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プラットフォーム化したネット広告は「インターネットの原罪」である 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.692

特集 プラットフォーム化したネット広告は「インターネットの原罪」である〜〜GAFAとWeb3はどこへ行く(中編) 


GAFAを代表とする現在のプラットフォームは、Web2.0のころとは本質的に変化したと言っていいでしょう。Web2.0ではプラットフォーム上を流れる情報は、コントロールされていませんでした。自由だったのです。しかし現在のプラットフォームでは、AIの深層学習によって情報はコントロールされるものになっています。

これを本稿では仮に「プラットフォーム2」と呼びましょう。プラットフォーム2では、プラットフォームの上を移動するスマホや自動車や人間などの「端末」がデータを収集し、そのデータをAIが読み取って特徴や傾向を抽出し、その計算結果をもとにして端末をコントロールしています。これは完全な「中央集権」です。

ひとつ事例を挙げましょう。アドテクと呼ばれるテクノロジーを駆使した現在のインターネット広告は、典型的なプラットフォーム2です。

アドテクでは、ターゲットにした消費者に広告が自動配信されます。アドテクによって2010年代のネット広告市場はたいへんな勢いで伸びました。しかしアドテクは、広告というものの価値を破壊しているのではないかという批判も出ています。

なぜでしょうか。

広告はターゲットしたユーザーに自動配信されるので、消費者はあくまでも数字として扱われるだけです。広告主から消費者の顔は見えないし、自分の広告がどのメディアに配信されているのかもすぐにはわからない。だから質の低いメディアに広告が載ることで、企業のブランドイメージが悪くなってしまう危険もあります。しばらく前に、違法な漫画海賊サイト「漫画村」に大手企業の広告が配信されていて物議を醸したのは、典型的なケースです。

いっぽうでウェブメディアの側にも、イメージが悪くなる危険性があります。怪しげな広告が勝手に掲載されるため、せっかくの良質な記事が怪しげに見えてしまうのです。そして消費者からも、イメージはよくない。どんなウェブサイトに行っても、自分にダイレクトに宛てられた同じような広告ばかりが配信されてきてうんざりしてしまうからです。加えてアドテクは、ターゲットした個人をどこまでも追跡することから、そこにプライバシー侵害の気持ち悪さを感じる人も少なくありません。

だからアドテクを駆使したターゲティング広告は、本来のあるべき広告とはまったく異なるもので、こんなものは「インターネットの原罪」だと指摘する人たちもいます。


「ネット広告のシステムは理解するのが難しいため、悪質な業者がそれを利用し、ゴミのような広告でインターネットを汚染するのに適している。ネット広告のエコシステムは、憎しみや誤った情報をまき散らすものも含め、大半のメディアの資金源になっている。グーグルやフェイスブックの優位性も、ネット広告をめぐるゲームに基づいている。インターネットの悪い点のほとんどは(そして良い点の多くも)、このエコシステムと少なからず関係しているのだ」

それでも、アドテクは進化し広まり続けてきました。なぜなら、ものすごく効率が良かったからです。しかしこの「効率の良さ」は、迷惑メールのビジネスと似通っているのではないでしょうか。

迷惑メールはだれもが迷惑していますが、決してなくなりません。2020年代になっても、メールアプリの迷惑メールフォルダを開ければ、アマゾンからの偽メールや怪しげなビジネスの勧誘などのメールで埋もれています。「こんなものを信じる者がいるのだろうか」とたいていの人はいぶかしげに思うでしょう。しかし10万人にひとりか、100人にひとりぐらいは、偽情報や怪しい商売をうっかり信じてしまう人がいるのです。

メールの配信にかかるコストなどたかがしれているので、そのぐらいの確率でも何人か何十人かぐらいが騙されれば、迷惑メールのビジネスの収益は成り立ってしまうのです。

こんなことをわたしが言うと広告会社の人は腹を立てるかもしれませんが、アドテクも同じようなものです。ひとりひとりの消費者への効果は大きくないが、大量に広告を配信すれば、そこそこの人数に効果が出てしまう。それも十分なほどに、です。

このようにアドテクでは、消費者がショッピングサイトの商品を買ったり見たりした履歴や、どんなサイトを訪れているのかという情報を大量に集め、それぞれの消費者がどんな商品を求めているのかという特徴や傾向をAIによって抽出し、ターゲティングされた広告を配信されています。まさにプラットフォーム2なのです。

アドテクは監視資本主義的で嫌われていますが、効率が良いので決してなくならない。この「嫌いだが結局は利用してしまう」というのが、プラットフォーム2の特質のひとつでもあるといえるでしょう。

このようなプラットフォーム2の進化に、強い批判が年々高まっています。ヨーロッパではいち早くGDPR(一般データ保護規則)という強力なプライバシー保護のルールがEUによって作られました。アメリカでも、ドナルド・トランプが当選した2016年の大統領選でフェイスブックのデータが悪用された「ケンブリッジ・アナリティカ」事件をきっかけに、ビッグテックの力を抑え込もうという動きが急速に高まっています。つねに欧米に歩調を合わせている日本でも、ターゲティング広告を規制する動きが出てきています。

しかしこういう動きをまったく無視し、逆にプラットフォーム2を国家規模にまで拡大し、総力を挙げて猛進している国があります。中国です。

中国政府は、ありとあらゆる国民のデータを収集し、これをもとに中国社会の新しいしくみを構築しようと考えています。

その先端的な事例のひとつが、中国のビッグテックであるアリババ傘下の芝麻(ジーマ)信用が手がけている金融サービス。ジーマでは、人々のSNSでの言動やネットショッピングでの購買履歴などを、個人が融資を受ける際の信用に紐づけてしまうというものです。民事裁判での賠償金判決や、離婚して調停金を支払ったかどうかなどの公的な情報もいっしょにデータ化され、社会におけるあらゆる行動が信用スコアとして蓄積されていくといいます。

この信用スコアは融資のときに利用できるだけでなく、たとえばホテルを利用する際に保証金が免除されたり、海外旅行の際の観光ビザの申請手続きが簡素になったり、出国の際に専用レーンを通れたりなど、生活のさまざまな局面で活用できるとか。

中国政府はジーマのようなしくみを、国全体に広めようとしています。しかしこの大がかりな国家戦略は、単純に否定されるべきものではありません。

なぜでしょうか。この背景には、20世紀の中国では毛沢東時代の大躍進運動や文化大革命によって、人と人が信頼しあうという社会資本が基盤から破壊され、長期的な良い人間関係よりも「目先の利益に走ればいい」という風潮が当たり前になってしまったということがあるからです。

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