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#85 ドイツGP難民を卒業した話

ドイツに来て100日が経った。実はこの100日目、留学生にとっては「第一の関門」となる。現地の生活に慣れ、電車に乗ったり買い物をしたりという生活の勝手も分かるようになり、しかし文化や食生活の違いから来るストレスは着実に身体に蓄積されてきて、多くの留学生が体調を崩すのが、到着後100日目あたりだ。



異国の地は、やはり厳しい

先の投稿「#71 エマージェンシー・ブロー 〜緊急浮上せよ〜」で、ドイツへ来て初めて体調を崩し、自分なりに立て直しの方法を考えたという話を書いた。それ以降は少しずついい方向へ向かっている。しかし周囲を見ると、体調を崩す留学生が続出し、対応するために研究室の教授や事務室も動き、逆に「雨降って地かたまる」状態になりつつある。

夏から博士課程の研究をスタートさせたメンバーを見ると、こんな感じだ。イタリア出身の彼はなんとケガをしてしまい、手術が必要だそうだ。祖国に帰って手術を受けるのかと聞いたら、「ドイツの医療水準の方が上だから、ここでやる」とのこと。我々は留学生ではなくダルムシュタット市民としての住民登録なので、医療費はかからない。
 レバノンから来た彼女は何が不調かは周囲に知らせないが、毎日のように「医者が見つからない〜誰か助けて!」と騒いでいる。おそらく精神的不調ではないかと思う。本人曰く、祖国のレバノンは「地中海性気候で、とにかく心地いい。ドイツと大違い」なのだそうだ。でも彼女のやっている高度な研究は、残念ながらレバノンではできないのだ。
 最後まで不調なしで頑張ってきたインド人の彼も、ダウンした。トラムの中で青い顔をしているのでどうしたのか聞くと、「食べ物がダメだ。胃を痛めて食べ物を受け付けない」のだそうだ。結局、夏スタート組のほぼ半数が100日目前後でダウンした感じだ。精神面3名(僕を含めて)、ケガ1名、消化器1名、と不調のオンパレードだ。

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教授からの指示

その状況を見て、研究室の教授から指令が出た。「みんなちゃんと病院で診てもらいなさい!博士号取得は長い旅です。調子を崩すことは必ず何度かあるので、不調になってもどうにかできる体制を整えること!」
 実は、博士課程の研究員は、教授に様々な責任がある。研究員の給料も、大学からではなく、教授が見つけてきたファンド(企業や州、EUなど)から出ている。なので、研究員に何かあれば、教授の責任となる。
 僕も、もう調子は取り戻していたが、今後のためもあり「精神的不調を経験したなら、ちゃんと精神科医とカウンセラーと関係を作って、いつでもサポートしてもらえる体制を作るように!」と指示を受けた。他のメンバーも、それぞれ違う指示を受けたようだ。

GP難民

ドイツの医療システムは、アメリカに似ていて、日本とは多少異なる。例えば、明らかに精神面や消化器の異常と分かっていても、いきなり精神科や胃腸科は受診できない。GP(General Practitioner:総合診療医 = ホームドクター)をまず受診して紹介状をもらい、その後初めて専門科を受診できる。そして、GPを見つけるのが、外国人にとっては大きなハードルとなる。ドイツは英語を話せる人が実は多くはないので、「英語を話せるGP」となると、感覚的ではあるが全体の3分の1くらいになってしまう。

そんな事情もあり、大学では教授や事務担当者、さらに現地ドイツの出身者が、自分のかかっているGPを上記の不調メンバーに紹介してくれた。しかし、それでも問題は解決しない。僕も数件電話したが、「新規患者は受け付けておりません」とすべての病院で断られた。多くの同僚が同じことを言っていた。救急でない限りGPが見つからないとその先には行けないので、現地生活を安心して送るには、信頼できるGPを見つけることが大きなカギになる、と分かった。


発想の転換

2年前、立教大学大学院に社会人入学した時、研究科委員長の先生に相談した。

 僕:興味のある研究テーマを検索しても、論文が見つからないんですが……
先生:英語で検索した?AI 分野だと、日本語で検索しても出てこないよ。

その後、英語で検索しなおすと、関連研究をたくさん見つけることができた。それ以来、研究関連の検索に日本語を使うことはなかった。

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しかし、物事は試してみないと分からない。「絶対にない」と思うところに、貴重な情報が転がっていたりするものだ。そう思って、あることをやってみた。日本語で、ドイツのGPを検索してみたのだ。たった2単語だ。

