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BLM発端の地で日本人学生が黒人差別に対する認識を考えさせられた話

ちょうど2年前、ジョージフロイドさんが警官によって殺害され、全米、全世界にBlack Lives Matter(BLM)運動が拡大しました。2週間前比較国際教育学会(CIES)参加のためにミネアポリスに行った際に、ピッツバーグ大学の友人と一緒にフロイドさんが亡くなった現場(ジョージフロイドスクエア)を訪れました。実はこのトピック、期末期間でうかうかしている間に理事の畠山に先に記事化されてしまいました。彼は、BLMから2年経った今でもアメリカのsystematic racismは変わっていない、とアメリカ社会の不平等な構造についてクリアに記述しています。アメリカ社会に存在する構造的な差別の解消がBLM運動の究極的目的であるので、構造的問題に関する議論なしにはBLMは語れません。マクロな話は畠山の記事に譲るとして、僕の記事ではミクロの話をしたいと思います。アメリカ社会の根深い黒人差別やBLMに対して、僕たちはどんな認識を持っているのか。さらにモデルマイノリティと揶揄されてしまうアジア系の僕たち一人一人は、黒人差別に対してどう向き合っていけばいいのでしょうか。それらを考えるヒントになればと、ジョージフロイドスクエアを訪れた際の経験や僕の黒人差別やBLMに対する認識の変化を共有したいと思います。

1.潜在的に見ないようにしていたBLM

CIESがミネアポリスで開催されるのだから、もともとジョージフロイドスクエアに行く予定にしていたのだろう、と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、答えは否です。僕の学会発表が終わり、畠山の博士号取得祝賀ディナーをしていたときに初めてミネアポリスはBLM運動発端の地だと知った程でした。それだけ僕はBLMについて無知でした。畠山の別の記事ではBLM運動が起こってから教育大学院のアカポスは人種関連が大半を占めるようになり、比較教育分野のジョブはほぼ皆無になったと記されていますが、似たような変化がピッツバーグ大学にも起こりました。僕が博士課程を始めるちょうど前に起こったBLM運動により教育学部のUrban Education、アメリカ国内の人種問題への研究の傾倒がより進み、比較教育分野の予算はかなり小さくなっているようです。日々Social Justiceを叫ぶ大学のお偉いさんや教育学部の先生がアトランタでのアジア系の襲撃事件にはトーンダウンしたり、韓国系の児童が学校で人種を理由にいじめを受けたときに、EdD持ちの校長が「ピッツバーグには白人と黒人という人種問題しかない」と発言したという話を聞きました。また多くの博士課程の学生(多くはUrban Educationの黒人学生)がBLMについては熱く語る一方で、アジア系へのヘイトクライムやミャンマーで起きている軍のクーデターには興味を示しませんでした。以上のような僕のピッツバーグでの個人的な経験から、Social Justiceなんて普遍的な言葉を使っているけれど、結局Their social justiceじゃないかと心情的にBLMに連帯を示せなくなっていた自分がいました。そのため、当初はジョージフロイドスクエアに行ってBLMについて理解を深めようなんて思いは頭の片隅にもありませんでした。畠山とワインを一本空けた翌日も真面目に学会参加する予定でしたが、その日僕はひょんなことからジョージフロイドスクエアに立っていました。

2.東アジア系学生の発言への違和感

畠山と別れ学会会場に到着した僕は、ある東アジア系の留学生と会いました。学会会場までどうやって来たの?と聞かれ、歩いてきたよ、と伝えたところ、よく歩いてきたね、変な人に絡まれなかった?と聞かれました。いや、特に~と答えた後に、一段と声を潜めて「レイシズムではないけど、ダウンタウンには黒人の浮浪者がたくさんいるから危険を感じる」、と伝えてきました。とっさのことだったので、I seeとなんともよく分からない返事をして話が流れていったのですが、もやっとした感情がその後も頭の中に残っていました。この学生は女性ということもあり、男性に比べて安全には気を遣わないといけないのは理解できます。特にアジア系のヘイトクライムが起こっている昨今の状況ではなおさらです。ただレイシズムではないと言いつつ、”黒人”という部分がすごく強調されているように感じました。僕が感じたこのもやりの正体は何なのか、朝市のセッションが残念ながら知的興奮を掻き立てるものではなかったため、セッションの途中そのもやもやに思いを馳せてみると、その対象が彼女の発言を離れて、彼女と同じ東アジア出身の僕自身の認識に向いていることに気づきました。彼女のように偏見とも取れない発言はしなかったけれど、僕の黒人差別やBLMへの認識はどうなのか、確かめたくなりました。正直そんな理由でフロイドさんが殺害された場所を訪れるなど、おこがましいの極みだったのですが、ピッツバーグ大の白人男性とペルー人留学生がフラットに誘ってくれたため、ジョージフロイドスクエアに行く運びとなりました。

