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結婚式の帰りに結婚指輪をなくし大泣きした花嫁が、夫の愛と奇跡に救われた話

誓いの言葉と指輪を交換して、人生でいちばんの幸せを感じた二日後。わたしは絶望のどん底にいた。

結婚式の48時間後に指輪をなくした日

軽井沢旅行も兼ねた結婚式が終わり、東京へ帰ろうという最終日。立ち寄った温泉で、事件は起きた。

その日は12月の軽井沢にしては珍しく雪が降っていて、私は「神さまからの結婚祝いかな!」なんて浮かれたことを考えたりしていた。露天で雪見風呂を堪能したあと、着替えを済ませてカフェで夫を待っているとき、ふと気がついた。

左手の薬指に、結婚指輪がない……!!

きっと脱衣所のロッカーに置いてきてしまったのだろう。夫と合流してすぐに、走って脱衣所に向かった。この時点ですでに、心臓はバクバク。もしロッカーにない、なんてことになったら一体どうしよう。

「あの、忘れ物をしてしまったので脱衣所に戻ってもいいでしょうか…」「はいどうぞ」

受付のスタッフさんは、快く通してくれた。

さっき使ったロッカーを見ると、鍵がしまっていた。慌てて、清掃中のスタッフさんに事情を話す。

「あの、さきほどロッカーに指輪をおいてきてしまって、いま戻ったら使用中だったんですけど…」
「お使いになっていたのは何番のロッカーですか?」
「46番です!!」

大好きなアイドルグループの名前と同じ番号。この時点で手が震えるほど焦っていたけれど、番号にだけはなぜか自信があった。

渡された用紙に、指輪の詳細を書く。

_______________
物品:結婚指輪
特徴:ダイヤが2列で一周している、ティファニーのもの。
   内側に刻印が入っています。
紛失日:12月18日
________________

ロッカーがあくのを待っている間、「隙間からほかのロッカーに落ちている可能性」があるかもしれないと思い、左右や下段のあいているロッカーを調べてみた。もちろんなかった。

大事な指輪から目を離してしまった申し訳なさと、後悔と、もしそこになかったらどうしようという不安で、徐々に涙が出てきた。

脱衣所で号泣する女

脱衣所に座って泣いている女を、何人もの人が不安げに眺めて通り過ぎていく。周りから一体どう見えてるんだろう、きっと迷惑だろうな、なんて考えながらも、どうしても涙が止まらなかった。

しばらくすると、46番ロッカーの前に一人の女性が立った。浴室から出てきたばかりなのに、なぜかすでにバスタオルを体に巻いている。

私は一緒に中を見たい気持ちを抑えながら、少し遠くからその女性を見守っていた。しばらく内部をがさごそしたあと、スタッフさんのもとに歩いていくのが見えた。

「ねぇちょっと、探してみたけどないですよ」

バスタオルを巻いたままの彼女が、スタッフさんに告げているのが聞こえた。彼女が荷物を持って場所を移動したあと、たまらずロッカーに駆け寄って、指輪を探した。

ない。

ロッカーの隅に、ネックレスと一緒に指輪を置いた記憶がたしかにあるのに、四隅を見ても、靴用トレーをひっくり返しても、どこにも指輪がなかった。

泣きじゃくりながらロッカーをひっくり返す私を見て、着替えを終えた先ほどの女性が心配そうに声をかけてきた。

「私も何度も見たけどなかったのよ。床とか、その辺にもないかしらね…。」

しばらく、一緒に床を探してくれたものの、きれいに清掃された床からは何も出てこなかった。

「指輪、みつかるといいですね…」

そう告げて、彼女は去っていた。きっと、スタッフの人が浴室の中で46番のロッカーキーをつけている彼女をみつけて、ロッカーの中に指輪がないか探してくれないか、バスタオルを持って頼んでくれたのだろう。スタッフさんにとっても気が重いことだったろうし、裸で突然声をかけられた彼女はもっと迷惑だったと思う。それなのに、見ず知らずの私を心配してくれて、申し訳なさでもっと泣けてきてしまった。

指輪をロッカーに置いた後、脱衣所を出るときにどうしたかの記憶はポッカリと抜けていた。もしかするときちんと身につけたものの、結婚式に向けて絞った指から外れてどこかに落ちてしまったのかもしれない。ポケットに入れて、どこかで落としてしまったのかもしれない。いろんな可能性が頭を駆け巡る。

