見出し画像

2021年に読んだ本、個人的ベスト10

年末なので、備忘録的に。紹介は50音順です。

音楽が未来を連れてくる / 榎本幹朗

一世紀に渡る物語であり、壮大なリファレンス。おいしい言葉がわんさか出てくる。特に「サービスを創る才能が、コンテンツ産業を救うことになる(ジム・グリフィン)」はよかった。この書評もおすすめ。

関連して、『クラシックレコードの百年史 記念碑的名盤100+迷盤20』も読んだ。これも実におもしろかった。それはこんな書き出しではじまる。

 2004年のクリスマスの1週間前のことだ、あるクラシックのメジャー・レーベルの社長が、早期退職する副社長のために送別会を催した。それはかなり親密な集まりで、ロンドンのビムリコにある洒落たレストランで行われた。主催者以外の出席者は、別のレベーベルの制作部長、陽気な歌手のマネージャー、そしてこの私という、ごく内輪の親しい仲間と、繰り返し聞かされてきた話の笑いどころを知る我慢強い配偶者たちだ。
 高価なワインが注がれ、悪口が無邪気に排除されるにつれ、この顔ぶれがとんでもなく奇妙なものだと思えてきた。生き馬の目を抜くマスコミ業界あるいはレンタカー業界にあっては考えられない類のものだと。誰もハーツレンタカーの社長がエイビスレンタカーのナンバー・ツーに饗宴を供ずる図など想像できないはずだ。しかしながら、クラシックのレコード業界はこれまでずっと宴会好きでやってきたのだし、今となっては因果応報の様相ではあるが、だからといって礼節を免除する理由はないのである。つまるところ、誰かが言ったように、タイタニック号が沈んで行く時ですら、バンドは演奏し続けていたのだ。

これに続いて、タイタニックの話の流れから斜陽産業であるクラシックレコード業界の話になっていく。小説だといっても疑わない文章で、惹き込まれる。

三体 / 劉慈欣

毎度夢中になって読みつつも、毎年ベスト10には入れずに次点にしてきた『三体』。完結編である今作も、それだけをとってみればやはり次点かなと。読んでいて躓いたのは、女性の人物の描き方。大学生が初めて書いた小説のようだった。そんなこともあって、この小説はあくまでジャンル小説として評価されているものであり、単にめちゃくちゃ売れた小説であるというだけで、変に崇め奉るようなものじゃないのではないかという気持ちが、大絶賛の嵐のなかで湧いてきてしまった。

しかし、全編を通じて本当に楽しませてもらったので、三部合計でベスト10に数えてみた。個人的にはパートIIが好きで、特にネットのミームとして定着した「ダークフォレスト」という概念は本当に秀逸だった。

実力も運のうち / マイケル・サンデル

能力主義(メリトクラシー)に関する議論はこれにはじまったわけではないが(たとえば、上野千鶴子の東大学部入学式祝辞「日本人と英語」の社会学など)、その網羅性と緻密さにおいて、本書には目をみはるところがある。たとえば、宗教の話。

能力主義は当初、労働と信仰を通じて神の恩寵を自分に都合よく曲げられるという前向きな考え方として登場した。そこから宗教色が取り除かれる、個人の自由が晴れやかに約束され、こう考えられるようになった。運命を握っているのは自分自身だ。やればできる、と。

本書に言及はないが、これは、宗教改革で有名なカルヴァンのことだろう。伝統的な宗教観に反してビジネスを肯定し、ビジネスパーソンの元祖となったといわれるカルヴァンが、能力主義の元祖だったというような話。

こんな感じで隅々まで充実している。この本を要約する動画をYouTubeで見て、それで読んだ気になっている人も多いかもしれないが、これは主張を薄めてわざわざ分厚くなっているような本とは全然違って、時間をかけて読むべき価値がある。それを訴えたい。

