パロディソングで振り返る香港の2022年(後編) 【晴天林 SunnyLamまとめ】

前編からの続き

7月 最後の信仰

2022年7月1日は、1997年7月1日に香港がイギリスから中国に返還されてから25周年の記念日で、各種の式典が行われた。この日には、習近平国家主席も香港を訪れ、李家超の行政長官就任式にも立ち会った。

市民たちに一層の愛国心の表明が求められる中、著名人たちの態度も注目された。

https://note.com/sasaleut/n/nee6978c4afe9


著名歌手の張学友は、大陸の国営テレビ中央電視台に返還記念の祝福メッセージ動画を寄せたが、その中で「祖国」という言葉を使わなかったこと、動画の最後を「香港加油」(香港がんばれ)で結んだことなどから、大陸のネットで「愛国的ではない」とバッシングを受けた


反対に、愛国的振る舞いがきっかけでバッシングを受けた歌手もいる。

シンガーソングライターの林二汶は、返還25周年記念日に愛国的色彩が濃厚な記念楽曲を発表した。彼女は2019年のデモの期間には、民主化運動への応援とも取れる楽曲『最後的信仰』を発表していたことから、以降の「転身」ぶりがファンたちの失望を招いていた。林二汶は、愛国ソングの発表とともに、過去のファンたちと決別する声明も出している。

普段は替え歌ばかりを投稿している晴天林は、この時にはあえて『最後的信仰』を元の歌詞のままカバーすることで、彼女の態度を風刺している。

抬頭尚有天空 敲不碎
(頭の上にはまだ 誰にも打ち砕けない 空がある)
埋頭尚有智慧 思想 他人難偷取
(頭の中にはまだ 他人には奪い難い 知恵が 思想がある)
軟弱無力全是 堅忍的證據
(無力に思うのもひとえに 我慢強く持ち堪えているからこそ)
靈魂內有信仰 搶不去
(魂の内側にある信仰は 誰にも盗めない)
這種搶匪也許 比你畏懼
(恐れているのはきっと君より その強盗たちの方だ)
想保無邪之軀
(無邪気なこの身を保つため)
還是必須好好過下去
(何よりしっかりと生き抜いていこう)

中国大陸では7月10日、河南省で銀行の取付騒ぎが起こり、警察と市民との衝突に発展した。晴天林は翌日、貧乏だが幸せな若いカップルの心情をうたう2021年のヒットソング『勁浪漫 超溫馨』の替え歌『河南存款等如零』(河南の残高はゼロ)を発表している。

香港では19日、ある高校生が、男子生徒に短髪を矯正する校則は性差別条例に違反するとして、同条例の実行を監視する平等機会委員会に訴えを起こしたことが注目を集め、ネット上では同生徒への応援が相次いだ

晴天林も23日、同じく2021年にヒットしたラブソング『反對無效』を元にした
『學生反對無效』を発表し、木村拓哉や「姜B」「Anson Lo」など、古今の中性的人気アイドルの名を挙げながら「陸軍」のような髪型を強要する校則を風刺した。

誰能留長做木村加拓哉(長髪はだめ 木村の拓哉にはなれない)
墨守的規則哪會更改(墨守されてきた規則は変えられない)
老師很多反對 叫我剃左執陰(先生は反対ばかり 僕に前髪を剃れという)
剃左先可整潔 上課持續認真(その方が清潔で真面目に授業を受けられる)
別學女生 要剷青 阿sir 就更愛(女みたいにするな 刈り上げの方が先生好み)
(…)
誰人能學姜B咁中分(姜Bのように中性的になんてなれない)
問這個世間邊有平等(この世界のどこに平等があるのか)
就當返學去左軍訓(学校じゃなくて軍事訓練に行ったようなもの)

28日には、「姜B」「Anson Lo」の所属グループ、MIRRORのコンサートで、吊り下げられた大型モニターが落下し、ダンサーが下敷きになる大事故が発生した。

香港政府の文化部門担当官である楊潤雄は、この事故を受けて、政府による事故原因の調査が完了するまでは、歌手たちにはステージ上で動かずに「その場に立ったまま、あるいは座ったまま歌う」ことを推奨した

晴天林は翌日、ステージ上の歌手がノってきて踊り出しそうになると「動くな!」と注意を受ける、というパロディソングを発表している。

ちなみに様々な香港の事件を茶化している晴天林でも、MIRRORの事故に関しては直接的にはネタにしておらず、事故に絡んだ政府高官の発言を扱うこの動画を投稿しているのみである。さすがの彼でも笑いに昇華できないところに、この事故が香港社会に与えた衝撃の大きさが表れているように思う。


8月 大豊作の月

続く8月は、パロディしがいのあるネタに溢れる豊作の月となった。

8月2日にはアメリカ下院議長のナンシー・ペロシが台湾を訪問した。米中間の緊張が高まり、中国側の対応も注目を集めたため、台湾到着前には70万人以上が、航空機の位置情報を表示するサイトで、彼女を乗せた米空軍機の足取りを追った

