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『きつねにょうぼう』

長谷川摂子氏再話、片山健氏絵、福音館書店の絵本です。

長谷川氏が編集された中で(※「再話」の定義を確認すると「伝承的な昔話や伝説を、歴史的な資料として忠実に記録するのでなく、現代的な感覚や用語で文学的に表現したもの。」とコトバンクで出た。つまり再話者の意識や感性が映ずることになる)、最も物語への影響が大きく、またわたしへの衝撃が大きかったものが、「女房が己の本性を現してしまうきっかけ」だと思われる。

うっかりはうっかりなのだが、その原因が獣らしい食欲でも、生き物らしい寝ぼけでも、人間みのある戸締りのし忘れでもなく、
「家の窓から見えた花盛りの椿が美しくてつい忘我の境地に至るまで見惚れてしまった」
という美的感覚なのである (と打っただけで思い出し泣きが始まっている)

しかもこの!見開きの満開の赤い椿が!片山健氏の筆でまさにお日さまの光をいっぱいに受けて命の輝きで内外から照り映えて!!映画館のフルスクリーンで観るがごとき脳内映像に広がりわたる視覚イメージの大きさ!!
この満々の椿に絵本をめくる鑑賞者もしばし見惚れ、そして次のページで「しっぽが出とる」と子どもに指摘されてハッとする女房と同じように引き戻される。
狐であることが露見してしまった女房は人間の暮らしを続けられない。泣く泣く出てゆくしかないのだが、

出ていかなきゃいけないのかよぉ~~~~~っっ!!!!何も悪いことしてないのに!!!!美しいものに見とれていただけなのに!!!!!それが罪っていうんですか!!!!!!!!(泣)

そしてこの話で素晴らしいのが、よく知られた鶴女房のパターンと違って、夫側にも咎が無い点である。
見ない約束を破ったわけでなく、罠に嵌めるわけでもなく、彼は妻のうっかりと悲嘆とに無関係なところで普通にせっせと労働していて、帰宅してようやく事の次第を知って、ただ涙に暮れる。善良なのである。
(朝早くから畑仕事に出ていく彼が、弁当と一緒に「子どもを連れてきてくれ(顔を見たいから)」って頼むのがさ……あぁぁ本当に子を愛しているんだなぁぁ!!!!!って感じるじゃないですか…… そんで待ってた子どもも昼飯も来なくて(※この順番よ!!)、どうしたのかなぁって思いながら帰ってくるときに、女房に対してプリプリしたり文句言ったりしないんですよね……肉体労働してて食事ナシって結構辛いと思うんだけど……!)

この女狐は、おそらく山中で見かけた若者の、見た目だけでなくそういう善良な人柄にもきっとぞっこん惚れてしまって、
それだからこう体当たりのような求婚をして、
人間の姿をした子まで成して(こういうの、どういう神通力を働かせるものか分からないけどきっと大変なんじゃないかしら??)、
正体を隠したまま三年も一緒に暮らして、
さらに家を飛び出た後も夫の田んぼに一人で苗を植えてやり、まじないをかけてやり、聞こえてくる田植え歌にアッと思って駆け付けた夫と顔を合わせ、夫が連れて来た子どもに乳まで飲ませてやる。
(このシーン、夜明けの薄紫の光の中の遠景で描かれているのだけど、ほんとうに静かで、たまらなく貴重な一刻だということがよく伝わってくるのです……きっとこのときの、俯きがちに目を伏せて愛息子に最後の乳を含ませている女房と我が子の光景を、彼は生涯折に触れて何度も何度も思い出すんだろうなと思うのです……)

彼女の働きのおかげで、夫と息子は長く安楽に暮らしてゆけることが示唆されて物語は終わる。狐女房は自分が暮らしの中に居たときも居なくなった後も、惚れた人間とその子どもとを幸せにしたのである…… なんという愛……… コングラッチュレーションズ………

(ちなみにこの終わり方、わたしは『とうもろこしおばあさん』みたいな、それまで苦労して食べ物を得ていたひもじい人たちが食べるものに困らなくなる物語が大好きなのでその点でもスットラ~~イクでした)

息子に付けられた、「ててっこうじ」という独特なネーミングが気になって検索したらこちらのブログを知りました。↓

「秋になると若者の田んぼの稲は、人の背丈ほどにもなりました。しかし稲穂が出ませんでした。役人がそれを見ると収穫は見込めないと思い、年貢は収めなくて良いことになります。」

こちらで紹介されているお話には、この、『きつねにょうぼう』に無い「年貢を納めなくてよい」というハッピー条件が1つ多くて、逆に長谷川摂子氏が年貢という経済ワードに触れないことを選んだのは、物語から生臭さ(というかカナくささというか)を極力濾過したかったためかと思われた。

(しかし本当にこの、稲扱ぎや脱穀・精米の過程を経ずに白いお米がざらんざらんと収穫できる、というイメージはすんばらしいな、それだけ「あぁぁこの工程無しに米にありつけたらどんなに楽か」ってお百姓さんたちが思ってたってことですよね)

ここに書いたのは主に物語についてなので、片山氏の絵の素晴らしさのことはほぼ割愛しておりますので、どうぞ実際に絵本をお読みになってみてください………。

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