そうこうしていると、スタッフさんがこちらに近づいてきた。

「お客様、お忘れ物は…」
「指輪、ロッカーの中にもなかったので、一旦引き揚げます…。ご迷惑おかけしてすみませんでした」
「そうなんですね…。営業終了後に、改めて全てのロッカーをお探ししますので、見つかり次第お電話でご連絡差し上げます。すごく大事な指輪ですよね。すぐに力になれず申し訳ありません」

こちらこそすみません…。一昨日こちらで結婚式を挙げたばかりなんですがもうなくしてしまって…。本当にすみません…。

もう誰に何を謝っているかわからなくなってくる。スタッフさんに見送られて温泉を出て、雪景色の中を歩いて行った。これから、夫に殊の顛末を伝えなくてはならない。

このまま雪の中に消えてしまいたかった

二人で選んだ結婚指輪。彼が特別な気持ちを込めて送ってくれた指輪。そんな大事なものを、こともあろうか結婚式の旅行の帰りになくしてしまった。

もう、雪の中に埋もれて消えてしまいたかった。

絶望しながらカフェに戻り、彼に向き合う。一瞬止まった涙がまた際限なくあふれてきた。

「指輪、なかった」

もらった時「今日が人生でいちばん幸せ!」と伝えた結婚指輪。一昨日、結婚の証として交換しあったばかりのたいせつな、結婚指輪だったのに。

彼は呆れるだろうか。軽蔑するだろうか。その一瞬、判決を待っているような気持ちだった。

「とりあえずあったかいもの飲んで、落ち着きな」

彼は、買ったばかりの紅茶を私の手に持たせてくれた。

「指輪、ごめんなさい…。〇〇さんがくれた大事な指輪なのに…」

人目もはばからず泣きじゃくる私を抱きしめながら、彼は言った。

「君がいればいいよ。」

こうして私たちの結婚式旅行は、大きな絶望と、それを上回る大きな大きな愛情と一緒に、幕を閉じた。

戻ってきた日常、戻ってこない指輪

東京に帰ってきても、指輪のことが頭から離れなかった。一日中、Twitterで「軽井沢 温泉 指輪」「軽井沢 忘れ物」でエゴサーチしたり、万が一の可能性としてメルカリで出品されていないか検索したりしていた。

結婚式の写真を見返していても、至る所に結婚指輪が写っている。指輪のことが脳裏にチラつくたびに、彼への申し訳なさと後悔で押しつぶされそうになり、結婚式のこと自体、思い出すのが嫌になった。

翌朝。朝起きて真っ先に指輪のことを話し始め、泣きじゃくる私を見て、彼は何度も言ってくれた。

「ものが一つなくなっただけだよ。2人で一緒にいられればそれでいいんだから」

清掃時にみつかっていないかと一縷の望みをかけて、温泉へも電話した。

「こちらからご連絡せずすみません。昨晩の清掃で、複数名のスタッフで確認したのですが、指輪はみつからずでした。今後の予定ですが、1月の休業期間中に大規模な清掃を予定しております。その際に見つかり次第、改めてご連絡させていただきます」

電話口の女性は、おそらく現地であったスタッフさんとは別の方だと思うけれど、殊の顛末をよく知っていて、今後の対策もきちんと教えてくれた。現地で騒ぎを起こし、電話までかけてくる迷惑な客に対して、十分すぎるくらいに親切な対応だった。

普段の清掃で見つからないのに大掃除で見つかることってあるんだろうか。きっともう、指輪はどこかに行ってなくなってしまったんだろうと、ここに来てはじめて諦めた。

電話の内容を彼に伝えた。「だからもう諦めよう、本当にごめん。あなたが今後もひとりで指輪をつけ続けるかどうかは、あなたの気持ちに任せるよ」と伝えるつもりで。

私がそんなことを言う前に、彼は言った。

「うん、わかった。なくしちゃった指輪は、もう諦めよう。
それで、来週のクリスマスに、新しいのを買いに行こう。
1月の大掃除が終わっても指輪が見つからなかったら、同じデザインのやつも、もう一つ買おう。」

彼の底なしの優しさは、嬉しかったけれど同時に怖くもあった。私は普段からそそっかしいところがあって、あの高い指輪をもう一度もらったら、またなくしてしまうんじゃないかという不安があった。その不安は、このまま一緒にいたら、また迷惑を掛けてしまうんじゃないか、いつか見放されてしまうんじゃないかという、もっと大きな不安にも直結した。

