さちうすのクイズメモ#2『小京都多すぎ問題①』~全国京都会議・東日本編~

はじめに

座学をのんびりしていたらこのような問題に突き当たった。

問題:歴史ある武家屋敷が多く残り「みちのくの小京都」と呼ばれる、秋田県仙北市の地域はどこでしょう?
答え:角館(かくのだて)

abc the 21st 通常ラウンド使用 早押し問題#377

角館は『アタック25Next』で獲得したクルーズ旅行の際、秋田への寄港で行こうか迷った(が、距離が遠くて断念した)土地である。この問題文を見て、気になった事がある。

「小京都」多すぎないか?

自分の中で「小京都」と言えば高山市(岐阜県)である。しかし、金沢市(石川県)に行った際にも「小京都」の文字を見た記憶がある。ネットで調べるとどうやら「全国京都会議」なる団体が存在しており加盟自治体の多くが「小京都」を名乗っているらしい。加えて、それ以外にも「小京都」を名乗る自治体も多く存在するとのこと。

ならば、この際にクイズでも多く扱われるであろう「小京都」をまとめて攻略しようではないか。今回の記事のコンセプトはこれである。

「小京都」の定義

まず、小京都とは何なのか。コトバンクを用いて検索するとこのように記載されている。

しょう‐きょうと〔セウキヤウト〕【小京都】
京都に類似した特色をもつ地方の小都市。多くは山に囲まれていて、寺社、特に五重塔があり、地域の中央を川が流れる。秋田県仙北市角館地区、岐阜県高山市など。→小江戸

小学館/デジタル大辞泉

先程挙げた角館と高山が両方登場している。これの説明によると、「山に囲まれ、地域の中央に川が流れ、寺社(特に五重塔)が存在する地方都市」が一般的な小京都の条件を満たしているらしい。しかし、後述する「全国京都会議」においては小京都の条件として

  • 京都に似た自然と景観

  • 京都との歴史的なつながり

  • 伝統的な産業や芸能があること

のうち1つ以上を満たすことが求められている。ざっくりし過ぎである。

一般に小京都という概念は室町時代に応仁の乱により荒廃した京都から脱出した貴族が地方に京都に似た景観を求めて作った、いわゆる「都写し」に端を発するとされている。こうした背景が見られる都市としては山口(山口県)、中村(高知県)、一乗谷(福井県)、高山などが挙げられる。「小京都」という言葉についての初出は明らかではないが、戦前の地誌や旅行案内で散見されるものがこの嚆矢とされ、昭和20~30年代にこの語が広く用いられるようになり一般に定着したと考えられている(内田, 2015)。内田の考察ではここにおいて小京都の定義が多様化し、前述の狭義の小京都に加え、明治以降発展しなかった地方の近世城下町や古い景観を残している地方の小都市がこれに含まれるとしている。

全国京都会議に所属する「小京都」

今回はまず、現在全国京都会議に加盟している自治体を対象に取り扱っていくこととする。いやそもそも、「全国京都会議」て何?

全国京都会議とは

全国京都会議は1985(昭和60)年5月、全国の「小京都」と呼ばれる26市町村と京都市が参加して結成されたもので、1988(昭和63)年の第4回総会において前述の3箇条が加入条件に制定された。加盟自治体は1999年に56まで増加したもののその後は減少の一途をたどり、2023年末現在38である。脱退の理由は様々なものが挙げられるが多いものとしては「小京都」というブランドイメージに頼らない地域の独自性の確立を目指した、というのが挙げられる。1970年以降に「小京都」が全国各地に乱立した結果、「古い景観」や「地方の城下町」と言ったイメージだけが先行し没個性化してしまうきらいがあり、そこを脱却する目的があるとの指摘がある(小林, 2017)。実際、上記に挙がっている高山やかつて「小京都」と呼ばれていた金沢(石川県)は脱退している。極端な例では湯河原(神奈川県)のように「小京都」を観光PRに使用しないという方針を策定した自治体まである。
現在加盟している自治体の中にも「小京都」を積極的にPRしていないと思われる事例もある。以下、各論で紹介していこう。
なお公式HPで「◯◯の小京都」と明記されているもののみ太字で言及する。