3.ジョージフロイドスクエアでの地元の人との出会い

畠山も書いている通り、警官が黒人を殺す地域なのだからジョージフロイドスクエアは治安の悪い地域なのではないかと思い、内心ドキドキしていました。また連日報道されていたBLM運動のイメージから、暴力、黒人運動の地というイメージがありました。しかし、ミネアポリスダウンタウンから車で10分の地にあったジョージフロイドスクエアのイメージは僕が抱いていたそれとは異なるものでした。豊かな地域ではないものの、逆に荒廃した地域でもない、アメリカの中西部にありそうなneighborhodでした。フロイドさんが息ができないと伝えながら警官に8分46秒も頸部を抑えられたその場所は、さすがに訴えてくるものがありましたが、自由に本を貸し借りできるコミュニティ図書館があるなど、暴力、危険というイメージからは程遠い場所で、穏やかな祈りの場といった印象を受けました。
ゆっくりと様々なメッセージやアートを見ていたところ、急にある白人女性から声をかけられました。しかも驚いたのが彼女が発した言葉でした。

ジョージフロイドスクエア近くにあるコミュニティ図書館

「ジョージフロイドスクエアに来てくれてありがとう。私はこのコミュニティの医療・健康にボランティアで携わっている者です。良かったらガイドをしますがいかがですか。」
BLM発祥の地なので、黒人のための黒人によるコミュニティが存在していると思いきや白人女性がボランティアとして地域と関わっていたのです。聞くと彼女はミネアポリス市の別の地域に住んでいる退役軍人で、BLM運動に共感し、時間があるときにこの地域を訪れ医療・健康サポートをしている方でした。コミュニティにもよく知られた人で色んな人に挨拶をしていました。彼女は僕たちの色んな質問に丁寧に答えてくれました。
次に会ったのが、黒人のおじちゃん。彼はコミュニティの要求をミネアポリス市や州政府に伝える活動をする方でした。僕たち3名の出身地を聞いた後に、色んな場所からここに来てくれてありがとう、とジョージフロイドスクエア訪問に感謝の気持ちを伝えてくれました。さらに僕たちに対して、「もし良かったら写真を撮ることに加えて、この地域のレストランやコーヒーショップを訪れてくれたら嬉しいです、それがコミュニティの力になるから」と伝えました。コロナ禍に加えフロイドさん殺害後のスクエア一帯の道路封鎖により、地域のビジネスは大きな影響を受けたそうです。普通だったら、私たちの活動を支援してくださいと言ってしまいそうなところ、コミュニティにお金を落としてくれたら嬉しい、という気持ちがとても素敵で、3人で感動をしてしまいました。その後僕たち3人はスクエア近くのコーヒーショップでコーヒーを頼んで、学会会場に戻りました(このコーヒーショップでも若い白人の女性が常連のように地域の人と話していました)。

