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最高のジェットコースター・タコピーの原罪に救いはないのか

現時点で存在するマンガの中で、トップレベルに面白いタコピーの原罪。
めちゃくちゃ面白い。いや、面白いというとちょっと人の心が無いのかもしれませんが、とにかく考えさせられます。

https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496638370192

私が過去に読んだマンガの中で、指折りで面白いのは間違いありません。これをリアルタイムで読むことができて、私は幸せだなあと思っています。
この作品は短期集中連載と言われており、現時点で着地点は決まっているのかなと思いますが、このノートではなぜタコピーの原罪が私にとって面白いのかという事と、私の考えるタコピーの救い・ある種の叙述トリックについて書きます。
つまり、ネタバレや考察を含むので、気になる方は本編を読んでからお読みください。(ただ、場合によっては、最終回に待ち受ける壮絶な爽快感を奪ってしまう事になるのかも…)

初回から強烈なストーリー

タコピー、第一話からいきなり最高速度で、いじめ問題と自殺をぶつけてきます。というか、いじめというより直接的な暴力と、唯一の生きる意味であったチャッピーを失ってハッピー道具で首を吊るしずかちゃんのぶち抜きを経て第一話が終わります。ストーリーが感情ポルノ的な意味で強すぎる。
しかし、これは出オチどころか始まりの始まりにすぎず、なんと第4話で「タコピーの原罪」というタイトルがでかでかと掲示され、真の物語(?)が始まることになります。
小学4年生の感情の激動が詰め込まれたストーリーなのです。

全速力で進む重量級ジェットコースター - 展開の速さとディテールの重さ

ただ、このストーリーの強さ、感情の激動がタコピーの原罪の全てではなくて、マンガとしての確かな技術があり、それが話の筋の面白さを際立てています。
第1話で1ページ使った「ある一日の最後の"素敵なコマ"」の次に1ページ使って「次の日の最悪のコマ」を描いたページなどが特徴的ですが、とにかく1コマ1コマの情報量を高めてコマの間の時間を広く取るという、「意味のある情報の多い描き込みと端的なセリフ(または無言)」による超高速な展開の物語が展開されていきます。
私が最も象徴的に思うのは、6話のこのページです。

タコピーの原罪 第6話より

このページ、展開早すぎでしょ。でも、その展開の「意味」が十分に読者に伝わる、この速度感。こういうのが、技術的にめちゃくちゃうまい。前後のページ何もなくても、最後のコマの東くんの表情とお兄ちゃんの存在で、なにか秘密にしないといけない事(おそらく悪い事)を、緊迫感を持ってやろうとしているという事が伝わるこの技術です。
「意味のある情報の多い描き込み」、いわゆるディテールの部分の特徴についてもフォローしておきます。右下、東くんの家がクリニックであるという重要な情報が、ここで初めてさりげなく明かされます。家にいる東くんのお兄ちゃんは、文化祭とか体育祭とかで作るあのTシャツ的なものを着ていて、あるある感ですが、お兄ちゃんがどういうキャラクターなのかという事を端的に物語っています。スピード展開の中に印象的な情報が入れ込まれており、それによって展開の速さについていけるように"設計"されています。
ちなみに6話はこの後もスピード感が止まることなく、空を飛んだり落下したりするジェットコースター感を味わえます。

他に、意味のある情報・ディテールの部分に関して象徴的なものとしては、ネットでも話題になった「まりな家のエアコンのリモコンの温度」の話や「タッセル」などがあります。リモコンの温度というのは、まりな家の描写において「父がいて不機嫌なとき」「母だけがいるとき」「昔の父と母の仲が良かった子育て風景」の3つの場面で、それぞれのエアコンのリモコンの温度が24度・28度・26度となっていて、家庭環境がうまく行っていることを象徴的に示しているというものです。また、おそらくは父と母の仲が悪くなってから、母はある種の主婦向け/スピリチュアル的なものにハマっていて、それを象徴する存在としてタッセルが描かれます。(タッセル、全国各地に沢山の教室が存在するとは私は知りませんでした…)
なお、このページは「しずかちゃんが東くんを動かす」というストーリー的にも重要な意味を持つページで、かなり技術的な面白さの凝縮されたページであると思います。しずかちゃんかわいい

