ボクの穴、彼の穴。@WOWOW

WOWOWオンデマンドにて、拝見しました。
とても面白かった(興味深かった+笑った+泣いた+考えた)です。
ノゾエさんの脚本は、今の世の闇を見つめながら、その闇を軽やかな笑いの中に見せて下さったように思います。以下、個人の感想です。

原作:デビット・カリ
訳:松尾スズキ
翻案・脚本・演出:ノゾエ征爾
出演:宮沢氷魚、大鶴佐助


ライブ配信で一度拝見した後、翌日、アーカイブで再見。
二度見ても、面白い。ライブ配信した上でアーカイブまで残して下さったWOWOWさん、ありがとうございます。

集中力という点では格段に下がる配信で、これだけ見るものを引き込む作品の力が凄いと改めて感じる。と同時に初見では気付かなかったものに触れて、泣く。
この作品は、具象と言うよりは「寓話」的な面が強いように思う。
だから、見る人によって色々な見え方があるだろうし、そこから何を想うのかも、きっと違うのだと思う。
以下、今日の自分には、こう見えた、という御話。

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私には、近年のネット社会における闇を比喩した作品、に思えました。

誰かが決めた(戦争)マニュアル
 ⇒ネット社会での「こうあるべき」という論調、振り翳された正義感
昔から続いている戦争
 ⇒人と人の争い全て
勲章を付けた人達が指示してること
 ⇒有識者や政治家などの言動や論調

かなぁ?
この戦いは自分が始めたことじゃない。
自分は何もやっていない。
ただ、生きる為の処世術みたいに、大意に従っただけ。
それでも巻き込まれ、落とし穴のような世界で藻掻き続ける。
相手を殺さなければ自分が殺されるような脅迫観念を植え付けられ
何が正しくて何が間違いなのか
そもそも敵の本当の姿さえ知らずに、戦わされる。
そんなことが、いつ自分の身に起こるのか?わからないから
常に大勢の方に居ようとする。孤独を怖がる。考えなくなる。
今の社会に、そっくり。

敵にも、家族が居て、帰りたい家があって、同じ血が通っている。
相手もまた、傷つけば血が流れる、同じ人間。
その痛みは、自分と同じ。
「敵」という架空の存在、「大意に従う」という自主性の放棄は
そんな当たり前のことさえ、気付かない人間にしてしまう。
そんなモンスターを大量に生んでしまう。
そうなる前に、自分もまたモンスターになる前に
一歩踏み止まる
その為に必要なのは、相手の穴の中に入ってみることだ。
相手からの目線になって、色々なものを見て、想像することだ。

そうすれば、誰だって気付ける。
みんな、元々は人間だったんだもの。

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そのことを観客に気付かせてくれる、色々な仕掛け・・・
例えば、役名ではなく、御自分の名前(芸名)で存在していたり、
そんなことで、ちょっと自分と地続きになる。
荒野にコンビニは無い、その叫びに笑っちゃいながら切なくなる。

あの美術も、シンプルだけど、とても語りかけてくる。
一つの穴が、二つの穴であり、二人をつなぐものであり
世界ともつながっているものである。
影絵に怯える演出もどこか懐かしい楽しさがあったし
最後、未来への希望のような
明るい光に満ちた、世界との繋がりも美しかった。

本当に、そうなったいいと思う。
先ずは、自分だけでも。
皆が、そうやって、自分の頭で考えて
どうしたいのか、何が違っていると思うのか
そうやって一歩を踏み出す勇気を持てたら
相手もまた自分と同じように傷つけられれば痛いのだと
そんな当たり前のことを忘れないようにしていれば
自分の周りも、そしてその先にある社会も
変わっていけるはずなのに、と思う。

犬に噛まれたからといって、犬、全部を憎むの?
人と人との関わりは「一人」対「一人」、それが根本。
社会全体を憎む前に、先ず、自分を見つめ、考え
そして、身の回りの一人一人と、向き合っていく。
それで変わっていく世の中も、きっとあるんだと思う。

ラスト。
二人しかいないと思っていた世界の中で
多くの瓶が舞い落ちてくる。

その希望が、とても温かかった。