香港の女性アイドルグループCOLLARの楽曲がYOASOBIの『夜に駆ける』のパクリではないかと話題になった騒動まとめ

2022年4月29日、COLLARという香港の女性アイドルグループが『Gotta Go!』という楽曲をリリースしたところ、香港のネット上で「YOASOBIの『夜に駆ける』のパクリではないか」とのコメントが相次ぎ、炎上した。

本記事では、このパクリ疑惑騒動について簡単に経緯などをまとめていく。

はじめに断っておくと、この記事では、本当に「パクリ」だったか否かを判定するつもりはない。そもそもこの曲がどれくらい『夜に駆ける』に似ているかを客観的に判断するほど音楽の知識はないし、あるいはこの事例が知的財産権の侵害等に該当するかを判断するほどの法律の知識もない。

ただ、わたしは香港のポピュラー文化を研究しており、香港の芸能・音楽事情については多少の知識はあるので、その観点からこの騒動が起きた背景を考察してみたいと思う。

自分自身の立ち位置について言えば、COLLARの新曲が出ればすぐに聴き、メンバーのSNSをフォローし、出演番組なども割とチェックしている。つまり「ファン」と言ってもいいと思う。

YOASOBIについては、特に『夜に駆ける』は昨今の日本のアーティストの曲の中では比較的よく聴いていたが、最新の活動を熱心に追いかけているわけではないのでファンというほどではないと思う。

この記事はそういう立場の人間が書いたものであり、ある程度はCOLLARに肩入れした記述になっているかもしれないことを、あらかじめご了承いただきたい。


『Gotta Go!』と『夜に駆ける』は似ているか?

まずは何はともあれ、この『Gotta Go!』という曲が『夜に駆ける』に似ているかどうかだ。『Gotta Go!』は夏らしさを強調した爽やかで明るい曲調で、全体の雰囲気としては特に似ていないと思う。ちなみにポカリスエットとのタイアップソングとして作られており、爽やかさを全面に出しているのはそのためだろう。

私はこの曲の配信がはじまって数分後、なんの先入観もない状態で聴いた。先述の通り『夜に駆ける』も日常的によく聴いていたが、『Gotta Go!』の初聴時には特にこの2曲が似ているという印象は持たなかった。むしろサビの「Get up! Get up!」の繰り返しが妖怪ウォッチのテーマソングに似ていると思ったくらいだった(こちらの類似についての指摘も、香港ではたくさんされている)。

その後、公開されたミュージックビデオのコメント欄で炎上を知った。
特に「似ている」と話題になっているのは再生時間「0:48」あたりからの「流著一身爽快全然綻放盡忘掉枯燥」の部分だった。確かにこの部分の旋律は『夜に駆ける』の「思いつく限り眩しい明日を」の部分とほとんど同一に聞こえる。

香港のネット上で広まっている両者のメロディーの比較画像(Gotta Go!は転調済み)

その部分のアレンジもシンセサイザーやピアノの使い方がどことなくYOASOBI風である。ちなみに『Gotta Go!』は作曲・編曲ともにC.Y. Kongというミュージシャンが行なっている。

「『夜に駆ける』と似ている」と言われてから聴けば確かにそっくりな気もする。

香港のネット掲示板『連登討論區』では、ラジオでの初オンエアから4時間後の16時、早くも「COLLARの新曲がYOASOBIをパクる」というスレが立っている。ミュージックビデオの公開および各音楽配信サービスでの配信はこの日の20時からだったので、それよりも早くからパクリ騒動が始まっていたことがわかる。


関係者の反応

このように『Gotta Go!』はリリース直後から炎上状態となり、この曲にまつわる話題はほとんどパクリ疑惑ばかりとなった。

作曲者のC.Y. Kongは、疑惑を受けて「申し訳ありませんが、今は回答できません」と述べつつ、「4月の人気アニメ『盾の勇者の成り上がり』シーズン2のエンディングテーマ『ゆずれない』のサビと(台湾の2012年の映画)『新天生一對』のテーマ曲『還過得去』のサビを聴き比べてみてください」とコメントしている。

『還過得去』はC.Y. Kong自身が作曲に携わった楽曲である。自身が過去に発表した楽曲と似たメロディーが最新の日本の楽曲にもみられることを指摘し、こうした類似は音楽においては「よくあること」だと示すのが狙いだったのだろう。

