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どのようにして吃音は進展するのか

吃音症は、段々と症状が多くなってきたり、複雑性が増していく性質を持っています。
初期の吃音では、不安や自己嫌悪を感じることは少なく、進展(悪化)することでこれらが強化されて、生活に苦労を感じたり、回避や社交不安などを引き起こす可能性があります。
今回は吃音がどのような理由で進展してしまうかという点について、「条件づけ」という要因論についてまとめます。


吃音と古典的条件づけ

吃音がある人は、不安を感じやすいわけではなく、吃音と否定的な経験が伴うことで、古典的条件づけ(レスポンデント条件づけ)によって不安を伴うようになります。
古典的条件づけを説明するものとしては、「パブロフの犬」が有名です。

パブロフの犬
犬に対し、えさ(無条件刺激)とメトロノームの音(条件刺激)を与えることで、唾液という反応が得られます。
これを繰り返すことで、犬は「メトロノームの音=えさがもらえる」ということを学習し、メトロノームの音だけで唾液の反応が得られるようになります。

これは「古典的条件づけ」と言われ、ある刺激と別の刺激を一緒に与える(対提示する)ことによって生じる学習のことを指します。

同様に、吃音と否定的経験(からかい、いじめなど)が繰り返し提示されることによって、吃音の症状に対して恐怖や不安を感じるようになります。

どもる + からかいなどの否定的経験 → 恐怖・不安
↓ 強化されると…
どもる → 恐怖・不安

吃音とオペラント条件づけ

さらにこの不安に回避が伴うようになり、オペラント条件づけによって強化されます。

オペラント条件づけとは、「ある刺激のもとで行動することにより、行動の変容や学習が生じる」という理論です。道具的条件づけとも呼ばれています。
オペラント条件づけの具体例として、スキナーの心理学実験を紹介します。

スキナーは、ラットを箱に入れて実験しました。その箱にはレバーがあり、レバーを押すとエサが出る仕組みになっています。
ラットは最初、箱の中を走り回るだけでしたが、押すとエサが出ることに気づきます。そして最終的には、頻繁にレバーを押すようになりました。
つまり「レバーを押す行動」によって環境が変わり(エサが出る)、その行動が強化されたわけです。スキナーはこの学習プロセスを、オペラント条件づけと呼びました。

人の場合
これを「仕事の疲れ」と「飲酒」で考えてみます。

仕事の疲れがたまっている状態(先行刺激A)に対して飲酒という行動(B)をとると、気分がよくなるといった結果(C)が得られます。この ABC の3 つがオペラント条件づけによって、同様の先行事象が生じた際に同じ行動をとるようになります。

仕事の疲れ(A) → 飲酒(B) → 気分が良くなる(C)

このABCの3つがオペラント条件づけによって、同様の先行刺激(疲れ)が生じた際に同じ行動を取るようになり、回数を増すほどその一連の行動が脳に定着していきます。つまり、「疲れが溜まったら酒を飲む」という行動が自動化してしまうのです。

仕事の疲れ(A) と 飲酒(B) がセットになる

吃音の場合
吃音においては、吃音が生じやすい場面や単語に相対したとき(A)に、話すこと自体を回避する(B)と、吃音が生じなかったことに対して安堵する(C)ことで、話すことを回避しがちとなってしまいます。

どもる予感(A) → 回避(B) → 安心する(C)
↓ 強化されると…
どもる予感(A) と 回避(B)がセットになる

つまり、回避に限らず、どもる予感に対して何かしらの行動を継続して行ってしまうと、その行動がどんどん自動化されてしまい、強化されていくことになります。

複雑な悪循環の形成

さらにこれらの古典的条件づけとオペラント条件づけは複雑な悪循環を形成します。吃音に対して否定的経験があると、古典的条件づけによって吃音に不安や恐怖を伴うようになり、オペラント条件づけによって不安や恐怖は回避することでさらに増幅されます。

この状態は、次の①から⑤の悪循環を形成しています。

① 社会的状況への予感
(例:どもりそうだな、どもったらどうなるだろう)

② 自身や状況についての否定的な考えや信念
(例:どもる自分はダメな人間だ)

③ 注意バイアスや自己注目
(例:何も話せないように思われたに違いない)

④ 恐怖や不安を減らす対策(例:吃音が生じやすい場面を避ける)

⑤ 事後の評価(例:どもってしまって失敗だ)

つまりは、単に「吃音が生じそうだから不安」というだけでなく、回避行動や自己注目によって「不安に思うことで吃音が生じやすくなる」という悪循環を形成していると考えられます。

負のスパイラルから脱するためには

この悪循環から抜け出すためには、刺激を抑えたり、セットになってしまった行動を変えていく必要があります。
古典的条件づけでは、否定的な経験や感情を低減させること、オペラント条件づけでは、回避などの行動を行わないことが重要です。

とはいえ、これは簡単にいくものではありません。
そこで現在の心理学では、認知行動療法やACTといったものが、非常に有効なアプローチとなります。
これらは、自身の歪んだ思考や行動を修正したり、少しずつ価値のある行動に変容していくことを目的とした治療法で、不安症などの多くの症状に対して高い効果を上げています。

理想としては病院等で医師の診察の元行うことが好ましいのですが、日本では認知行動療法を扱える病院が非常に少ないのが現状のようです。
一方で、やり方や考え方はいたってシンプルで、個人で行うことも非常に簡単です。

これらを書くとかなり長い記事になってしまうので、別の機会に書きたいと思います。

まとめ

  • 古典的条件づけによって、吃音だけで不安や恐怖を感じるようになる。

  • オペラント条件づけによって、どもる予感と特定の行動(回避など)がセットになってしまう。

  • これらは複雑に絡み合い、どんどん強化される。

  • 負のスパイラルから脱出するためには、環境や行動の変容が必要である

  • 変容のためには認知行動療法やACTが有効である。

参考
1)耳鼻咽喉科医師が行う低強度認知行動療法 心身医学 2023 年 63 巻 3 号 p. 229-235
2)やさびと心理学 古典的条件づけ(レスポンデント条件づけ)とは?例もわかりやすく説明
3)やさびと心理学 オペラント条件づけ(道具的条件づけ)とは?学習の例をわかりやすく説明


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