晴天林は3日、台湾出身の歌手テレサ・テンの名曲『甜蜜蜜』の替え歌『佩洛西』(ペロシ)を発表している。

佩洛西 佩洛西在哪裡(ペロシ ペロシはどこにいる)
好想追蹤你們的飛機(君たちの飛行機を追いかけたい)
堅決反對你(断固反対する)
佩洛西 是外國的勢力(ペロシは外国の勢力である)
已經做好萬全的準備(すでに万全の準備をしている)
強烈譴責你(厳しい言葉で非難する)
啊~警告你(あ〜 警告する)

2022年は香港出身で海外に逃れたアクティビストたちの活動が活発化した一年でもあった。7月末には、香港ディアスポラの代表組織「香港議会」の設立を目指す会見がトロントで行われた。香港政府は8月3日にこの動きを、香港版国家安全維持法の「国家政権転覆」罪にあたるとの声明を発表し、現在アメリカ在住の実業家である袁弓夷をはじめとする関係者を名指しで非難した。

袁弓夷自身は2019年以降、積極的にアメリカの対中国制裁などを支持してきた反体制派の論客であるが、彼の息子・袁彌昌は自称中間派の香港の政治家・政治評論家であり、さらに息子の妻・容海恩は香港立法会の中でも最も北京に近いとされる超・親北京派の議員である。家族間に全く正反対の立場の有名人がいるその様子は「当代の真田家」とも形容している。

容海恩は義父の「香港議会」に絡んだ動きを受けて、8月5日に新聞に声明文を掲載し、「偉大なる祖国の血が流れる中国人として」、「国の大義」のもとに義父との関係を正式に解消すると発表した。

親族間の関係解消を、なんの法的根拠もない新聞への広告声明の掲載という形式で大々的に行なったこと、夫である袁彌昌との関係解消には言及されていないこと、そして何より嫁舅関係を指す正式な中国語は「翁媳」関係だが、彼女の声明ではこれが、「爺媳」関係と表記されていたことなどが様々な揶揄の対象になった。

晴天林もさっそくこの日の夜にこの声明をネタにする動画を発表している。

中国返還への不安を歌った1991年のヒット曲『皇后大道東』の替え歌である。
元の歌ではCメロ部分で般若心経の一節「色即是空、空即是色」が使われているが、この替え歌ではこの部分が「凶即是媳、媳即是凶」になっている。広東語では「空」(hung)が「凶」(hung)と「色」(sik)が「媳」(sik; 息子の妻、嫁)と同音になることを生かした言葉遊びで、「嫁すなわち凶なり」である。


翌週には別の「容」さんが香港で話題になった。8月9日、歌手の容祖兒(ジョーイ・ヨン)が大陸のテレビ番組への出演時に、豚に与える餌を自分も食べて「おいしい」と語る場面が物議を醸したのだ。かつて香港で人気を博した歌姫である容祖兒は近年では大陸市場に積極的に進出しており、度々その姿勢が話題になっていたため、今回の振る舞いにも香港のネット民から「金儲けのためなら豚の餌まで食べるのか」「プライドはないのか」などの非難が相次いだのである。

晴天林も8月11日、彼女のヒット曲『我的驕傲』(私のプライド)の替え歌である『我的豬糧』(私の豚の餌)を発表している。


また8月後半には海外に好条件の仕事があると騙された香港人が、東南アジアで監禁・暴行・強制労働の被害にあう人身売買事件が発覚し、社会に衝撃を与えた。


9月 「事頭婆」(おかみさん)の死

9月に入ると親北京派議員の何君堯、香港政府の助言を行ってきたコロナウィルス専門家の袁國勇など、著名人の陽性が複数発覚。晴天林も替え歌を寄せている。

そんな中、9月13日に香港政府は、大陸からの入境者については、2月以降導入されている厳しいワクチンパスの対象外とする計画を発表、ダブルスタンダードではないかとの批判を招いた。

晴天林は翌14日、『ワクチンを打たなくていい私』という替え歌を発表している。


9月8日にはイギリス女王のエリザベス2世が崩御した。英領時代香港の君主でもあり、2度の香港訪問も行なった女王は香港でも「事頭婆」(おかみさん)として親しまれていたため、追悼ムードが広がったが、一方でそうした態度は愛国者達の批判の的にもなった。著名俳優の羅家英は、花束を持ってイギリス領事館で弔問を行なったことを中国大陸のSNSで発表したところ、植民地時代の美化だとの批判が相次ぎ、15日に謝罪に追い込まれた

晴天林も早速この日のうちに替え歌を投稿している。


9月22日には、香港の風俗店で働くネグリジェ姿の外国人が、警察の取り締まりを逃れるためにビルの壁を伝って脱出を試みる様子が話題を呼んだ

また23日にはそれまで入境者に義務付けられていた3日間の隔離を26日以降撤廃することが発表された。2020年の感染拡大以来2年半ぶりに隔離なしでの香港訪問が可能になったことになる。3日間の健康観察および店舗入店禁止は継続したが、これを機に香港は徐々に本格的な経済の再稼働に向けて動いていくことになる。