心の織りなす力学 - ジェットコースターの原動力と歯車

ストーリーの内容、展開の速さ、ディテール。この3つの要素は私がこの作品を面白いと思う重要なポイントでした。しかし、この3つの要素が全てではありません。どんなに細かい描き込みがあって、かつ凄まじい展開の速さで、内容が濃いとしても、その描き込みや展開の裏付け、原動力みたいなものが欠けていると、「面白いけどどこか片手落ちのマンガ」になってしまいます。
この概念を表現するのは難しいですが、敢えてジェットコースターの比喩で言えば、これまで述べた3つの要素は「外見的な性能」あるいは「機体の表面的な性能」とでも言うのでしょうか。「ジェットコースターに速さ・重さ・衝撃がある」ということに対応していますが、それはジェットコースターの動作メカニズムや原動力に踏み入ったものではないわけです。
この原動力というのは、根本的に物語を進めるための思いや信念です。例えば、ワンピースという物語は、「海賊王に俺はなる」というルフィの思いをエンジンとして話が進んで行きます。ルフィが完全に海賊王を目指さなくなったらそこで話は止まってしまうでしょう。話を動かす力の源が、そこにあるという事です。
ここで大事なのは、必ずしも常にルフィの気持ちだけで物語が動いているわけでもないということです。ルフィは兄のエースを殺された時に自暴自棄になりましたが、それまでのルフィの行動によっていろんな支援者がルフィに前を向かせました。ルフィの心の炎が消えかかった時に、後に正式に仲間となるジンベエ達の燃える心が、ルフィに再び火をつけたということです。心を燃やせ
逆に、そもそもエースを殺した赤犬・海軍・世界政府のような勢力があって、それらの人々の思いによって物語がルフィの思いと反対に動いた、と言う事もできます。マグマでエースを燃やせ
一般に、ある一つの方向への収束を目指しているかどうかは別として、登場人物にはそれぞれの思いがあって、それぞれの思いの方向に進もうとします。それを束ねる形で世界が成り立ち、全体として物語が進み広がっていきます。少し別の比喩で表すとすれば、登場人物の思いを原動力として、それが噛み合って物語が進むという事です。
この原動力とそれが噛み合う姿、思いとそれが形になるメカニズムを、やはり非常に丁寧に描写している。かつ、原動力が非常に自然なものであり、私には身近に感じられる。これこそが、私がタコピーの原罪の中で最も面白いと感じている要素です。

行動原理がわかりやすい、単純な子供たち

タコピーの原罪に登場する子供たち。現時点で、しずかちゃん、東くん、まりなちゃん、という主要な子供が登場します。この子供たち、行動原理が非常にわかりやすいです。
9話まで公開された現時点で一番わかりやすいのは、行動原理を形作ったパターンが明確に説明され、1話での振る舞いの「答え合わせ」までされた東くんです。東くんは、母に認められたい。というよりは、見捨てられたくない。本当は母そのものに見捨てられたくないが、母の代わりに部分的に母に似た他人でもいい。いや、本当はもちろん良くはないが、母に似た他人で埋めたい。そして、母から完璧を求められ続けた事により、いびつな形で完璧を求めようとする傾向がある。兄が完璧だった事で、完璧に対する執着に拍車がかかっている。母が「劣ったもの」「完璧でないもの」に対して向ける態度を部分的に学習していて、自分より明らかに劣ったものかつ自分が認められたい訳でもない対象については明らかに見下して嫌悪感のある態度をとる。物事をそのような枠の中で見る傾向が強い。
タコピーに殺害されてしまったまりなちゃん。まりなちゃんは、母がおかしくなってしまった事によって、その原因である「父をたぶらかした女」の子供=しずかちゃんを極端に敵視している。必ずしもしずかちゃんにダメージを与えることで自分が救われる訳ではなく、本当は単純に昔の父と母に戻ってきてほしいのだが、しずかちゃんに徹底的にダメージを与えるような手法しか接し方を知らない。母がまりなちゃんに対して取る支配的なアプローチを知っていて、自分もそれによってクラスに"キングダム"を築いていて、世間的に周囲を味方につける術もある程度理解している。
しずかちゃんは、ある意味で非常に現実的で、ほとんどの物に対して執着を示さない。おそらくは学習性無力感などもあって、自分自身で積極的に行動して物事を変えようという事はほとんどないが、例外的に今の自分の生きる意味であるところのチャッピーに対してだけは執着がある。犬のチャッピーが生きる全てであって、チャッピーを失う事は生きる執着/希望を失う事に等しく、実際に自殺までする。自分が様々な場面で適当に扱われてきた事もあって、道徳的な善悪の観念もあまりなく、事実だけがそこにあるタイプ。ある意味では自分の事しか考えていないが、自分が特別という事でもなくニヒルに近い。事実認識が正確で行動が感情によって歪まず、かつ善悪で考える事もないので、「障害を最短ルートで除去する」ような直球かつ短絡的な考え方をし、実際に行動する場合もある。自殺が遂行できてしまったり、自分の目的のために東くんに自首を勧めたりする。

