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それでもボクはまたバスに乗る。映画「真夜中のカーボーイ」

いままで観てきた映画の中で、自分的に「座右に置いておきたい映画」を少しずつ紹介していくコーナーです。


原題は『Midnight Cowboy』。
邦題は『真夜中のカーボーイ』。

いやいやいや、それじゃ「Carboy」になっちゃうよ。「カーボーイ」ではなくて「カウボーイ」だろうよ!

っていう邦題への文句はさておき。
この映画、予告編でジョン・ボイトとダスティン・ホフマンの表情を見るだけではらはらと泣けてきてしまう。


これ、いわゆるアメリカン・ニューシネマの中で、個人的に『明日に向かって撃て!』『俺たちに明日はない』と並んで大好きな映画なんだけど、毎回やけに泣かされるし落ち込みもするので、実はあんまりくり返し観ない映画でもある。


アメリカン・ニューシネマ、って言ってもいまやわからない人も多いかな。

1960年代後半までのハリウッド大作主義(ハッピーエンドが中心、予算膨大、大スターを揃えたキャスト、ヒーローやヒロインがいる)に対して起こったアメリカ映画の新しい風のこと(ちなみにアメリカン・ニューシネマの終焉は72年の『ゴッドファーザー』だと言われている)。

ハッピーエンドではなく、ヒーローやヒロインもおらず、お金もかけず、大スターも使わない。
そしてアメリカの恥部と衰退を扱った作品が多い。セックス、麻薬、貧困、差別、暴力・・・。

そういう意味でこの『真夜中のカーボーイ』は、アメリカン・ニューシネマの典型的作品だ。アンチヒーロー映画であり、アンチハッピーエンド映画でもある。

しかもこの映画、イギリス人のジョン・シュレシンジャー監督が撮っている(彼にとってこれがアメリカ映画進出第一作)。

そういう意味で、この映画は、イギリス人の冷めた目で見た「アメリカン・ドリームの裏側」であり「アメリカの病んだ部分」でもあるわけだ。

だからわりと容赦ないんだよね。
アメリカン・ドリームとか甘いこと言ってんじゃないよ、現実を見ろよ現実を! Reality Bites! 現実はホラこんなに厳しいぞ!
そんな冷めた叫びが映画の根底に流れている気がする。

というか、アメリカン・ニューシネマは、ほとんどがアメリカ人監督だ。

アーサー・ペンにしても、マイク・ニコルズにしても、サム・ペキンパーにしても、デニス・ホッパージョージ・ロイ・ヒルロバート・アルトマンボブ・ラフェルソンウィリアム・フリードキンドン・シーゲルスタンリー・キューブリック・・・みんなアメリカ人だ。
(唯一、『ラスト・タンゴ・イン・パリ』をアメリカン・ニューシネマに入れるなら、ベルナルド・ベルトルッチ監督はイタリア人か)。

だから、映画のどこかに「そうは言ってもドリームは尊いよね」というポジが入っている気がするのだけど、(貴族とかがいる階級社会である)イギリス人ジョン・シュレシンジャー監督は、ことさら見方が厳しいな、と思う。


さて。
ボクはこの映画を見るたびに、「なりたかった自分」「なれるはずだった自分」に想いを馳せ、少し遠い目になる。

なりたかった自分。
なれるかもと夢見た自分。
なれたかもしれない自分。
なれるはずだった自分。

どうなんだろう?
あの頃の未来にボクらは立っているのかな?



ストーリーはこんな感じだ。

「なれるはずの自分」を夢見てニューヨークに出てきた主人公。
いままでいたテキサスでの満足しない生活。
嫌な思い出に追われ、「ここではないどこか」へ逃げてきた彼、ジョン・バック(ジョン・ボイト)。

ニューヨークは彼にとって、カウボーイのセックスアピールがもてまくるユートピアのはずだった・・・。

井の中の蛙でしかない田舎者の彼は、彼の大都会の冷たさ・醜さに散々傷つけられ、きっちり夢破れていくわけなんだけど、その途中で知り合ったのが、同じく大都会の底辺から這い上がれないラッツォ(ダスティン・ホフマン)。

そしてそこに同病相憐れむ的な小さな友情が生まれる。
ラッツォも「ここではないどこか」「なれるはずの自分」を夢見ているんだけど、結局ユートピアの夢に破れ、死んで行ってしまう・・・。

そしてジョン・バックはそこに自分の姿を重ね、「ここではないどこか」などない、「なれるはずの自分」なんてない、という現実に打ちのめされていく。



ラスト・シーン。

バスの窓に映るマイアミの景色を通して見えるラッツォの死に顔と、カウボーイ姿を捨てた今にも泣き出しそうなジョン・バック。マイアミの風景はガラスに映った偽りのユートピアでしかない。

