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書籍「天才たちの日課」から学ぶ本当のワークスタイル 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.781

特集 書籍「天才たちの日課」から学ぶ本当のワークスタイル〜〜〜アイデアや発想は書き留めるだけでは先に進まない(1)


メイソン・カリーという編集者/ライターが個人的なブログ「Daily Routine(日々のルーティン)」をもとにして書いた「天才たちの日課」という書籍があります。


古今東西のさまざまな文学者、アーティスト、思想家、音楽家といった人たち(なんと総勢161人!)がクリエイティブな活動をするために毎日の時間をどのように使ってきたのかを調べた本です。破天荒に荒ぶる生活を送っていた人もいますが、けっこう多くの人たちが実に規則正しい生活を送っていることにも驚かされます。


たとえば「魔の山」で有名な作家トーマス・マンは、毎朝8時前に起床して9時になると書斎に入ってドアを閉める。その後は来客があろうが電話が鳴ろうが家族が呼びに来ようがいっさい応じない。子どもたちにも午前9時から正午までは絶対に物音を立てないように厳しくしつけていたそうです。そして正午になったら、必ず仕事を終える。「いまが佳境だからもう少し書きたい」と思っても、絶対に正午には終わり、以降は翌日に必ず回すということを守ったそうです。


そして午後は昼食、葉巻、ソファで新聞雑誌書籍を楽しみ、夕方には一時間昼寝をしてからお茶と軽食をとり、手紙や短い依頼原稿などを書いてから、夕食をとって12時には就寝。


実に理想的な生活ではないでしょうか。


文豪アーネスト・ヘミングウェイも紹介されています。晩年は精神的な病に苦しめられ61歳のときに散弾銃で自殺してしまうのですが、全盛期には実に健康的な日々だったようです。毎朝5時半から6時ごろ、夜明けとともに起きる。遅くまで酒を飲んでいてもこの起床時間は必ず守り、しかも二日酔いとも無縁で、息子の回想では「父はいつでも元気そうに見えた。まるで防音室で黒いアイマスクをつけて赤ん坊のようにすやすや眠ったあとみたいだった」。


そして仕事は朝6時から正午まで。「天才たちの日課」によると、ヘミングウェイ本人はこう書いているそうです。「書くのをやめるときは、からっぽになったような感じがする。だが同時に、からっぽじゃなくて満たされた感じもする。好きな相手とセックスしたあとみたいにね。心から安心できて、悪いことなどなにも起こらないという感じだ」


「からっぽじゃなくて満たされた感じ」というのは、なんて素晴らしい表現でしょう。わたしもこのようにして文筆生活を送りたいとしみじみ思います。ちなみに同書にはヘミングウェイの執筆スタイルが一風変わっていたことも紹介されています。いちばん驚くのはこれ。


「彼独特の執筆中の癖はたしかにあった。ヘミングウェイは立って書いた。胸の高さまである本棚の上にタイプライターを置き、その上に木製の書見台を置いて、それに向かうのだ。最初の草稿は薄い半透明のタイプライター用紙を書見台にのせて、鉛筆で書く。それがうまく書けると書見台をタイプライターに替えて打っていく。ヘミングウェイは毎日、書いた語数を表に記録していた。それは『自分をごまかさないためだ』という」


「天才たちの日課」には、「女性編」という続編もあります。


この中で、20世紀なかばに人気のあったアメリカの女性作家ユードラ・ウェルティが紹介されています。彼女もやはり朝型で、パジャマを着たまま執筆をスタートし、ときには区切りの良いところまでパジャマのままということもあったとか。16歳のときに父親が建てた実家に生涯住み続け、その二階の寝室が執筆場所でした。


そして仕事をしている日中は、電話も玄関チャイムも鳴らないようにしておく。「ただ、朝起きてコーヒーとふつうの朝食をとって、仕事を始める。あとは一日たっぷり仕事するだけ! そして五時か六時くらいになると、もうその日はおしまい」。その後は軽くお酒を飲み、テレビを見たり、友人と食事に出かけたりする。


有名作家や文豪と並べるのは僭越ですが、わたしもこのような仕事のスタイルをずっと続けています。朝目覚めるのは午前6時から7時のあいだ。早朝の仕事が入っていなければ自然起床です。熱いインスタントコーヒーを飲みながらパジャマのままメールやメッセンジャーを軽くチェックし、顔を洗って歯を磨いて着替えてスポーツジムに出かけます。


45分間のバイクと読書、それに筋トレをこなしてから熱いシャワーを浴びて帰宅。食事の準備をし、ご飯と味噌汁など一汁一菜ベースのシンプルなブランチをとります。食事を終えたら豆を挽いてフレンチプレスでコーヒーを淹れ、飲み終えたらほんの十五分ほどの仮眠をとります。午前11時半ぐらいには執筆などの仕事をスタート。出かける用事がなければ、そのまま午後6時ぐらいまで仕事を続けます。


午後6時ぐらいになったら仕事をきっぱりとやめ、夕食の準備。ネットフリックスなどで映画やドラマを観つつゆっくりと食事をとり終え、入浴したらあとはウィスキーグラスを片手に本を読んだり音楽を聴いたり。午後11時ぐらいには就寝します。


わたしが夕食のあとに仕事をしない理由は、晩酌に酒を飲んでしまうから。「酒を飲んで仕事をするとはかどる」という文筆業の人は昭和のころにはたくさんいましたが(故中島らもさんとか酒豪で有名な作家も数々)、深酒しすぎて身体を壊してしまう人も多かったと思います。現代の文筆業は健康で健全な生活こそが第一。自堕落で無頼派をきどっても、21世紀には誰も褒めてくれません。健康を害しても守ってくれる人はいません。健全な生活を持続させ、健全な精神に基づいた文筆活動を続けていくことこそが大事です。

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