そしてタコピーは…しずかちゃんの自殺を止め、笑顔にしたかった。

このような行動原理や思いが、物語を進める根本的な原動力になっていますが、この思いが"うまく噛み合う"事によってどんどん自体が悪い方向に進んで行きます。
しずかちゃんをハッピーにしようとしたタコピーは、結果的に自殺のための道具をしずかちゃんに与えてしまいました。これは、しずかちゃんの思いを理解せずにタコピーがその思いから取った行動が"噛み合った"結果でした。
その後、しずかちゃんの自殺を止めてまりなちゃんと"仲直り"させてハッピーにしたかったタコピーは、勢い余ってまりなちゃんを殺してしまいました。これはただのアクシデントなので、その本質は心理的なメカニズムではありません。
しかし、それを目撃した東くんを動かしているメカニズムは、上に述べたような行動原理であって、アクシデントではありませんでした。承認されたい東くんは、自分の母とどことなく似ているしずかちゃんに承認を求め、転落していくのです。その転落に進む根本的な原動力は、チャッピーを求めるしずかちゃんの強い思いです。しずかちゃんの思いが、具体的にどのように行動として現れて、東くんに作用して、東くんが道を誤っていくのか。あるいは、タコピーがどう誤っていくのか。このメカニズムの描写は、見事としか言いようがありません。
それぞれの登場人物の思いがどこにあって、それがどう噛み合って、最悪の結果が生まれていくのか。9話までは、とにかくそれが丁寧に描かれています。
ワンピースで言えば、海賊王になりたいというルフィの気持ちこそ強く示されますが、「なぜ海賊王なのか」「なぜ自分がなりたいのか」という根本の部分はまだ描写されていません。「海賊王になってやりたいこと」があるという事はずっと示唆されていて、それこそがシャンクスやレイリーなどの重要人物がルフィを支援する理由になっている事も示唆されていますが、ルフィがどういう生育環境にあってその行動原理に至ったのか、という事が極端に明示されている訳ではありません(過去のストーリーや、ルフィを育ててくれた人との関係性、どうやって育ったかについての描写はあるにしても)。これは、原動力/エンジンは存在していても、エンジン自体の構造にブラックボックスがあるという事です。
もちろん、現実には接触する多くの人の心の作られ方はブラックボックス的なものであって、物語自体が成立する上でその明示が必要なわけではありません。しかし、この明示の仕方がやたら丁寧で、教科書のようにすら見えます。

救いはないのか? - 私の考えるタコピーの救済

さて、このタコピーに救いはないのでしょうか?
私は、「道徳的にはそれなりには救いがある」あるいは「完全な救いではなくても、ある程度は腑に落ちるような結末がある」と信じています。必ずしもまりなちゃんが助からないとしても。
その理由は2つあって、1つは単にどうにもならない現実の問題提起をして終わるよりも、この状態からハッピーな状態になったほうが明らかにジェットコースター的なテンションを楽しむマンガとして純粋に面白いこと。
もう1つは、過激なストーリーによって叙述トリック的な意味で惑わされるが、実際に起こっている事そのものはシンプルであるということ。このシンプルさについて、具体的に説明をします。

根本的に、誰の責任なのか

まりなちゃんはタコピーに撲殺されました。
これは、誰の責任なのでしょうか?
この質問には、道徳的な意味で答えたり、法的な意味で答えたりすることができます。しかし、道徳的な意味での回答は、非常に難しいです。単純に撲殺したタコピーが悪いでは済まず、まりなちゃんの死を願うことに近い感情を持っていたしずかちゃんが悪いのかもしれないし、少なくとも直接的には何も悪いことをしていなかったしずかちゃんに危害を加え続けたまりなちゃんの自業自得なのかもしれないし、まりなちゃんがそうなるようにした父母の責任かもしれないし、まりなちゃんの父にドハマリされているしずかちゃんの母なのかもしれないし…という事を考える事ができます。必ずしも道徳的な意味でなくても、このような事態を避けるには…という考え方をするときにも、この事態を引き起こした構造について悩んでしまいます。
しかし、法的に責任を持つのが誰なのかは明らかです。タコピー、またはタコピーに責任能力が無いならば野生動物に襲われたのと同じレベルの事故でだれも責任がありません。何を言っているのか、という方もいると思いますので、作中の世界観の中でもう少し詳しく説明をします。