一方でCOLLARのマネージャーは、自身のSNSのストーリーに謝罪ともとれる文章を掲載している。

責任は全て私にあります。
何を言っても役に立たないでしょうし、言い訳が必要とも思いません。
私にできるのは、ただ教訓を取り入れ、これからも努力することだけです。

この声明に対して、ネット上では「パクリを認めるということか!」とのコメントも相次ぎ、炎上はおさまらなかった。

メンバーを含め、その他の関係者は、この疑惑について公式に発言していない。


背景(1):COLLARは香港で注目度No.1の女性アイドルグループ

今回の騒動の主役となってしまったCOLLARはどんなグループなのか。

COLLARは、ViuTVという香港の新興のテレビ局のオーディション番組『全民造星』をきっかけに結成された8人組の女性グループで、今年の1月にデビューした。

『全民造星』からは過去に12人組の男性グループMIRRORも結成されている。MIRRORは昨年以降、香港で社会現象とも言える大ブームを巻き起こした。

(MIRRORについてはこちらの連載で詳しく取り上げている)

COLLAR結成のきっかけとなった『全民造星』シーズン4は、MIRRORブームの真っ只中である2021年11月から12月にかけて放送され、「女性版MIRROR」を作るオーディションだと宣伝されていたこともあり、大変な注目を集めた。

つまりCOLLARはデビュー前からその一挙手一投足が注目されるグループであり、何かと「粗探し」をされやすい立場にあったとも言えるだろう。

デビュー曲の『Call My Name!』、2ndシングルの『Never-never Land』についても、それほど大きな騒ぎにはならなかったが、歌やミュージックビデオについて「〇〇のパクリではないか」という指摘は出ていた。

3rdシングルである『Gotta Go!』も、投稿から24時間で25万回再生を記録するなど、リリース直後から注目は高かった。もともと多くの人が関心を抱くグループだったからこそより大きな炎上になってしまった、とも言えるかもしれない。


背景(2):YOASOBIは昨今の香港で最も人気がある日本の歌手

また今回の騒動で「パクリ元」とされたYOASOBIも、香港において比較的注目度の高い歌手だった。

昨今の香港では日本のアーティストの楽曲はそれほど聴かれていない。もちろん、一部に熱心なファンはいるだろうし、アニメやドラマの主題歌などが時折流行することはあるが、音楽配信サービスの再生回数上位に日本の歌手やバンドが登場することはほとんどないと言ってよい(対してK-POPや洋楽のトップアーティストは、頻繁に上位にランクインしている)。

以前、2022年1月〜3月間の香港におけるSpotify週間再生数上位トップ200楽曲を調べたところ、BTS、ENHYPEN、IVE、BLACKPINK、Red Velvet、Kep1er、NMIXX、Apinkなど、K-POP勢からは多くのアーティストがランクインしていた一方で、日本のアーティストので期間中圏内に入っているのはYOASOBIとアニメ『鬼滅の刃「遊郭編」』の主題歌『残響散歌』を歌ったAimerだけだった。

4月〜6月のデータを見ても、星野源が歌うアニメ『SPY×FAMILY』主題歌の『喜劇』が新たに入っている程度で大きな変化はない。

つまりYOASOBIは、アニメ主題歌を除けばほぼ唯一再生数トップ200に食い込むことのできる、今日の香港において例外的に愛聴されている日本のアーティストだったと言える。

COLLARの以前の楽曲『Call My Name!』、『Never-never Land』をはじめ、香港のネット上で「パクリ疑惑」が指摘されることはしばしばある。だが、その「パクリ元」とされるのが、あまり誰も聴いたことがないようなマイナーな楽曲だったりすることも多く、指摘されてもピンとこないリスナーが多いためか(あるいは作曲者が実際にその曲を知っていて悪意を持ってパクった=偶然の一致ではないと証明するのが困難だからか)大抵はそれほど大きな話題になることもない。

一方で『夜に駆ける』は香港においてもよく知られた人気楽曲であったため、『Gotta Go!』を聴いた人が直感的に「似ている」と感じやすく、大きな問題にやりやすかったのだろう。

なお、作曲者のC.Y. Kongも、インスタグラム上でYOASOBIのAyase、Ikuraのアカウントをフォローしていたことが香港のネット民により確認されている。YOASOBIを認知していれば、当然代表曲である『夜に駆ける』を聴いたことはあったに違いない。


結果:YOASOBIの香港における再生数急上昇

興味深いことに、この騒動の結果、香港におけるYOASOBIの再生数が急増している。

Spotify上での『夜に駆ける』の週あたりの再生数は、それまで3万回〜4万回を前後していたが、4月29日のCOLLARの『Gotta Go!』リリース直後には9万回に跳ね上がり、再生数順位も99位から28位に急上昇している。「パクリ疑惑」の検証のために再生する人が増えたからだろう。

