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赤ワイン

アキさんという女性は美しく聡明で、セクシーな上に母性にあふれている。
アキさんになついている子たちは多く、もちろん私もその一人だ。

アキさんが選ぶイタリアンはどこもおいしくて、センスがいい。映画の選定もうまいし、何かとセンスがいいのだ、アキさんは。

お酒はあまり飲まないようにしようと思っているけれど、なんとなく赤ワインはOKというマイルールがある。アキさんが連れて行ってくれるお店は赤ワインに合う料理ばかりなので、ついつい飲んでしまう。

六本木ヒルズの裏手にある、東京国際映画祭の時にはセレブも集うらしきその店で、アキさんを目の前にした私は、赤ワインで気持ち良くなっていた。

ラム肉の炭火焼だとか、マスカルポーネのチーズだとか、ラグーとミントのパスタだとか、美味しい以外に形容しようがない料理に赤ワイン。最高だ。

その上アキさんが話しているのは「旅」の話だ。
私と同じかそれ以上に声が小さいアキさんだけど、それがまたどうにも心地いい。

「今の仕事のピークが終わったら休み取れるんですか?」と聞いたら、アキさんは「旅行に行きたいな」と言って、それから「本を読むための旅がしたい」と言ったのだ。

本を読むための旅――

うっとりした。

アメリカのオレゴンに、本を読むための宿があるらしい。
リビングには本を読むに相応しい椅子が並べてあって、暖炉がある。毛布もある。

そこに来た人は皆、気合いをいれないと読めないようなドストエフスキーとかを持参してきているらしい。

文学少女だったアキさんにとって、本を集中して読める時間は人生のオアシスのようなものなのだ。忙しいと、どうしても本から遠ざかる。

だから、本を読むための旅がしたいとアキさんは言い、それから、「散歩するための旅」もしたいと言って、ラオスのルアンパバーンについて話してくれた。

東南アジアの国々は、だいたいどこも「散歩する」のに似つかわしくない。ジメジメ暑いし、危険なところもある。

そんな東南アジアの中で、ルアンパバーンは散歩するために行くのに良い街なのだという。

それから、「眺めのいい窓がある部屋に泊まる旅」。
スイスには、マッターホルンが見えて、そして窓から月灯りが流れ込んでくるような宿があるらしい。

あぁ、うっとりが止まらない。

赤ワインでふわふわしながら、アキさんの魅力的な話を聞いて、
世界は美しいものであふれていて、人生は一度きりでは足りないのかもしれないなと思った。


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