見出し画像

大衆はリネンの魅力に気付かない

まだ4月だというのに夏日だという。
4月の平均気温と11月の平均気温が同じくらいという事なので、残念ながら我が国は4月から11月までの8ヶ月が夏になってしまったようだ。
ツイードを着ていた頃が恋しい。

しかし、夏には夏の良さがある。
確かにいつまでも汗は引かない上に悪臭まで漂うような最悪の季節ではあるが、夏の人類には美しいリネンを身に纏う権利がある。
もし本当に神が全知全能で万物を創造したのであれば、リネンは人類が纏うために創造されたに違いない。

そしてリネンは単に麻とも呼ばれるが、厳密には亜麻である。
しかし日本では、亜麻(リネン)も苧麻(ラミー)も大麻(ヘンプ)も黄麻(ジュート)も、まとめて麻と呼ばれることが多い。
リネンを想定して「しなやかな麻の服」の話をしていても、大衆は麻と聞いただけで「ズダ袋に穴を開けたような原始人の服」を連想する。
大衆は、隙を見つけてすぐ神を冒涜しようとするのだ。

リネンは伸縮性がない事と少しだけ高価な事、そして上記の大衆による偏見を除けば、人類の求めるほぼ全てを備えた完璧な繊維である。
ひっぱり強度では天然繊維では最強と言われ、抗菌性や防汚性もあり、吸水性も高く、水を吸えば更に丈夫になる。
化学繊維と異なり汗を吸っても悪臭を放ちにくい上、化学繊維のようなテラテラとした安っぽい光沢はなく、ごみとして環境に放たれても問題なく分解する。
原料となる亜麻は栽培に多くの水を必要とせず、また多くの二酸化炭素を吸着する。
そして植物なので、神の代弁者である動物愛護団体が暴力行為や破壊行為を働かずに済む。

これだけメリットを頭に叩き込めば、リネンの魅力を理解できるようになっている筈であろう。
では、大衆から抜け出せた貴方にだけ、私の身の回りにあるリネン製品を紹介しよう。


① ジャケット

CustomTailor Beams Spence Bryson ジャケット

新品のリネンの特徴はなんといっても「ハリ」「コシ」だろう。
とにかくそれが顕著で、新品のリネン製品を着ようものなら「こんなゴワゴワした布を、一体誰がありがたがるんだ」と文句の一つも言いたくなるだろう。
実際に味気ないし、喪服のようにすら感じてしまう。

しかし新品時だけを見てそういった判断をしてしまうのは、全くの誤りである。
リネンは皮革と同じで、使えば使うほど硬さがとれてゆく。
細かなシワが増え、あたかもティッシュペーパーのように柔らかくなる。
一度その感覚を知ってしまうと、確実に病みつきになるだろう。

上記のジャケットは下手な秋冬物よりも目付のある重い生地だが、こちらはどうだろう。

Maker’s Shirts 鎌倉 Herdmans シャツジャケット

リネンのシャツ生地をそのまま、袖の裏地さえ廃したシャツジャケットとする事で、日光を遮断しつつも抜群の通気性を持つ。
陽の強い日にこれを羽織ると、それだけで暑さが和らぐ。
多くの場合ファッションと実用は相反するが、これはそのどちらも備えている。
それは、リネンにしか成し得ない魔法である。


② トラウザース

Cordings Spence Bryson トラウザース

上記と同じSpence Brysonのリネン。
おそらく同じ生地のものなので、着込んだ際の表情は同じだろう。
上質なリネンは、このようにくしゃくしゃにした和紙のような美しいシワを生む。

ちなみに、上記のようにリネンに伸縮性は皆無と言っていい。
なので間違っても、10年前に流行ったようなタイトなフィッティングでは履かないよう…


③ シャツ

SHIPS カプリシャツ

リネンシャツは新品でも愛用品でも、着心地は異なるものの、汗をかいても肌に貼り付きにくいことは共通する。
ベタつきがなければそれだけでも涼しく感じ、持ち前の吸水性や速乾性でカプリシャツのための素材とも言えよう。

Maker's Shirts 鎌倉 MTM Herdmans ドレスシャツ

またリネンはコットンと同様、セルロースが主成分である。
セルロースはその構造上色染めしにくく、また染まっても色が落ちやすい。
極端だが、ジーンズを想像して欲しいと思う。
濃色だとそれが顕著であり、色の落ちたコットンのシャツは男臭く不潔な感じさえするが、リネンのそれは不思議とそれすら上品に見えてしまうのだ。

Maker's Shirts 鎌倉 MTM Thomas Mason ドレスシャツ

そして、上質なリネンになってくると適度に光沢を放つ。
そのため、そのまま普段使いのドレスシャツにすらなるだろう。
ただ乳首が透けてしまう事は我が国ではタブーとされているので、気を付けるべきである。


④ チーフ

Franco Bassi チーフ

ポケットチーフは、我が国ではフォーマルな場面でしか使う機会がなく、シルクが定番として知られている。
しかし、本来ポケットチーフといえばリネンである。
胸元にシルクのようなテカテカした主張は不必要なのだ。
リネンの程よい光沢があれば、それで十分ではないだろうか?

そして紳士は、コシのある新品のリネンをポケットチーフとして使う。
しばらく使うと先述のように毛羽立ち柔らかくなってゆき、それが過ぎるとチーフとして使うのが難しくなる。
紳士の使い古したチーフのゆく先は、後述のキッチンクロスとなるという。


⑤ キッチンクロス

Marks & Web キッチンクロス

リトアニア製リネン。
キッチンクロスでリネンを使うメリットは多い。
吸水性が高くカトラリーが幾つも拭ける上、繊維が長いためグラスに繊維かすが付着しない。
また、繊維に付着した汚れも落ちやすく、抗菌性が高いため臭いもしにくく、また丈夫で何年でも使える。

週末に洗濯をし、アイロンをかけてピシッとした状態でキッチンにかけておく。
アイロンをかける事で殺菌をし、また臭いがしない事を確認できる。
我が家では食洗機を多用しているためあまり出番はないが、使えば都度活躍する。


⑥ ベッドシーツ

ホテルでベッドシーツを保管している部屋をリネン室と呼ぶが、まさにリネンはベッドシーツに相応しい素材である。
清潔で涼しく、また矛盾するように聞こえるが、暖かい。

おそらくHerdmansのシーツなどは最高なのだろうが、何万円するのかすら想像がつかない。
生地のロール幅を考慮すると、大抵高級なシーツとなると継ぎ目が生じてしまう。
無印良品のフレンチリネンはクイーンサイズでも継ぎ目がなく、また安価である。


私の紹介したものだけではない。
リネンの製品はラグもあるし、ハンカチ、タオル、スリッパ、下着だってあるだろう。
たいていの布製品はリネンのものが存在しうる上、品質も良い場合が殆どだ。

私の知らないリネン製品を集めるだけでも、きっと立派な本が作られよう。
そう考えると、私もリネンのことを知らなすぎるのだ。

もしかすると、私もあれだけ馬鹿にしていた大衆の一部なのかもしれない、と思えてくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?