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これからの観光は名所旧跡ではなく、歩ける「けもの道探訪」佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.804


特集 これからの観光は名所旧跡ではなく、歩ける「けもの道探訪」〜〜〜「絶景でインスタ映え」はもはや古い


歩いて楽しい街、最近の流行りことばで言えば「ウォーカブルシティ」に必要な要素は、何でしょうか。前回は以下の四つが必要であると解説しました。


(1) 商店や飲食店、駅、住宅などさまざまな要素が混在していること。

(2)交差点と交差点の距離が短く、歩道なども整備され「歩くインフラ」が整っていること。

(3)歩いていて気持ちの良い美しい景色があること。

(4)交通事故や犯罪に遭いにくい土地であること。


しかしこれだけでは、実は十分ではありません。たとえば旅行先で歩くということを考えてみましょう。題材にするのは、京都の屈指の観光名所・嵐山。


京都駅からだとJR山陰本線の嵯峨嵐山駅か、京福電鉄の嵐山駅でアクセスする人が多いでしょう。どちらの駅からも嵐山のメインストリートである長辻通りに入り、立ち並ぶスイーツ店やカフェなどを食べ歩きながら、渡月橋に向かう。橋の上から桂川の絶景を眺めて堪能し、中之島公園をぶらぶら、といったあたりがメジャーな散歩コースです。


しかしこのコースには、嵐山ファンの人には申し訳ないのだけれど、驚きはありません。長辻通りや渡月橋、桂川の写真はインスタグラムなどのSNSにすでに大量に投稿されているからです。歩く人は、SNSの写真を思い出して「あ、インスタの写真通りだ!」と納得しながら歩く。つまり歩くこと自体が、SNSの「追認」「確認」行為になってしまうのです。


これは嵐山に限らず、あらゆる有名観光地についてまわるSNS時代の病弊です。2018年の古い記事ですが、有名観光地ではまるでブラックジョークのようなことが普通に起きています。絶景のなかに一人たたずむ私……みたいな写真を撮るために、写真に映り込まないところでは大量の観光客が列をなして撮影スポットの順番を待っているのです。


このような絶景スポットは、あまりにも予定調和です。SNSで絶景の写真を見て「ここに行こう!」と考え、実際に行って、以前に閲覧したSNSと同じ写真を撮る。発見や探訪とはほど遠く、単なる確認作業でしかありません。


おまけに上記の記事にあるように、そうした人気の場所は観光客で溢れています。観光客が増えすぎるオーバーツーリズムの弊害はコロナ禍後にふたたび問題化しており、観光客の満足度が低下することも危惧されています。


このようなオーバーツーリズムと満足度低下を避けるためには、「観光名所を歩いてインスタ映えする写真を撮る」ではない、新たなウォーカブルシティのビジョンを呈示していく必要があるでしょう。


そこで「迷い歩く」です。前回も書いたように、道を探しながら迷い歩くという行為で、名所旧跡や有名なインスタスポットではない、「こんなところに面白い喫茶店がある」「この小さな公園かわいい」「この建物は何だろう?」といったさまざまな発見を実現できます。こうした発見を繰り返しながら、迷い歩いていくことこそが今後のウォーカブルシティにとって最も重要な要素のひとつなのではないでしょうか。


4月の初めに、岡山から広島へと旅をする機会がありました。途中、瀬戸内の観光地として有名な広島県尾道市に立ち寄りました。尾道の観光名所といえば、四国と結ぶしまなみ海道やロープウェイで登れる山上の千光寺、アーケードがあり古びた風情が楽しい尾道本通り商店街などがあります。しかしそうした場所に行くと、気候が良かったこともあってたくさんの人、人、人。まさにオーバーツーリズムです。


ここで尾道の地図をスマホで開いて、じっくりと眺めてみます。どの観光名所も、瀬戸内海の海岸沿いに展開されています。土産物屋などが集中しているのも海岸エリア。しかし視界を少し広げてみれば、尾道駅あたりでは背後の山が海にまで迫っていて、しかも山腹には縦横に道がつながっていることがわかります。


そこでこれも山腹にある千光寺のロープウェイ乗り場を目差し、しかしロープウェイにはあえて乗らず、ここから山腹の縦横な細道をたどってみることにします。急な坂道、ときに急な階段があり、それらの坂道や階段を横につなぐようにして路地もつながっている。地図を眺めながらそうした道をたどって、山腹を歩いていきます。ときに見晴らしよい場所に出れば、尾道の港やしまなみ海道の橋梁が遠くに見え、とても気持ちよい。しかも歩いている人はさほど多くありません。尾道の繁華街からすぐの場所なのに、オーバーツーリズムとは無縁なのです。


わたしは見知らぬ街に行くと、このような細い路地を迷いながら歩くことを楽しみしていて、この遊びを勝手に「けもの道探訪」と呼んでいます。ホンモノのけもの道とはもちろん異なりますが、まるで猟師がけもの道を探して歩くように、できるだけ細い道、どこにつながっているのかわからない階段、得体の知れない店が軒を連ねている横丁などを探訪し、新しい景色を求めて歩いていくのです。


こうした「けもの道」コースを設定し、中心の観光名所から観光客を分散させることがオーバーツーリズムのひとつの対策として可能なのではないでしょうか。そしてこれは観光客の激増に悩む観光名所だけでなく、観光客を誘致しようとしている地方都市にも有効な観光策になり得るのではないかとわたしは考えています。

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