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Home & Away

先日、とある方の出版1周年記念パーティに参加してきました。

たまたまWebでイベントの告知を知ったのがキッカケ。

主催者の方々は全く存じ上げず、知り合いと行かずまったくの一人での参加。馴染みのない地域にひとりふらふら行くのはそれなりに勇気が要りましたが、それもまたいいかなと思い申し込みました。

当日会場は30〜40人くらいの人が集いましたが、やはりと言うか、当然誰も知らない方々。。

既にお知り合いの方が多いようで「お久しぶりです!」との挨拶から会話の輪が広がっていく。

自分は後ろのテーブルでキッカケがつかめず、ぽつんと立っているまま。

「こういうのが『アウェイ感』というんだろうなあ」と居心地の悪さを感じつつ開演を待っていました。

とは言え、キョロキョロ見回すと、私と同じように所在なげに立っている男性2名がいらっしゃり、我慢できずに「こんにちは」と自分の名前を名乗り、

「このパーティ、私は誰も知り合いがいないんですよ。何かアウェイな感じでして。。〇〇さん(名札を見て)はどんな繋がりでいらっしゃったのですか?」

(男性)「私も主催者のひとりの◯◯さんしか存じ上げず、あとの方は知らないんですよ。。」

なんだかものすごく新近感がわき、「うわーよかった!お互いアウェイですね〜」とお互い笑顔になりつつその後の会話が弾みました。

とは言えパーティも進み、お互い知り合うセッションもあり、その後は様々な方とお話しでき楽しい時間となりました。

今回このようなイベントに参加してみて、たまには「アウェイな場」、「居心地の悪い環境」、という所に飛び込むのもありだなあと思いました。

いつも同じメンバー、同じ場で関係性ができていて馴染みのある環境から、相手がどんな方か分からない、馴染みのない地域へ。

そんな「場」では、自分でなんとか居心地のいい環境をつくっていかなきゃ行けない。

相手がどんな方かを知り、自分が何者で何を志向しているのか短時間で知ってもらわないといけない。

結構自分の頭や感覚をフル回転してる感じと、ほどよい緊張感を久しぶりに味わいました。

そいう観点で言えば、ともすればホームに入り浸り、居心地のいい生活だけでなく、ホーム&アウェイの「アウェイ」を意識した生活が大事だなあと実感しました。

ふと、「居心地」のワードで本を探してみると
「居心地のいい部屋」
「居心地のいい家」
「居心地のいい家具」
「居心地のいい旅」、、
と「居心地の良さ」がテーマなことがほとんど。

たしかに、わざわざ「居心地の悪い部屋特集」とか、「居心地の悪い旅を求めて」、、なんて本、誰も読まないなあ、、と思いました。

と思いつつ、、「居心地の悪さ」のタイトルが付いている本を発見しました。

著者は、現在フランスのトゥールーズ第一大学客員教授。
20代終わりから10年以上海外での生活を繰り返し、米国を皮切りに
現在のフランスで5か国目の海外生活を送られている。

本書は、子供を持つ親に対して、ますますグローバル化が進み、日本の地位が低下していく傾向の中、「わが子の生存確率を高めるために親がやるべきことは」という観点で書かれています。

この本を書いた理由は、自分のお子さんが「開いた社会」に向かってほしいと思う読者に向けて、どのようにすれば、お子さんは、今の「閉じた日本社会」からグローバルな観点での「開いた社会」に向かえるかをお伝えしたいからです。

(同書P7)

著者は長年の海外生活で異文化に触れることで「テクノロジー革新と融合したグローバル化」により社会が開かれたことで、革新力、活力、包摂力が生まれ、良い意味での競争精神が発揮されることを志向しています。

この本の中で、「『居心地の悪い』環境にあえて身を置いてみる」という章(P90)があります。

小さい時から海外でのサマーキャンプへの参加等、日本語が通じず、日本では当たり前の前提が通じない環境い身を置くことが重要と主張されています。

まずは、「先が読めない」という状況に慣れること、その中え、諦めや手探りではなく、最大限のリスクコントロールを行うこと、そして、その結果つまづいたとしても、タダでは起きないという精神的たくましさと知的柔軟性をすこしずす鍛えるということです。
それには、居心地の良い環境を離れ、新たな環境、つまり、居心地の悪い環境にあえて身を置く意志と勇気が必要になります。

(同書p93)

本書は子供のグローバル社会での生き残り戦略を語りつつ、大人に対しての厳しいフィードバックの書のうようにも感じました。

ホームから離れて、折に触れてアウェイでの動き方の感覚を磨く必要を痛感しました。

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