言いようがない。
ただ一つ言えるのは、「そのような局面でこそ自分は課題解決のための問いを見つける事が出来る達人である」との確信がある事。

行きたくないから行くというバグの結果

怪我でも悩みでも宿題でも、過ぎてしまえばむしろ、過酷であるほどに経験や価値になりますよね。
今は人材のアドバイスが多いですが、色んな人の履歴書や職務経歴書を見ていて一番悲しくなるのは、書いてある内容が薄すぎる事。同じくらいの年齢の人なのに、なぜ社歴と免許証くらいしか書かれている事が無いのか。
そのようなものや、会社の悪口ばかり言ってるけど全然動こうとしない人を見ていると、「ああ、師匠の教えに従っていてよかった」と思います。
うまくいったの?と聞かれたら、自分一人の力で出来る事は所詮、ファシリテーションくらいです。「促す」という意味ですが、「こう考えたら、市場にニーズが腐るほどありますよ」という促しです。
その気付きをどのように今後活かしていくかは、私の実力とかではなく、その会社の努力によるものと思っています。

結果として得意になったこと

僕は、「やらないをやる達人」と言われます。
自分でやれば、当の本人たちよりも上手なことくらいわかっています。
自分で、「ちょっと貸してみ」と言って、無駄に入力しているエクセルファイルやテキストファイルを何かを使ってDXすることは出来ます。
しかし、自分から進んで「この課題をなんとかしたい!」と言わない限り、手を貸しません。半日で組むプログラムで、毎週半日の作業時間をハック出来るとしても・・・
経営も同じです。僕はなんでも貫き通せるし営業も取れてしまいます。
しかし、それをやると、営業は育たなくなります。
戦闘力の高いメンターが自分の目の前で繰り出す技を、しっかりと見て盗んで質問して自分でも素振りして、いつしか自分での大技を繰り出せるようになるためには、主体性が必要です。
大体半年経った頃に「あ、こいつが動くかと思ったけどいけね、自分たちが動いてねーだけじゃ」と気づいて動き出すんですが、その間はまさにチキンレース。つい手を出しそうになりますが、関心がないように振る舞います。かなり上手になってきました。
おかげで、立ち去る時は、即日立ち去る事が出来ます。

4回目だが・・・

不動産から家具、家具から食品、食品から問屋。
3回ほどレッツバンジーしました。リスクを取る。という事を繰り返していくうちに、リスクを取る事が既に脳が嫌がらない事になってきつつあります。
さあ、そうなってくると今後の脳が嫌がる方というのは何になるのでしょうか?
当然にして、全部が全部、脳が嫌がる方ではないですが。大事な局面で僕はこの教えを活用しています。
後から振り返ると、当時の状況で言えば「絶対断るべき」案件でしたが、結果としては「受けたからこそ今の自分がある。受けてなかったらやばかった」と思えるような選択でした。
皆さんも、たまにはコンフォートゾーンから出て、リスクをとってみるといいかもしれませんよ。


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