夢なんかに永久に手が届かないであろう彼らの姿が象徴される名場面だ。
そしてこれは「アメリカン・ドリームの崩壊と喪失」を象徴している場面でもある。


そう、確かに彼らのドリームは浅く甘かった。
そして生まれながらの環境も、人はそう簡単に越えられない。

それをシュレシンジャー監督はものすごくシビアに描く。

他のアメリカン・ニューシネマは、主人公がたとえ虫けらみたいに死んだとしても、「それでも夢に正直に生きた清々しさ」が根底に感じられたりするのだけど、この映画はひたすら惨めだ。

そして、ジョン・バックは、この惨めさを一生抱えて生き続けないといけない。

ただ、だからこそ、この映画は「明日」を示す。
中途半端な自己憐憫を許さないゆえに、次への「勇気」を示す。

そう、ジョン・バックはきっともう一度バスに乗る。

もう、甘い夢やユートピアや「なりたかった自分」を乗り越えた、「なれる自分」をもった人間として。

だからボクも、もう一度バスに乗る。

「なりたかった自分」ではなく、「なれる自分」をしっかり探す。



ジョン・ヴォイトはもともと舞台役者らしい。
舞台『サウンド・オブ・ミュージック』でのロルフ役がブロードウェイ・デビューらしいんだけど、ずいぶんごついロルフだなぁw
この『真夜中のカーボーイ』でアカデミー主演男優賞にノミネート、ニューヨーク映画批評家賞を受賞。

この役、最初はマイケル・サラザンでほとんど決まっていたらしい。
ただ、サラザンのエージェンシーが出演料のつり上げにかかったおかげでプロデューサーが激怒し、ジョン・ヴォイトに変わったとか。ラッキーだったね、ジョン・ヴォイト。

その後78年の『帰郷』でアカデミー主演男優賞をもらっているし、とても好きな俳優なんだけど、意外とヒット作に恵まれていない。
というか、娘のアンジェリーナ・ジョリーのほうがずっと有名だ(唇がジョン・ヴォイトそっくり)。


ダスティン・ホフマンについては、まぁ説明するまでもないでしょう。
メイキングの中でインタビューがあるんだけど、ちょうどこの頃オフ・ブロードウェイで一人芝居をやっていたらしい。この映画の2年前、『卒業』で鮮烈なデビューをしたのに「全然食えなかった」らしいんだよね。

で、主演2作目がこの『真夜中のカーボーイ』。
『卒業』のイメージを完全に打ち破る汚れ役。163センチという背の高さながら異様な存在感を示した。個人的には、これが彼の演技としての最高傑作かもと思うくらい。

・・・ジョン・バックが女性専用のホテルに仕事を求めて入って行くとき、ラッツォはフロリダの夢想をするんだけど、その目つきの演技の凄さ。そしてバスに乗って死んで行く時の半開きの目のリアリティ。もちろんびっこをひきひき都会をさまよう貧乏神みたいな姿もスゴイ演技なんだけど。



作曲のジョン・バリーは007のテーマで有名だよね。

『野生のエルザ』『冬のライオン』『愛と哀しみの果て』で三度もアカデミー音楽賞を受賞しているけど、この『真夜中のカーボーイ」はそれらを上回る出来だと思う。

この映画の主題歌として取り上げられるのはニルソンの大名曲「うわさの男」で、もちろんそれも本当に好きなんだけど、ボクはジョン・バリーが作曲した主題曲の方が実は好き。名曲だもん、これ。

もの悲しいハーモニカにストリングスが絡んでくるその旋律はちょっと西部劇を感じさせながら、主人公たちの夢のゆくえを暗示するような倦怠に満ちている。


ちなみにこの映画、1969年のアカデミー作品賞・監督賞・脚本賞を取っている。
実は公開当時、この映画「成人指定」だったらしい。X-rated。
つまり、史上初の「アカデミー作品賞をとった成人映画」らしいよ。余談だけど。



ちなみに。

蛇足っぽくなるけど。
この映画を観たあと、しみじみ考えることがある。

ニューヨーク行きのバスは、今日も着く。
今日もまた、新たなジョン・バックが夢のユートピアに降りたつ。

大人になり、ニューヨークで暮らしている(だろう)ジョン・バックは、彼らをどう迎え入れるのだろうか。

答えはなかなか難しいのだけど、最近のテーマだったりするのである。



Midnight Cowboy

John Schlesinger
Dustin Hoffman, Jon Voight, Sylvia Miles, John McGiver, Brenda Vaccaro, Barnard Hughes

1969年製作/113 minutes

監督・・・・ ジョン・シュレシンジャー
製作・・・・ ジェローム・ヘルマン
脚本・・・・ ウォルド・ソルト
原作・・・・ ジェームズ・レオ・ハーリヒー
撮影・・・・ アダム・ホレンダー
音楽・・・・ ジョン・バリー
主題歌・・・ ニルソン
美術・・・・ ジョン・ロバート・ロイド
キャスト・・ ジョン・ボイト
       ダスティン・ホフマン
       ブレンダ・バッカロ
       シルビア・マイルス
       ジョン・マッギバー
       ジョーガン・ジョンソン




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