東北地方

岩出山(宮城県)
伊達な小京都」の異名を取る、大崎市岩出山。伊達政宗が青年時代を過ごした岩出山城の城下町として栄えており、江戸時代の藩主が京都冷泉家より妻を迎えたため京都文化の名残が見られる。伝統工芸品のしの竹細工も有名である。毎年11月には色鮮やかな熱気球が空を舞う「大崎バルーンフェスティバル」でも賑わう。
※なぜかwikipediaでは「奥州の小京都」と記載があるが、googleで検索しても岩出山は出てこない。

村田(宮城県)
みちのくの宮城の小京都」の異名を取る、柴田郡村田町。宮城県南部の紅花取引は村田を中心に行われ、中心街にはなまこ壁の「店蔵(たなぐら)」が軒を連ねる古い町並みが残っている。モータースポーツ界では鈴鹿と並び有名な「スポーツランドSUGO」も有している。
※なぜかwikipediaでは「陸前の小京都」「宮城の小京都」と記載があるが、googleで検索しても村田は出てこない。

角館(秋田県)
みちのくの小京都」の異名を取る、仙北市角館。佐竹北家の城下町として伝統的な武家屋敷が残る。2代・義明(よしはる)の正室が京都より輿入れの際に持参した桜が始まりとされるシダレザクラの並木も有名である。

いきなり村田の「みちのくの宮城の小京都」と呼称が近いがこんなことでへこたれてはいられない。
※なぜかwikipediaでは「羽州の小京都」と記載があるが、googleで検索しても角館は(ry

湯沢(秋田県)
こちらは佐竹南家の城下町として栄えた、湯沢市。冬の犬っこまつり、夏の七夕絵どうろうまつりなど数多くの伝統的なまつりが有名である。

とうとう「◯◯の小京都」というキャッチフレーズすら存在しなくなってしまった。まだ4つ目である。
※なぜかwikipediaでは「羽後の小京都」と記載があるが、googleで検索しても(ry

棚倉(福島県)
東北の小京都」とされる、東白川郡棚倉町。都々古別三社の馬場都々古別神社(陸奥一宮)八槻都々古別神社(奥州一宮)が有名である。歴史的には立花宗茂が一時藩主を務めたことでも知られる。

大上段に構えたものの、「たなぐら」よりも東北知名度No.1の「角館」が検索の6-7割を占める悲しさ。
※なぜかwikipediaでは「石背の小京都」「岩代の小京都」と(ry

関東甲信越地方

栃木(栃木県)
関東の小京都」とも呼ばれる栃木市は、日光例幣使街道の宿場町、そして商人町として見世蔵や土蔵が立ち並ぶ景観で有名だ。また、公害対策で設計された人工の湿地帯・渡良瀬遊水地も所在する。「小江戸」「関東の倉敷」などの別名でも知られている。

これまたとんでもないビッグマウスな上に、「小江戸」「関東の倉敷」と情報の渋滞がすごい。ただし、「関東の小京都」とgoogle検索しても栃木市は出てこない。

足利(栃木県)
東の小京都」とも呼ばれる足利市は、足利氏発祥の地としても知られ、フランシスコ・ザビエルにも讃えられた足利学校の史跡が存在するなど、歴史と伝統にあふれている。巨大な藤棚や日本三大イルミネーションの1つが行われることでも知られるあしかがフラワーパークも見どころの一つだ。

ネームバリュー抜群の足利市。久しぶりに検索できちんと引っかかる「小京都」が登場した。ちなみに「東の京都」「坂東の京都」という別名もある。
もう小京都じゃないじゃん。

佐野(栃木県)
自然と歴史、人情とロマンの小京都」をうたう佐野市は、豊かな自然に囲まれ、日光例幣使街道の宿場町としても栄えた。

とうとう属性勝負を仕掛ける小京都が登場した。残念ながら自然と歴史は大体の小京都が持っているため、実質人情とロマンで勝負する必要がある。日光例幣使街道の宿場町は栃木とのキャラかぶりである。
田中正造旧宅の存在やご当地キャラの「さのまる」がPRの鍵となりそうだ。
ちなみに上記のワードで検索してもほとんど佐野市は出てこない。
※なwiki「下野の小京都」(ry