保健所とチャッピーとタコピー

まりなちゃんがしずかちゃんの関係者によって被害を受けるのは、タコピーが初めてではありません。チャッピーが噛み付いているのですね。そしてチャッピーは保健所に連れて行かれ、東京の父の元に連れて行かれたのか、処分をされたのか、そういった事になりました。
1話冒頭のタコピーの語りに戻ると、じつはタコピーは保健所に連れて行かれそうになっていました。つまり、タコピーは物語の中では保健所に連れて行かれる動物として認識されているわけですね。
タコピーには人語を解する能力があり、また一定の知的能力もあるので少し認識が狂わされる部分もありますが、タコピーは一般には動物として認識されるような対象なのです。
そのタコピーが、しずかちゃんが命令をした訳でもないのにいきなり飛び出して、まりなちゃんを殺した。実際に起こったのはそういう事であって、それをそのままニュートラルに考えれば、しずかちゃんは仮に重要参考人にはなったとしても、本質的に犯人ではないのです。事件が起こるまで、指示どころか、殺害意図を教唆することすらしていないので。(もちろん、すぐに重要参考人でなくなったか?取り調べを適切に切り抜けられたか?といった事は別ですが。)

問題を創造した東くん

その事実をややこしくしたのは、実は東くんの固定観念と発言なんですね。つまり、東くんはしずかちゃんに「魔法だろうがなんだろうが 殺人は殺人だよ 久世さんは 少年院に入ることになると思う」と言っているのですが、実際には飼い犬のチャッピーが噛み付いた時にもしずかちゃん本人の重大な責任問題にはなっていないので、「宇宙人がやりました」は動物の行動と解されて十分通用した可能性もあり、また少なくとも事実に即した正しい証言ではありました。
これは叙述トリック的で、タコピーは元々保健所に追いかけられるような存在であって、またしずかちゃん自身は何もしていないにも関わらず、「しずかちゃんが殺害したと解釈される事は避け得ない」ということを、作中のしずかちゃんのみならず読者にも印象づける事になりました。
しずかちゃんは、この必ずしも正しいとは言えない解釈に基づいて、事態の回避策としてどのような理屈があるかを東くんに尋ね、東くんが提案した内容を採用する判断をして、2人と1匹で死体を遺棄しました。死体を遺棄しているという事は、まあ悪いことですが、それは根本的な問題ではないです。問題が無いところに、東くんが問題を作り込んでしまったという側面もある訳ですね。

考えればわかったはずのタコピーと救い

チャッピーが噛んで保健所に連れて行かれたという事実を踏まえて考えていれば、実はタコピー本人には本来どうするべきかがもっと早くわかったはずでした。少なくとも、実際に殺すという事をしたのはタコピーだし、殺すよりもずっと浅い傷を追わせたチャッピーが保健所に連れて行かれるのならば、本来はタコピーが単純に"自首"すべきだったのです。
ただ、東くんの強い言葉で思考停止したり、そもそものイレギュラーな事態で思考停止したり、元々善悪に関する概念が足りていないタコピーにそれを求めるのも難しかったのかもしれません。
しかし、7話の時点でタコピーは自分がした事の"意味"を理解して、「考えるんだ」と思っていました。もう事実関係をシンプルに理解するための道は開けていて、そこに"救い"があると私は思っています。まりなちゃんは、ハッピー星の叡智を持ってしてもどうにもならないかもしれませんが、タコピーが全てを理解した時に本当に救われるという可能性もあるのかなと思っています。多分、なぜタコピーがハッピー星に戻れないのか、という事とも関係しているはずなので。

実力者の描く、心のつくる物語の教科書として

力のある絵で、必ずしも多くはない言葉で、登場人物の心とメカニズムを丁寧に描き、家庭環境的な問題や罪や贖罪を描く。
ある種のモデル的なものであって、現実と比べればまだまだ歪な部分もところどころあると思いますが、私はそれでも教科書のような作品であると思います。このような作品にいま出会えた事に、とても感謝しています。
ここに書いた考察が正しくても、裏切られたとしても、どちらにしても面白い世界が待っているのだろうなと確信しています。とにかく、面白い。
他にもドラえもんオマージュとか、語り尽くせぬことはいくらもあると思いますが、この辺で。ハッピーエンド派の私は、完全ではないにしても何らかの救いが与えられると期待して、筆を置くことにします。

なお、トップ画像は作者のtwitterより。タコピー。

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