小説「モモコ」第2章〜2日目〜 【6話】

「碧玉会」と書いて「サファイアの会」と呼ぶらしい。

 名前を聞いただけで胡散臭さに鼻をつまんだのだが、これでもかなり大規模な組織らしく、全国各地に5万人以上の会員がいると、レンから説明を受けた。

 会場には想像以上にたくさんの人間が入っていた。レンに訊ねたところ、今日は全国から400人近くが参加しているらしい。もう開始時間が迫っているようで、ほとんどの人間が広いホールに均等に並べられたパイプ椅子に腰掛けていた。

 レンの案内に従って椅子に座る。しばらくするとぽっちゃり体型の小柄な男が壇上に現れた。全身を白いスーツに身を包んでいる。映画に出てくる中東の石油王を連想させるような、太っていて脂ぎった顔をしていた。

「わたしは、コスモ・コミュニケーターです」

 そんな耳を疑うような自己紹介から始まった、導師と呼ばれる男の講演は、第一部だけで40分間も続いた。

 レンが誰を真似ているのかすぐにわかるくらい、レンと話し方もそっくりだった。自己肯定、真実の自分、それを見つけるための宇宙との交流、導師がどうしてそのパワーを手に入れたのか、サファイアの目覚め……。

 少しずつ気分が悪くなってきた僕がふと周りを眺めると、さらにゾッとする光景が広がっていた。400人近く集まっている参加者の人々が一人残らず、ウンウンと大きく頷きながら目を見開いて聞き入っているのだ。メモ帳を開いて導師の言葉を記し続けている人も少なくなかった。

「ねえ、ルンバ」

 隣に座って黙って講演を聞いていたモモコが小さく囁いた。僕は頭を下げて耳元をモモコに近づける。

「あの導師って人、イタくないかしら?」

 思わず吹き出しそうになった。モモコが不思議そうな顔でこちらを見ている。どこか安堵した気持ちになった僕は、モモコに耳打ちした。

「ああ、モモコの感覚が正常だよ。どこかおかしい。あの導師って人も、ここにいる人たちも」

「ここにいる人たちっていうのは、わたしたちも?」

「そうだね、ある意味ではね」

「ふーん」

 納得したのかしないのか、モモコは無表情のまま前に向き直った。

 1時間近くの長い第二部まで講義が終わると、質疑応答タイムに移った。このあと10分間の休憩がある。その間にこっそりと抜け出してしまおうと僕は思った。

「質問は何かありますか?」

 進行役らしき女が言った。400人近くがあれだけ目を輝かせて話を聞いていながら、質疑応答に手を挙げたのは会場から10人ほどだけだった。

 正直、もっと大勢が手を挙げるのかと思っていたので、どこか興ざめした気分だった。この奇天烈な講演をこれだけ真剣に聞いておいて、それでいて何の疑問も浮かばないのか。この400人はいったいどんな心の闇を抱えているというのだろうか。

 3人だったか、4人だったか。小学生の絵日記のような中身のない感想ばかりが続いた。「とても感動しました、導師様のようになるにはどうしたらいいですか?」「サファイアの目覚めに至るためにはどうしたらいいのでしょうか?」

 質問のテンプレートを前もって共有していたのではないかと思うほど、示し合わせたように同じような中身で、それが僕の気分をさらに落ち込ませた。

「では、皆さん全員のお話を聞きたいところですが、そろそろ時間も迫っていますので、次を最後の質問をしたいと思います。どなたかいらっしゃいますか?」

「はいっ!」

 進行役の女性が言い終わるかどうかのところで、甲高い声が会場に響いた。

 手を挙げたのは、モモコだった。

 他にも手を挙げた参加者がチラホラ見かけられたが、誰もがモモコを目に止めると、譲るようにして手を下げていった。

「さあ、最後に質問にふさわしい、可愛らしい質問者が手を挙げてくれました。最初にお名前を教えてもらえますか?」 

 モモコは走り寄ってきたスタッフからマイクを受け取った。

「私はモモコです」

「モモコちゃん、勇気を出して手を挙げてくれてありがとう。こんなに大勢の前で手を挙げるのはさぞ勇気が必要だったことでしょう。皆さん、まずは勇気あるモモコちゃんに拍手を送りましょう」

 会場がどっと湧いて、400人の人間が拍手を始めた。会場が各々の右手と左手がぶつかり合う衝撃音に包まれる。

 大喝采を浴びているモモコは不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。

「それでは、モモコちゃん、質問をお願いします」

 進行役は場をなだめるようにゆっくりと言った。

「まず私の質問をする前に、導師の呼ばれているその方のお名前を聞きたいの。お名前は何といったかしら?」

 モモコは進行役に向かって訊ねた。

「あら、モモコちゃんは今日初めての参加なんですね。導師様、お願いします」

「モモコちゃん、質問をありがとう」

 導師はにこやかに話し出した。壇上でマイクを右手に持ち、何か声を発するたびに左手を大げさに動かしていた。

「わたしは、サファイアの会の創立者であり、皆さんを導く導師でもありますが、皆さんと同じ、一人の人間でもあります。わたしは神でもなければ、完璧な人間でもありません」

 導師は左手で弧を描くように振り回したり、空をつかむように握りしめたりしながら、ゆっくりともったいぶった話し方をしていた。

「一人の人間として、わたしにも名前があります。わたしがこの世に生を受けたときに、たった一人の大切な親からもらった大切な名前です。そう、わたしの親は母親一人。その名前には……」

「すいません、結論から話してもらえるかしら。わたしが聞いているのはあなたの名前です」

 モモコが導師の話を遮った。僕は心の中で「よくぞ言った」と賛辞する一方で、凍りついたような会場の雰囲気に身の危険を感じた。

「もういいです。本当の聞きたいのはあなたの名前じゃないもの」

 400人の参加者が睨みつけるようにモモコを凝視しているにもかかわらず、当の本人はそんなことを意にも介していないようだ。

「先ほどの導師様の話に、疑問点がたくさんありました。まず、コスモ・コミュニケーターという名前の由来ですが、宇宙からの声を聞く、という表現があったり、人々のコミュニケーションを円滑にする、という表現があったりと、まったく統一されていません。定義を教えてくださるかしら?」

「そして2点目は、宇宙からの声を聞く、という発言の意図です。宇宙とは物理学的に地球外の空間を指す場合もあれば、なんらかの秩序をもって存在する世界体系を指す場合、あるいは詩的に、森羅万象を総称して使う場合が考えられます」

「宇宙からの声を聞くというのは比喩的な言い回しかと思いますが、いったいどのような意味でしょうか。そして3点目ですが……」

 モモコは、まるで原稿を読み上げるかのように、滑らかに淡々と、導師の話した内容の矛盾点を突きつけていった。

〜つづく〜

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連載小説「モモコ」

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