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未来を具体的にイメージするのはこれほどまでに難しい 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.788


特集 未来を具体的にイメージするのはこれほどまでに難しい〜〜〜SFプロトタイピングが注目されている理由(1)


SFプロトタイピングというコンサルティング的な手法が近年、注目を集めています。SF作家の想像力を活用し、未来の事業や製品などのアイデアを考えようというもの。プロトタイピングは「試作する」という英単語で、つまり「SFでビジネスを試作する」という意味になります。


具体的にはどのように進められるのでしょうか。SF作家が企業に派遣され、社員からヒヤリングを行い、また社員とともにワークショップも行い、その企業が持っているさまざまな技術や知識をすくい上げます。これをもとにしてワークショップで社員が実際にSFの小説を書いてみるなどもし、最終的にSF作家が未来のビジョンを集約させた物語をつくりあげるのです。


SFプロトタイピングのメリットは、そこで語られ書かれるアイデアが突拍子もなく、いまの時点では実現できそうもなくても構わないということです。一般的なアイデアや事業提案だと、提案者に対して信頼性や実現可能性がきびしく求められるます。これは企業としては当然の判断ですが、アイデアが萎縮してしまうという問題もあります。萎縮しないで想像の翼を自由に広げ、自社の未来を考えられるところに、SFプロトタイピングの可能性があるのです。


「いまだ存在していないテクノロジー」というものを想像するのは、意外と難しいものです。たとえば1970〜80年代のSF映画で考えてみましょう。これらの映画に出てくる未来世界には、超小型化した音楽記録媒体が登場してきたりします。レコードからCD、MDへと進化し、さらにそれが指先ぐらいの大きさになって、未来の人はそういう超小型媒体で音楽を聴いているだろうと想像したのです。


だからこれらの古い映画で音楽を聴くというシーンになると「指の先程度の大きさのチップを、ステレオセットみたいな据え置き型の音楽プレーヤーに挿して聴く」というような描写が出てきたりします。


しかし2024年の現在、私たちはもはや音楽の記録媒体など利用していません。音楽はクラウドに保存されていて、インターネット経由でリアルタイムに再生されています。つまりSpotifyやApple Musicです。当時はまったく存在していなかったクラウドコンピューティングという概念を、80年代の人たちはイメージすらできなかったのです。


ストリーミングやクラウドが登場してくる以前だと、音楽は媒体に録音されているものという概念から一歩も外に出られず、媒体を超小さくするぐらいの発想しか持てなかったのでしょう。なので数百年先の未来のはずなのに、USBメモリみたいなのに音楽を収納して聴いてるという描写になってしまうのです。


これはコミュニケーションも同じで、1982年の映画「ブレードランナー」には、ハリソン・フォード演じるデッカード刑事が、有線の公衆電話みたいな機器からテレビ通話する情景が出てきます。1960年代のスタートレック(宇宙大作戦)では、腕時計型のデバイスで無線交信しています。これらが今見ると古臭いなと感じるのは、いずれも「1対1」のコミュニケーションでしかないから。SNSという「n対n」のコミュニケーションが普及することを当時はイメージできなかったのです。


想像力を羽ばたかせて、クラウドやSNSというその時点ではまったく存在していなかったテクノロジーを、どこまでイメージすることができるか。SFプロトタイピングにはそういう可能性も期待されているのです。

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