小川(埼玉県)
武蔵の小京都」とも呼ばれる比企郡小川町。秩父の山に囲まれた盆地という地形と伝統工芸品の和紙が特に有名である。

関東に2つしかない「市に隣接しない自治体」という謎にレアな属性を持つ。ちゃんとgoogle検索でも出てくるあたり、認知度が高いようだ。
スーパーマーケット「ヤオコー」や衣料品店「しまむら」発祥の地というのもポイント。

嵐山(埼玉県)
京都嵐山に似た景観であることから本多静六氏に激賞された比企郡嵐山(らんざん)町。畠山重忠の居館だった菅谷館跡や嵐山渓谷で知られる。

「小京都」関係なくなっちゃった。しかし、この命名規則は「小京都」に通じるものがある。ちなみにwikipediaの「嵐山町」の項目には「『武蔵の小京都』と称され、」という事実誤認が書かれている。それは隣町だ。
「武蔵の小京都」に隣接している「武蔵嵐山」というのも高得点である。

古河(茨城県)
古河公方館跡がある古河総合公園を中心に、歴史文化を伝える施設が多く残る。歴史作家の永井路子氏が幼少期を過ごした旧宅が記念館として残されている。

※なぜかwikipediaでは「関東の小京都」と書かれている。それ栃木のやつー!なお検索(ry

加茂(新潟県)
北越の小京都」を称する加茂市。三方を山に囲まれた街中を加茂川が流れ、そもそもの市名も京都賀茂神社に由来する、由緒正しい小京都と言える。加茂山公園が「雪椿」の群生林で知られる他、特産品の「桐タンス」も有名である。

嵐山町に引き続き名前も完璧なパターンの小京都。「北越の小京都」のキーフレーズもしっかり浸透している。
※wikipediaでは「越後の小京都」とも書かれているが、珍しくこちらでもちゃんと引っかかってくる。偉い。
ただ、「関東甲信越」にする意味あった?

中部地方

城端(富山県)
越中の小京都」と呼ばれる南砺市城端は浄土真宗の善徳寺の寺内町として栄え、絹織物の産地として知られる。曳山祭り、城端むぎや祭など年中行事も盛んである。

P.A.WORKSの本社があることでアニメファンにも抜群の知名度を誇る城端。同社が手掛けた「true tears」では城端の町並みが描かれ、むぎや祭りをモデルとした踊りも登場した。こちらも検索でしっかり引っかかってくる古くからの「小京都」である。

郡上八幡(岐阜県)
「おどりのまち・水のまち」として広く親しまれる郡上市八幡。岐阜県のほぼ中央に位置し町の中心部を清流・吉田川が流れる。日本三大民踊の一つ「郡上おどり」は徹夜踊りでも知られる。

小京都のブランド力に頼る必要を一切感じない岐阜県最強観光スポットの1つである。wikipediaでは「奥美濃の小京都」のフレーズが掲載され、実際に検索でも出てくる。公式フレーズがなく俗称がちゃんと出てくる珍しいパターンである。

森(静岡県)
遠州の小京都」を掲げる周智郡森町。江戸時代には宿場町、「古着の町」として大いに栄え、地理学者の志賀重昂(しが・しげたか)が大正12年に森町を訪れた際には小京都と激賞したと伝わっている。

志賀重昂はクイズプレイヤー的には「日本ライン」「恵那峡」の命名者雑誌「日本人」の創刊に関わった人物としても覚えておきたい。全国京都会議の森町HPでは「武藤形部(筆者注:原文ママ、武藤刑部氏定)」や「近江守昌長(筆者注:二俣(横地)昌長」と言ったマイナーを通り越した無名武将についてさらっと記述しており地元愛の高さがうかがえる。

西尾(愛知県)
抹茶の薫る城下町、を掲げる西尾市。大給松平氏の城下町として栄え、西尾茶の他、花卉類の栽培でも有名だ。wikipediaでは「三河の小京都」のフレーズが掲載され、実際に検索でも出てくる。

さて、このまま続けても良いのだがすでに文字数が5000字に垂んとしている。全体は20000字に届く対策の予感がする。ので、続きは次の回に持ち越そうと思う。

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