Spotify Weekly Chart(香港)の再生数データをまとめたもの

あるいは、この騒動を通じてYOASOBIを認知したり、その魅力に再度気づいたりして、新たにファンになった人もいたかもしれない。パクリ疑惑とは直接には関係ない『群青』と『怪物』の2曲も再生数が大きく増加している。

『夜に駆ける』の再生数は、急上昇後には緩やかに減少しているが、6月9日以降は『Gotta Go!』の再生数を抜いている。

この時点で、パクリ騒動に対する香港の人々の評価はすでに定まっているのではないかと思う。本当に「パクリ」だったのかはともかく、人々は『Gotta Go!』よりもそのパクリ元とされた『夜に駆ける』を聴くことを選んだのである。

香港のポピュラー文化を研究する日本人としては、日本のアーティストのアーティストの楽曲が香港の音楽配信サービスで再生数上位にランクインしている様子を見られたのは、経緯はともあれうれしいことでもあった。YOASOBIの香港における注目度上昇は、この騒動が生んだ唯一のポジティブな結果と言えるかもしれない。


教訓:人気者をマネージメントする難しさ

一方で、COLLARの前途には、今回の騒動は大きな痛手となっただろう。

注目度の高さを背景にデビュー直後から上々の滑り出しをみせていたCOLLARだったが、今回の一件はそうした人気に伴うリスクを浮き彫りにした。

COLLARの先輩グループにあたるMIRRORは、2018年末のデビューから2021年のブレイクまで長く不遇の時期があったため、さほど注目度の高くない中でトライアル&エラーを繰り返しながら、ゆっくりとスターになる準備ができた。それがオーディションで集められた普通の若者たちを香港ナンバーワンのスターに育て上げられた秘訣だったのかもしれないとも思う。

ところが、デビュー前から人気者となってしまったCOLLARには、そのような「お試し期間」は存在しない。はじめから注目を集める中でスタートしたため、何か「失敗」をしたときに、それがいきなり大炎上になってしまうリスクも大きい。

「パクリ疑惑」に関連した批判コメントを見ると、大部分は作曲者や(この曲をリリースしてしまった)マネージメント側のチェック体制に向けられたものであり、COLLARやメンバー自体を悪くいうものはそれほどみられない。

しかし今回の急速な炎上ぶりを見ていると、今後たとえばメンバー個人などに関するスキャンダルなどが取り沙汰された場合には、グループの活動に更に致命的な影響を与える大炎上になる可能性もあるのではないかと思う。

彼女たちをプロデュースするViuTVという自体、MIRRORのブームとともに急速に注目を集めるようになった新しいテレビ局であり、大人気となったMIRRORについても、ソロコンサートのチケットの販売方法を巡り騒動になったりと、昨今はややマネージメントに苦戦している印象もある。

ViuTVは人気者を作り出すことには成功したが、その人気に伴うリスクを今後適切に管理できるかは未知数かもしれない。


余談:ファンとしての気持ちとCOLLARのこれから

いずれにせよ、COLLARを応援するファンにとって、このような騒動が気分の良いものであるはずがない。3rdシングルを楽しみにしていたファンにとっては、ネガティブな形で注目を集めてしまったことに対して失望も大きかっただろう。

わたし自身、2ndシングルがとても好きだったので、3rdシングルのリリースもとても楽しみにしていたが、騒動以降は全くこの曲を再生する気になれない。ランダム再生中に流れてきた時にも思わずスキップしてしまうほどだ。
(この記事自体、騒動が起きた直後に準備をしていたものだったが、どうしても向き合う気持ちになれず、今になってようやく投稿している)

もともとCOLLARの楽曲は、注目度の高さからリリース直後は多く再生されても、その後は再生数が落ち込み、人気の定着に苦戦している印象もあった。比較的長く再生数を維持していた2ndシングル『Never-never Land』も、『Gotta Go!』のリリース後、やや再生数を下げている。『Gotta Go!』騒動以降、COLLARの楽曲そのものを聴かなくなってしまったファンがそれなりにいたのだろう。

Spotify Weekly Chart(香港)の再生数データをまとめたもの。順位は曲ごとの最高位。


騒動以降もCOLLARは精力的に活動を続けている。

5月末には各メンバーをフィーチャーしたリアリティ番組『我哋係COLLAR』(We Are COLLAR)も公開された。

7月15日には4thシングルとなる『off/on』のリリースも発表されている。

ファンのひとりとして、このシングルをきっかけにCOLLARが騒動を乗り越え、失望したファンたちの支持を取り戻し、今後は彼女たちの活動が香港でも日本でも、より幸福な形で注目を集めることを願っている。

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