人類と気候の10万年史 / 中川毅

楽しく、しかも、学びになる内容で、この本にいざなわれるようにして今年は気候に関する本を5冊立て続けに読んだ。しかも、気候変動に興味を持つことで、「気候変動 × 経済」「気候変動 × 歴史」「気候変動 × 人類史」「気候変動 × 民俗学」「気候変動 × 生物」というように、すでに興味を持っていた分野をさらに楽しく学び直す道具が手に入って、その後の読書がさらに楽しくなった。

具体的には、遠野にある五百羅漢という飢饉の碑が、アイスランドのラキ火山と関係があるとひらめいた。民俗学と気候と地理がクロスオーバーしてめちゃくちゃ興奮した。そういう楽しさがある。
読む人によって触発されるものが違うだろうから、ぜひ感想を聞いてみたい。おすすめ。

デジタルエコノミーの罠 / マシュー・ハインツマン

大手プラットフォームについて書かれたこの手の本としては『監視資本主義』という大著があり、その個人的な受け止めとして『何もしない』も話題になったが、自分が禄を食むメディア業界について専門的に書かれた本として、この一冊を挙げたい。

内容は、こちらの書評に詳しいのだけど、ポイントだけ繰り返すとこういうことになると思う。「北米のメディア業界については実にこの通りで、大手プラットフォームに一矢報いる方法はほとんど残されていない」しかし「北米以外から誕生する、その他の業界についてはこの限りではない」ということ。その証明には、TikTokやWebtoonを思い出せば十分であり、Web3やMetaverseを想像してみるのも楽しいだろう。

とはいえ、この本は、世界の一角がいまこのように黒く塗りつぶされており、それがリバース不可能であるという事実を知るのに実に有効である。そう思って読めば、これは絶望の書ではなく、塗り残された希望の版図を示す書になる。

デジタル・ナルシス / 西垣通

スマートニュース社内の輪読会で『思想としてのパソコン』をとりあげたときに、ヴァネヴァー・ブッシュやアラン・チューリングらの論文以上に編者としての西垣通さんの文体が印象に残った。それで次に手にとったのが、1991年に発表された『デジタル・ナルシス』。ノイマン、チューリング、バベッジ、シャノン、ベイトソン、ウィーナーの足跡をたどりながら情報科学の先達が欲望したものにせまっていく。

デジタル・ナルシスたちは,二一世紀以降,ますます増えていくに違いない.なぜなら,情報機械とはまさに至高の能力を誇る文化伝達装置そのものだからだ.情報機械のうちに自分の生の痕跡を刻みこんでいくという文化的特性は,その成果物が情報機械によって記録・伝達・媒介されていくことによって,圧倒的な影響力=存続能力をもつだろう.情報機械に屈折して織りこまれた現代人の「模倣の欲望」自体が模倣されていくのである.

チューリングが機械に欲望し、第三の性としてセクシュアリティを感じるのを想像するとき、私の頭のなかには空山基のロボットが浮かんで離れなかった。

コンピューター科学と文学、機械とセクシュアリティ。自分の関心のど真ん中を射抜かれた。めちゃくちゃ刺激的。このあとは、西垣さんの小説作品を読んでみよう。

謎解きサリンジャー / 竹内康浩, 朴舜起

「これはすごい」「興奮した」「快感を覚えた」という帯の惹句の陳腐さが、この場合、この本のすごさを本当に物語っている。ジョードロッピングな、真に驚くべき批評だと思う。まさかこんな読み解きがあるだなんて! それがこれまで発見されずにいただなんて! 今まで何度も繰り返し読んできたはずの『ナイン・ストーリーズ』にこんなかたちで再び驚かされるだなんて! ちょっと興奮し過ぎかもしれないが、これが大げさじゃないんだな。

このようにして作品を作り込み、沈黙したサリンジャーの態度に、あらためて畏れるような敬意をいだいた。

News Diet / ロルフ・ドベリ

これは『スマホ脳』と一緒に話題になった本で、アテンション・エコノミーへの拒否を示す類の一冊。こちらは特にメディア産業を対象に書かれてある分だけ、ニュースの送り手の立場として立ち止まって考えさせられることが多かった。そのなかから3つだけ引いてみる。

