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#73 讃岐うどんとフュージョンの関係

生まれてはじめての定期アルバイトは讃岐うどん店のキッチン係だった。料理など何もしたことがない大学生が、卵の割り方から天ぷら粉の合わせ方に揚げ方まで覚えた貴重な機会だった。今日10月19日はその讃岐うどん店の面接へ行った日だ(31年前〜よく覚えているものだ)。さて、讃岐うどんと音楽のフュージョンはどうつながるのだろうか?


とっても恥ずかしがり屋

1992年4月、茨城県の筑波大学に進学した。わたわたしている間に夏休みとなり、生まれてはじめてのアルバイトは故郷の神戸で引越し業者の手伝い。秋からは本格的にレギュラーバイトを入れたいと考えた。しかし大学近辺は嫌だったのだ。

というのも、当時のつくばは「何でも筑波大生」の世界だった。飲み会で居酒屋へ行けばホール係は同学部の友人、バイト明けに奮発して焼肉屋に行っても、注文を取りに来たのは知り合い。さらに、「ピアノ生演奏」が売りのバーでもピアノを弾いているのはピアノが得意な知り合いらしく、恥ずかしがり屋の僕は全く気が休まらなかった。「バイトするなら筑波大生が少ない場所」と考えて、バスで30分離れたJR土浦駅の駅ビルでバイトすることにした。


土浦駅ビルウイング

note で以前話題に出したJR土浦駅ビル、1992年当時は「ウイング」という名称だった。多くの専門店が入っていて最上階はレストランフロア、屋上は夏季ビアガーデンと、とても活気があった。水戸駅と共に茨城県を代表する駅の風格があった。

約30年前の土浦駅ビルウイング〜バスのデザインにも時代を感じる

その後2008年に経営母体が変わって「ペルチ土浦」となり、今は「プレイアトレ土浦」として、なんと星野リゾートが入っている。霞ヶ浦から筑波山方面に抜けるナショナルサイクルルート「つくば霞ヶ浦りんりんロード」のベース地点として、自転車愛好家が集まる有名スポットだ。

ここの星野リゾートについてはおそらく「筑波大学出身、星野リゾート勤務」のこの人、ユーリさんが一番詳しいだろう。旅する素敵な記事をたくさんお書きになっているので、ぜひ読んでみて欲しい。

僕の最初の定期バイトは、この「ウイング」の5Fレストランフロアにある讃岐うどんのお店だった。今でもよくあるように、店長は外から見えるガラス張りのスペースで手打ちうどんを打っているので、打ち上がったうどんの茹で作業やその他の調理は全部アルバイトの仕事。かやくご飯の仕込みから天ぷら盛り合わせ、各種おつまみまで調理は全部担当した。

エレベーターに三千円!

そんなバイトのある日、昼休み休憩に出ようと従業員用エレベータのボタンを押した。ドアが開き、誰もいないエレベータに乗ろうとすると、二つ折りになった千円札が三枚、床の真ん中に落ちていた。
 当時のアルバイト時給は750円くらいだったと思うので、4時間つまり1日分のお給料の額だった。「従業員遺失物」の係に届けようなどとは全く考えず、「落としたやつが悪い」と言い訳をして、その三千円はもらうことにした。

*     *     *

毎月10枚買ったCD

その三千円を握りしめて僕が向かったのは、同じビルの4FにあったCDショップ、「新星堂」。今もそうだと思うが、新星堂はジャズ周辺のジャンルに強い。当時僕はジャズの中でも「フュージョン」に分類される音楽に強い興味を持ち始めていたので、ウイングの新星堂は欲しいCDがすらっと並んだ最高の店だった。念のため、当時はストリーミングなどというものはなかったので、音楽を聴くにはCDを買うかレンタルするしか方法はなかった。

そして、エレベーターで拾った三千円は10分もしないうちに聴きたかった音楽のCDに変わった。買った瞬間「落とした人、ごめんなさい」とは全く思わず、「よし、これでこの音楽が聴けるぞ」としか思わなかった記憶がある。
 その頃は、アルバイト代のほとんどはCDを買うために使った。月平均10枚、3万円くらいはCDに使っていたように思う。とにかく多くの音楽を聴いて取り入れて、自分の血肉にするんだ、というギラギラした思いがあった。プロのミュージシャンになることを、まだあきらめていなかった頃だ。


当時の置き土産と、あの三千円

当時はアメリカのフュージョン系レコード・レーベル「GRPレコード」の全盛期で、新星堂の棚にも GRP のCDがたくさんあった。この頃に出会って今でもよく聴いているミュージシャンはたくさんいるが、少し挙げると、イエロージャケッツ、デイヴ・グルーシン、デイヴィッド・ベノワ、トム・スコット、ネルソン・ランジェルだろうか。最後の二人、トムとネルソンとは後に仕事の縁で会って話すことができた(トムには握手してもらった)。

あのうどん屋には、たくさんの思い出がある。本当は注文されていないのに、ホール係が注文を間違えて通した「レモンサワー3杯」のオーダー、作った行き場のないレモンサワーを見て店長が「お前たち飲んでいいよ!」とバイトのメンバーにくれた時は嬉しかった。あれは間違いではなくわざとだったに違いない。

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その後大学近くの学習塾で講師を始め、うどん屋で生徒や保護者に会っては気まずいと思いうどん屋は辞めたが、料理の基礎と多くのCDを僕に残してくれた。ところであの三千円、ぜひ返したいのだが、どなたに返せばいいだろうか……あのうどん屋があった場所は今は星野リゾート、一度泊まってその日出会った人たちに3,000円分差し入れするというのはどうだろうか?ユーリさん、どう思いますか?

今日もお読みくださって、ありがとうございました💿🚲
(2023年10月19日)


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