フランクフルト 病院

そしてなんと、「当医院には、ご予約無しでご来院いただけます。」と日本語で大きく表示している病院を見つけた。朝見つけてすぐに研究室を出て、フランクフルトへ行き、予約なし外来が13時までであるところを12時過ぎに駆け込み、どうにか診てもらえた。英語でどれだけ検索しても見つけられなかったGPが、日本語で検索したら見つかった。

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その病院は、在フランクフルトの日本人駐在員(欧州中央銀行の本部があることから、金融関連の駐在員が多い)の御用達病院になっているようだ。よく見ると、「当医院には、ご予約無しでご来院いただけます。」の情報は、日本語ページだけにある。英語ページには記載がない。僕が行った日にはいなかったが、週二日、日本語通訳の方がいる日もあるようだ。

今後ドイツに来る方もいらっしゃるかと思うので、情報を共有しておく。この病院なら、保険証さえあれば、いきなり飛び込んでも診てもらえる(そんな病院はほぼない)。フランクフルト中央駅からUバーンで1駅、その後徒歩7〜8分。できるだけ午前10時までに受付を済ませて欲しいとのことだ。


効率的かつシステマティック

ドクターの趣味なのか、待合室には多くのジャズミュージシャンの写真が飾られている。おそらく30枚以上。目を引いたのは「パティ・オースティン」ドイツ公演の時の写真だろうか。7〜8人が診察を待っていたが、みんな短時間で出てくるので、「いわゆる適当な3分診療なんだろうな……」と期待せずに待っていた。その期待はすぐに裏切られることになる。

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「ミスター・ササキ」と呼ばれて診察室に入ると、すぐに “How can I help you“(どうなさいましたか?)と聞かれた。先生は早口で、英語が達者そうだったので、こちらも遠慮せずに早口で説明する。「なるほど、なるほど」と言いながらキーボードを叩き、電子カルテに入力する先生。5分後、

2週間有給で仕事を休める診断書です(サインをしながら)、必要なら使って。
これが職場に出すもの、これが保険会社用、そしてこれがあなたの控え。

よく見ると、職場に出すもの以外には、ICD-10(WHOの国際疾病分類)コードが振られている。この番号さえ持っていけば、言葉が異なる国でも「この患者はどんな問題を抱えているか」の情報が共有できるようになっている。言葉も文化も違う国を人が常に移動するEUならではのシステムだと思った。

その先生は呼吸器が専門とのことで、

一応、肺の音を聞かせて

と言われ、日本の内科でやるように、シャツを上げ、聴診器をあてられながら深呼吸した。身体的な症状はないのね、と確かめられ、あることを思い出した。先の投稿「#57 コペンハーゲン・ハーフマラソン🇩🇰結果報告とその教訓」で書いた、脈拍が早くなっている問題だ。一応報告した。

今年5月のハーフマラソンでは163回だった平均脈拍が、9月のコペンハーゲンでは180回になりました。友人の看護師に、要注意だと言われました。
(note 友達の yuri さん、ありがとう!)

先生は、「それは、放っておかない方がいい……」とすぐに記録、1分後には

循環器医への紹介状です。落ち着いたら、この先生に診てもらって

と紹介状に専門医の情報をもらった。10分ほどの診察で3通の診断書と循環器医への紹介状をもらい、病院を後にした。「これからはここをGPにすればいいから」と言ってくれたので、僕のドイツでの「かかりつけ医」が決まった。電車で1時間弱かかるが、いつ空くか分からない地元病院の初診枠を待つよりずっといい。何より、非常に効率的かつシステマティックな医療体制に、信頼感を得た。


高負担高福祉の欧州

上のような医療を受けて、診断書に紹介状をもらって、かかった費用は0円だ。病院まで1時間弱の交通費も、公務員パスがあるので0円だ。後日循環器医に脈拍が早くなった件で異常がないか、専門的に診てもらっても、これも0円だ。
 現地で住民登録をして健康保険料と税金を納めていれば、この医療を受けることができる。給与明細をチェックすると、納めている1ヶ月の健康保険料(Krankenversicherung)は約55,000円とかなりの額だ。それでも、その保険料に見合う安心感と信頼感が感じられたドイツの医療だった。

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先生に「胸の音を聞きますね」と言われて聴診器をあてられた瞬間、「誰かが僕をケアしてくれている」ということが分かって、少し涙が出てしまった。不思議な体験でした。

今日もお読みくださって、ありがとうございました🏥
(2023年11月13日)

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