4.自分の認識について考えさせられた

ジョージフロイドスクエア訪問後、僕はこれまでの黒人差別への認識がいかに偏っていたか、見ないふりをしていたかに気づきました。ピッツバーグでのアジア系への差別・偏見の経験から、事実としては黒人差別の存在を分かっていても自発的に知ろうとしていない自分がいました。アジア人の問題”も”大事と言う前に、アメリカ社会の黒人に対する構造的・歴史的差別の問題の存在を直視しようとしていませんでした。また、その無知さゆえに、自分の中でBLMに対して間違ったイメージが作られていました。過激な活動というイメージが先行していましたが、少なくとも僕が経験した実態はもっと穏やかで人種を越えた連帯的なものでした。ジョージフロイドスクエアで出会った人たちは皆ピッツバーグから訪れたジャパニーズの僕を歓迎してくれました。そして、僕自身の中にもアンコンシャスバイアスがあることに気づきました。白人男性の学生とジョージフロイドスクエア訪問について振り返っていたときに、彼はBLM運動に連帯を示してきたつもりだったけれど、皮肉にもスクエアにいた身なりの悪い黒人を避けていた自分がいた、と吐露しました。フロイドさんが窒息死させられた道の向かいにガソリンスタンドの跡地があるのですが、ここに少し汚れた服を着ている黒人男性がいました。前述の医療ボランティアをする白人女性が、彼はスクエアをパトロールしているボランティアであると教えてくれたのですが、僕たち3人は暗黙の了解でもあるかのように無意識的に彼と近づきすぎないようにしていました。前述の東アジア系の学生がミネアポリスダウンタウンには黒人浮浪者がいて危険だと、話していましたが、僕たちも潜在的には同じ認識を持っていたのです。以前僕はNGO職員である僕自身が受けてきたアンコンシャスバイアスが、辛い的な記事を書いたことがあります。僕自身が受ける潜在的なバイアスには敏感になっていたものの、自分が他者に対して持つ無意識のアンコンシャスバイアスには無知でした。

警察によって殺害された黒人たちの名前が並ぶSay Their Names Cemetery

5.まとめ

今回のミネアポリス訪問は図らずも黒人差別やBLMに対しての認識を考え直す機会となりました。Social Justiceって言ったってtheir social justiceじゃないかと皮肉屋になっていた僕が、もう少しBLMや黒人差別の実態について知ろうとしてみようかなと思うようになりました。自分の権利やアイデンティティの問題が凄く大事なのは分かります。しかし自分自身の問題に込み入ってしまうあまり、潜在的に他の問題に無知になってしまうことはよくあるのではないでしょうか。自分以外の問題にも興味を示し、寄り添いつつ、自分が置かれた問題も声に出していく、そういった態度が必要なのかなと思いました。黒人のおじちゃんが言ったようにできる範囲で地域にお金を落とすこともできるかもしれません。
しかし、皆が皆、黒人差別やBLMに対する認識を改めるために、黒人が多く住む地域を訪れたり、黒人のホームレスに手を差し伸べなくてはいけない、と言いたいわけではありません。前述の東アジア系の留学生の認識には安全面では一理あって、特に女性の場合身の危険に繋がる可能性もあるので、見知らぬ土地をずかずか歩くのは非常にリスクです。実際NYTの記事では、治安維持vs警察によるracial profilingがアジア系と黒人が警察改革に関して合意できないポイントだと指摘されています。ただ、安全には気を付けつつも、黒人差別に対して心のシャッターを下ろし切らない姿勢を持つのは可能なのかなと思います。
ピッツバーグには高級住宅地Shadysideと黒人コミュニティのEast Libertyの境にジャイアントイーグルというスーパーマーケットがあります。このジャイアントイーグルには黒人のお客さんが多くいらっしゃることから、ピッツバーグ在住日本人の中にはこれを黒ジャイと言う人がいます。またあるピッツバーグ歴が長い日本人の方は、このジャイアントイーグルは道を挟んで隣り合うトレジョと異なり黒人のFood stampを受け付けるから食材が新鮮ではないから行きたくないとかなりバイアスのある発言をされていました。この記事を書くにあたり実際に調べてみたのですが、Food stamps(現在の名前ではSNAPのElectronic benefits transfer(EBT))はジャイアントイーグルどころかトレジョも受け付けていることが分かりました。ピッツバーグに戻ってきて、自戒を込めて、まずは知ろうとすること、自分の認識に対して内省的になる余地を残しておく重要性を改めて実感しています。計算でも証明でもコーディングでもない問題は、ポエムなんて揶揄されることもあるそうですが、僕はアメリカ社会で日本人が生きていく上で人種の問題は知らなかったでは済まされないと思っているので、この記事が一人でも多くの人に「個人」としてアメリカの黒人差別やBLMを考えるきっかけになれば幸いです。

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