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#22 悲しくも美しかった南房総の秋

気づけば年の瀬。超大型台風の台風15号が来たのが9月10日。あたふたしているうち10月12日に大雨をもたらした台風19号が襲来。さらに翌11月には館山に住む義理の父が急逝。大変なこと悲しいことが次々と襲ってきて、その合間合間に原稿書いて、南房総と東京を行き来して…なんだかいつもフワフワして地に足のつかない日々を送っていました。

南房総、今では日常を取り戻していますが、台風15号の爪痕は各所に残っています。3か月以上経った今でもまだブルーシートのかかった屋根はあちこちに見かけるし、壊れたビニールハウスはもはや日常の風景の一部になっています。

目の前の海もずいぶん様子が変わりました。海はどんどん変化するものだということを、この年齢まで知りませんでした。海の形を大きく変えるのは台風です。最高の波が立っていた目の前の海岸は二度の台風で砂浜が極端に狭くなってしまい、サーフィンができるような割れる波が入らなくなってしまいました。

義父の急死により、義母は一人暮らしになってしまったし、なにもかもが変わらず同じというわけではありません。

なんとなく、呑気に「二拠点生活楽しんでまーす」といったnoteを書くような気分にはなれず、更新できないまま、年の瀬を迎えているわけですが、南房総で暮らし始めた2019年の締めくくりとして、これだけは書いておきたい、と思うことがあります。それは、

南房総の秋は悲しくも美しかった!

ということ。二度の台風後も、南房総は何度も大雨や強風に見舞われ、その度に畑が荒れ、山の木々がなぎ倒され、屋根のブルーシートがめくれ、川や海がカフェオレ色に濁りました。幼い頃から息子をかわいがってくれた義父が亡くなった時期も雨が続いていていました。亡くなった日も、お通夜もお葬式も四十九日も雨だったので「お父さんが泣いてるんだね」と、親族が集まる度、苦笑いしてたっけ。

当たり前ですが、冬至に向け、明るい時間がどんどん短くなっていきました。息子の放課後サーフィン練習の時間もどんどん短くなって、やがてできなくなり、12月に入ると、平日は朝の6時過ぎから7時過ぎまでの40~50分ほどしかサーフィンができなくなりました。

だからこそ、晴れの日には、その美しさに何度も涙しました。

悔しいくらいにあっけらかんと晴れた空にトンビが舞い、青い青い海に鳥の大群がノンビリ浮かび、いつものようにザバーンザバーンと波が打ち寄せる音がして、「ああ、嬉しい、自分は生きてるんだな」と思ったり。

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地元のサーフポイントで息子と仲良しの同級生たちが、「夏が過ぎ 風あざみ誰のあこがれに さまよう~」と、なぜか井上陽水の歌を大声で歌いながら、意気揚々と海に入っていく姿を見て、「この瞬間を忘れたくないな」と思ったり。

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義父が卒業した県立高校に通う息子が「寒くなってきたから」と学ランを羽織って、海沿いの道をゆっくりと自転車を漕いで行く姿を見て、「卒業式には義父に出席してもらいたかったな」と思ったり。

いろいろありましたが、南房総の秋は美しい晴れの日の思い出でいっぱいです。そして、年の瀬を迎えた今、感じているのは、どちらかといえば、東京よりも南房総の方が「ホーム」になってるな、ということ。息子を温かく見守ってくれる多くの人たちとの出会いもあり、いつの間にか、安心してリラックスして暮らしている自分がいます。東京に住む娘に「東京と違って、南房総はね…」と、すぐに南房総自慢して嫌がられている自分がいます。息子の高校生活のために始めた二拠点生活ですが、思い出が積み重なるにつれ、南房総に「根」が生えてきている感じがします。

息子の卒業まであと2年、義母には義父の分までたっぷり息子の成長を見てもらいたいし、私はもっともっと南房総を楽しんで根を深くしていきたい。

というわけで、2020年からはまた楽しく二拠点生活noteを書いていきたいな、というのが新年の抱負です。まだまだ、ご紹介したいところ、いっぱいあるんです!みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

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