イルカ

#23 イルカ救出大作戦

海にはたくさんの生き物が暮らしています。ですが、いくら海辺に住んでいるといっても、釣りもしないし、海の生き物に出会うことはめったにありません。動くものはカニぐらい。ごくたまに、魚やウミガメが砂浜にうち上がって干からびているのに遭遇する程度です。ましてイルカなんていうものは水族館でしか見られないものだと思っていました。

ところが、1月末のある朝、水族館にいるみたいなイルカが、マンションのすぐ前の浜にうち上がっていたのです!第一発見者は息子。低気圧の影響で波が大きすぎるため、朝サーフィンはせず、登校前にシャワーをしながら、窓の外の波を見ていたようです。突然、「浜に大きい魚かイルカみたいなのがうち上がってる!」という声が聞こえました。

「ほんと?」と窓の外に目を向けると、すぐ下の海岸に大きな魚のようなものがキラキラと朝日を浴びて光っているのが見えました。まだうち上がったばかりだったのか、バタバタと尾びれを動かしていたので、助けてあげなきゃ、という気になり、「先に行ってるね」と、サンダルをつっかけて海岸へ。

エレベーターに乗ると、上階から降りてきたおじいさんに遭遇。「マグロみたいなのが上がってるね」と、そのおじいさんも確認のために降りてきたようです。一刻も早くいかなきゃ、と砂浜へ走っていくと、なんとイルカ!大きさは1.5m弱。写真のように海の方を向いて横倒しになり、砂の上で尾びれをバタバタ動かしていましたが、呼吸も荒れて苦しそうでした。波が荒れていたので、大波に乗って打ち上げられてしまったのでしょう。

一緒に来たおじいさんは「こんな大きなイルカ、とても動かせない」と思ったのか、遠巻きに見ているだけ。そのうち、同じマンションの女性がもう一人やってきて「あら、かわいそう。どうしたらいいかしら…」と困惑。2人でイルカを持ち上げようとしてみましたが、どうにも重くてびくともしません。

「鴨川シーワールドに連絡してみては?」と女性に言われ、「確かに!」と思い、急いでスマホで検索し、鴨川シーワールドへ電話。「あの、こちら南房総市の海岸なんですが、イルカがうち上がってまして、どうしてあげたらいいかと…」と聞くと、「すみません、こちら施設課でして…代表電話にかけてみてください。こちらからも一応イルカの飼育員に連絡してみますが…」とのこと。慌てていたせいで施設課さんに電話してしまっていたのでした。施設課さんから聞いた電話番号を砂に書き留め、代表にかけてみると、営業時間外との録音が流れるだけ…。それはそうですよね。イルカ110番じゃないですから。

「鴨川シーワールド、ダメでした」と女性に告げ、二人で困り果てていた時に、半袖短パンの体育着姿の息子が学ランやリュックを抱えて登場。「なんとか、このイルカ海に運べないかな?」と言うと、さすが力自慢の高校男子、イルカの胴体をグっと持ち上げ始めます。すると、完全に持ち上げることはできないものの、砂浜をずるずる引きずって動かすことはできそうな感じに。そこで、息子と私、女性の3人で、よいしょ、よいしょと声をかけながら、イルカを抱えて海の方へ引きずっていくことに。

イルカの感触はつるっとしたゴムみたい。キュキュっと音がしそうな位滑らか。でもペコペコしているのではなく、中身がぎっしり詰まった感じで、見た目以上に重い。波の来るところまでは結構距離があり、かなり長い時間、みんなでふぅふぅ言って、ズボンもびしょびしょになりながら運びました。イルカも、最初はじたばたしていたのですが、よいしょよいしょ、と運んでいるうち「あ、もしかして海に運んでくれてる?」と気づいたのか、静かになって、身を委ねている感じになって、その姿がなんとも可愛らしかったです。

ようやく波内際まで来ると、沖から大波が!これはチャンス!と、急いで浜まで逃げて、イルカを見守ります。イルカは沖へ泳いで行こうとするのですが、波の勢いが強く、また浜に戻されてしまいます。イルカは横向きになると自分で起き上がれないようで、波に押されて浜にゴロンと転がってまたじたばた。そこで、波が引いた隙に、息子ともう一人加わっていた寝間着姿のサーファーおじさまが2人がかりで起こしに行き、体勢を整える。また波に押されてゴロン…。というのを何度かやるうち、大きな波の中へスーッと入り、ドルフィンスルー成功!波の中へ消えて行きました。

「無事に沖の方へ行ったかな?」と思って見ていると、波の向こうで元気なイルカジャンプを2回!その姿を見て、みんなで思わず拍手!「良かった!帰ってきちゃだめよー!」と、見送っていると、なんとまたまた大波が!再び流され、隣の海岸に戻されそうに!「まずい、またうち上がっちゃう!」祈るようにして見つめていると、なんとか方向転換して沖へ。その後は姿を見せることなく、「良かったですね~」と即席イルカ救援チームは解散となりました。

気づくとスボンも靴下もびっしょりで砂だらけ。息子はほぼ全身水に浸かって砂だらけ。1時間に1本しかない電車はとっくに逃していたので、一度帰って着替えてから高校まで車で送ることにしました。ふと携帯を確認すると、知らない電話番号から何度も着信が。折り返しかけてみると、なんと鴨川シーワールド。「先ほどのイルカですが、みんなで動かして、無事に海へ返しました。ご心配をおかけしました」と伝えました。施設課の方がイルカ飼育員の方にちゃんとつないでくださったのだと思うと、鴨川シーワールドの方々のイルカへの想いが伝わってきてジーンとなりました。

高校には「家の前の海岸にイルカが上がりまして、それを助けていたので遅刻します(笑)」と電話して出発。車の中でもイルカ救出の興奮冷めやらず、「あのイルカ、元気にしてるかなー?群れに戻れるのかなー?また会えたらいいのにねー」などとイルカの話ばかり。息子がGoogle写真検索をしてみたところ、バンドウイルカという種類の割とよくいるイルカだということが判明しました。ただ、成体が2~4mということなので、子どもだったのかもしれません。そういえば、海に戻った喜びで呑気にジャンプしていたり、うっかりまた戻されそうになったりしていた行動も子どもっぽい。また、息子によると、イルカも波乗り、サーフィンをするそうで、調子に乗って大波でサーフィンし、うっかり砂浜に打ち上げられたのかもしれません。

1時間目、数学の授業中に教室へ行った息子は先生から、「イルカの話をしてください」と言われ、みんなの前で話したそうです。「『イルカを助けながらも、朝の英単語テストが気になっていました』というところが一番ウケた」そうですが、英単語テストはお昼に受けさせてもらえたそうです。

その後、地元の方々やサーファーの方々にイルカの話をすると、みなさん「この辺でイルカは見たことがない」と言っていて、どうやらなかなか珍しいことのようでした。といっても、この海はイルカが暮らす海ともつながってるんですよね。そんな当たり前のことを体感するできごとでした。

今朝は昨日と違って、波は穏やかになり、窓の外に広がっているのはいつもと変わらない海の景色。ですが、なんとなく波の向こうにイルカの姿を探してしまいます。今日からは、私と息子にとって、”あのイルカ“がいた、ちょっと特別な海になっています。

「まあでも、あれがイルカじゃなくてマグロだったら、違った展開になってたよねぇ…」「マンションのレストランの人が包丁持って来てたかもね…」と、ブラックなことを想像して、笑ったりもしていますが。





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