「だめだよ、きっとまた無くしちゃうよ。そしたらもう一緒にいられないよ」
「なんで?」
「だって、〇〇さんがくれた大事なもの無くしちゃったんだもん。もう本当は一緒にいる資格ないんだよ…。私ばかだから、同じの貰ってもまた無くしちゃうかもしれないよ…」
彼は少しびっくりした顔をしてから、大好きな、いつもと同じ笑顔で言った。
「そしたら3つ目も買おう。なくしちゃったら同じのを買い続けよう。だから、一緒にいる資格ないなんて言わないで」

この人は、数日前に、「病めるときも健やかなるときも共にいること」を誓ってくれた人なんだなと、思い出した。

「週末、またティファニーでたくさん指輪つけられるよ。だからもう、結婚式も悲しい思い出じゃないよ」

彼の、底抜けの前向きさは、いつも私を救ってくれる。

3日後に鳴った電話

平日になり、彼は会社へ行き、私は在宅勤務。結婚式の日々が嘘だったかのように、一気に現実に戻った。ただ、私の薬指から指輪がなくなったことだけが変わっていた。

あらゆるミーティングで、同僚たちが「結婚式どうでした?」と聞いてくれた。その度に「いやぁ、指輪をなくしてしまいまして…」と答える。
「うちの母親も昔なくしたらしいですよ」「私もなくしたことありますよ」などなど、みんないろんなことを言って慰めてくれた(本当にありがとうございました)。

何回か話してるうちに、徐々に笑えるようにもなってきていた。

彼からは「新しい指輪を買ったあと、noteにでも書いたら笑い話にできるんじゃない?」というアドバイスもあった。彼はまだ3記事しか書いてないのに、noteの魅力もしっかりわかっていた。

昼過ぎに、一本の電話がかかって来た。発信元は長野県。

「はい、小島です。」
なぜか旧姓で出る。
「こちら、軽井沢の星野リゾート、トンボの湯の〇〇と申します。3日前お越しいただいた際に、結婚指輪をお忘れになったとうかがっておりましたが…」
「指輪、見つかったんですか?!???!」
まさかと思いながら、食い気味で尋ねた。
「はい、本日スタッフが、外を歩いていたところ見つかりまして。」

その日は軽井沢も暖かく、溶け出した雪から指輪が出てきたとのことだった。

数日後、伝えていた住所に指輪が届いた。何重にもなった梱包資材に丁寧に包まれた指輪。手書きのお手紙までついていた。中には、私たちの結婚のお祝いと、健康を祈る言葉がつづられていた。

メルカリでもみたことがないレベルの丁寧な梱包で届きました。トンボの湯のみなさま、本当にありがとうございました。

「ロッカーで外したあとどうしたか記憶がない結婚指輪」がなぜ建物の外で見つかったのかはまったくわからない。もしかしたら無意識のうちに身につけて指やポケットから落ちてしまったのかもしれないし、荷物からぽろっと落ちてしまったのかもしれない。もっと予想外の何かかもしれない。

大迷惑をかけたトンボの湯のみなさんにはどうしてもお礼がしたくて、郵送先を聞いたけれども
「うちで結婚式をあげてくださったとのことですので、それだけで結構ですよ。このたびは本当におめでとうございます」
と返されてしまった…。

大浴場のスタッフの方、指輪を見つけてくださった方、電話対応をしてくださった方はすべて別の方だと思うけれど、みなさん事情を完璧に把握されていて、私が絶対に不安を感じないような対応をしてくださった。

結婚指輪をわたしたちのもとに戻してくれたのは、星野リゾートの完璧な連携プレーと、驚異的なホスピタリティだった。いつかまた、家族で軽井沢にお礼に行こうと思う。


奇跡のようなできごとからしばらくたち、年の瀬になった。しばらくぶりにいろんな人に会った。誰にあっても「指輪、戻ってきてよかったですね…!」から会話がはじまる。本当にご心配おかけしました…。

彼からのクリスマスプレゼントは、AirTagになった。今度から指輪を外すときはこれにつけるように、とのことです。

クリスマス用のかわいいラッピングで届きました

彼に、指輪紛失当時の気持ちを聞いてみたこともある。

「どんな気持ちかでいうと、いつかなくすと思ってたから、そんなに驚かなかったよ」
「少しも嫌な気持ちにならなかった?」
「うん。むしろ、こっそり新しいの買って、同じ刻印もいれて、トンボの湯に送ってみつかったことにしてあげようかなとか考えてた」

彼はいつも前向きで、「このひとと一緒ならなんでもできそうだな」という気持ちにさせてくれる。そんな彼の大きな優しさと、愛情に、これから少しずつお礼を返していきたい。病めるときも健やかなるときも。

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