ニュースに説明能力はない。ニュースはきらきら光るシャボン玉の粒のようなもので、複雑な世界の表面に触れたとたんにパチンとはじけてしまう。 「自分たちは事実を正確に伝えている」という報道機関の強い思い込みは、それだけに一層馬鹿げている。ほとんどの場合、彼らが伝える事実というのは、もっと深いところに根ざした原因の付随現象や後続現象にすぎない
本来メディアは、読者や聴取者や視聴者にとっての「無価値なものを排除するフィルター」として機能すべきなのだが、それとは逆にニュースメディアは、だんだんと「無価値なものを引き寄せる磁石」へと変わりつつある。馬鹿げた話が受け入れられ、報じられるだけでなく、奨励されてすらいる
「重要なことVS新しいこと──それこそが、現代に生きる私たちの戦いの本質なのである」という主張について。大げさに聞こえるかもしれないが、私は現在の世界において最も明確に区別すべきなのはこのふたつだと思っている。私自身の人生においては確実にそうだ。報道機関は知識や情報を売ると約束しておきながら、はるかに浅薄な何かを提供している。私たちはそろそろそれに気づいてもいいころだ

そういえば、スマートニュース社内の勉強会でAmy Walterさんをお招きしたときに、現在の“ニュース”に対する本書のような批評をどう思うか尋ねてみた。そのときの答えは、要約するとこういうことだったと思う。ニュースの誕生がおよそ350年前だとすると、情報に文脈を与えるというあたらしい仕事を担う者としてのジャーナリストが登場したのは過去一世紀の話であると。
ここからは私の考えが混じるが、すると現在の“ニュース”に対する批評が図星だったとしても、それは私達の限界を意味しない。むしろ、それを乗り越えていこうとするこれからのジャーナリストに求められる仕事のヒントを示しているとも言える。上に引いた例に直結させると、無価値なものを取り除き、新しいことよりも重要なことに取り組む、といったことなど。

本心 / 平野啓一郎

1ページめくるごとに、うなるような文章に出会える。平野啓一郎さんがいまもっとも力の充実した小説家であることを断言するのに一切のためらいが生じない。ストーリーでもなく、キャラクターでもなく、まず文章それ自体を鍛えることを怠ってない強い小説を読めて幸せ。今年一番、耽溺しながら読んだ本。

輪廻転生 / 竹倉史人

話題になった『土偶を読む』の著者がいったいどんな人なのか知りたくなって前作を手にしたところ、これが個人的な関心にヒットして、実におもしろかった。著者は輪廻転生を「再生型」「輪廻型」「リインカネーション型」にわけて論じており、それによって生まれ変わりの文化史が理解できる。

そうやって理解を深めていくと、ふと、自分にも生まれ変わりがあり得るのだということが了解されてくる。というか、「実は、私もある人物の生まれ変わりなのだ」ということが、恥じらいなく堂々を言えるようになる。ちなみにこれは本当の話で、私はある人物の生まれ変わりです(冗談みたいに読めると思うので繰り返しますが、本当の話です)。

そう言えるようになったという意味で、本当に読んでよかった。

おまけ

2020年版は、下書きにしたまま放置していたので、ついでに公開。

サイゴンのいちばん長い日 / 近藤紘一
近代の呪い / 渡辺京二
ポップ・スピリチュアリティ / 堀江宗正
未来をつくる言葉 / ドミニク・チェン
2010s / 宇野維正 , 田中宗一郎
ワン・モア・ヌーク / 藤井太洋
時間は存在しない / カルロ・ロヴェッリ
逝きし世の面影 / 渡辺京二
月と六ペンス / サマセット・モーム
雑貨の終わり/ 三品輝樹

2019年版はこちら。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?