10月 施政報告

10月19日には、李家超行政長官が就任後初の施政報告演説を行なった。とりわけ強調されたのが、高度人材獲得や企業誘致のための一連の政策パッケージだったが、厳しいゼロコロナ政策を維持したままで、コロナ関連規制をほぼ撤廃したシンガポールなどへの人材・企業流出に歯止めをかけられるのか、疑問の声も聞かれた。

晴天林は21日に替え歌を投稿し、この施政報告をネタにしている。

コロナ対策をめぐっては、ワクチン接種免除証明に関する対応が注目を集めた。香港政府は9月以降、不正にワクチン接種免除証明を発行していたとして複数の医師を逮捕し、彼らが発行した免除証明を一律で無効にするとの措置を発表していた。
しかし、市民がこれに対して司法審査を申し立てると、10月21日に香港の高等法院が政府の措置を差し止める命令を下した。

この判決について、政府は上訴しないとした一方で、25日に関連する法律を改正し、問題ありと判断した免除証明を無効とする権限を政府担当部局長に付与した。
「法的根拠がなければ作ればいい」とも言えるような政府の対応は、司法の独立や法治とはなんだろうかという議論も呼んだ。

晴天林は26日に関連する替え歌を投稿している。


11月 国歌騒動

10月末から大陸で再び感染爆発が起き、上海ではディズニーランドが突如封鎖され、来場者が閉じ込められる事態になった。

晴天林は11月1日、香港ディズニーランド開園時(2005年)に香港で流行した歌『他約我去迪士尼』(彼にディズニーへ行こうと誘われた)の替え歌『他約我困迪士尼』(彼にディズニーへ誘われ閉じ込められた)を発表している。

一方で香港では11月4日から開催された男子7人制ラグビーの国際大会、香港セブンズと前後して隔離政策などを徐々に緩和し、事実上ウィズコロナに舵を切った。一方で香港独自の隔離基準をめぐる混乱も見られ、入境後3日間は施設への入場などが禁じられる健康観察期間に当てられていることを知らずに大会直前に来港してしまい、大会を見られなかった南アフリカ出身者の事例なども報じられた。

7人制ラグビーをめぐっては、この月、別の騒動も起こった。

11月15日に韓国で行われたラグビー国際大会の香港対韓国戦の試合前、中国国歌ではなく2019年の抗争歌である『香港に栄光あれ』が流されてしまったのである。

香港政府は韓国政府に厳重に抗議し、国家安全維持法に基づく調査も行うと発表した。実際に11月21日、この騒動を受けてSNSに「香港国歌を承認してくれた韓国に感謝」などと投稿を行なった42歳の男性が香港において「煽動」の疑いで逮捕されている

かけ間違いの経緯をめぐっては、香港側が中国国歌のデータを提供したかを巡って議論も起きた。結局、大会側は韓国運営にデータ提供をしておらず、ネット上で香港の「国歌」を検索してダウンロードしたスタッフのミスだったらしい。

この後、12月にもドバイの国際大会で同様の取り違えが起こり、香港政府は検索結果の表示に問題があるとしてGoogle社に抗議した


なお新型コロナをめぐっては、21日に李家超行政長官も初の外遊から帰港後、陽性が確認されている。

中国大陸でも各地で抗議運動が起こり、厳しい感染症対策への不満が表明された

11月29日に晴天林が投稿した関連動画では、運動参加者が言論弾圧に抗議する白紙を掲げたことにちなみ、白紙の背景が採用されている。


12月 ゼロコロナの終了

12月からはワールドカップがはじまり、晴天林の替え歌もしばらくはこれを題材としたものばかりになる。日本のグループリーグ突破、PK戦でのクロアチア戦敗退といったネタのほか、ジャッキー・チェンが応援したウルグアイがグループリーグ敗退したことを皮肉る動画を投稿しているあたりが香港らしいポイントだろう。


12月14日には大会の様々な場面を詰め込んだ替え歌も発表しており、日本からは「三苫の1ミリ」が取り上げられている。

中国政府は12月7日、ゼロコロナ政策を事実上放棄する感染症対策の緩和を発表。香港でもこれを受けて、厳しい行動制限や隔離措置が徐々に撤廃された。

14日には、店舗入店時の「安心出行」のスキャンが廃止された。2月以降導入されていたワクチンパスによる厳しい行動制限の事実上の緩和である。

28日にはワクチンパス制度自体が正式に廃止となり、入境者へのPCR検査義務づけも取り止められた。


このような新型コロナ政策の劇的な転換とともに、香港は2023年を迎えた。

今回の記事の主役である晴天林は、年が明けてからも精力的に活動し、すでにいくつもの「新曲」を発表している。

2023年がどんな年になるのか、まだまだ想像もつかないけれど、次の年末の香港にも変わらず晴天林の歌声が笑いを届けてくれていることを心から願いたい。

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