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コンビニの夕べ

 昔コンビニで長く働いていた。アルバイトである。シフトの時間も大体すべてこなしたように思う。ただ主に入っていたのは五時から十時と夜勤が多かった。
 何年も働いたものだからお客さんにしろ同僚にしろ沢山の人を長く見続ける事になった。そんな人たちの事は、会話の有無にかかわらず結構記憶しているもので、横から人を眺める事はとても勉強になった。割りと主観的であったり感情移入したりというのは薄かったように思うが感銘を受けなかったわけではないのだ。
 特に人の状況の変化と言うものが思うよりダイナミックなのかもと思えるようになったのは実は単調な繰り返しの中にも様々な要因を孕んでいる事を長期間の観察で見てとれたからだ。これは客商売のひとつの面白さかもしれないし、なんなら居酒屋やバーに通い続ける事に似ているかも知れない。
 だいたいコンビニには決まった時間に決まった人が来る事が多い特に朝晩はそうだ。出勤退勤の人々が習慣的に利用する。そんな中で一番分かりやすい変化は病気だなぁと思った。病気は徐々に外見を変形させて、ある日ぽろっと木の実が落ちるように日常から脱落していく。経済状況などもよくにているけれど、これはリンクして来る事が多い。例えばあんなに毎日元気だったものが、ある日少し顔に赤みが指して見えた。実はそれが始まりで一年も経たないうちに腰が曲がり、髪は抜け落ち、仕事を失い声も弱り歯が抜け落ちていく。そんな事も往々にしてあるのだ。逆にどこかで踏みとどまったり、コンビニにも来なくなった数年後に道端で元気な姿を見かけたりする事のもある。
 人生はそれなりにダイナミックなのだ。自分はどうであるか?それを把握できるのはいつも過ぎていった後なのだけど、もしかしたら毎日鏡を覗くだけでも兆しはわかるかの知れない。

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