小説「モモコ」第2章〜2日目〜 【8話】
モモコを見失ってから、2時間が経った。
探し回って歩き疲れた僕は、ゲストハウスの部屋に戻ってきていた。
セミナー会場にも戻り、建物のなかも付近も探したが、モモコは見当たらなかった。レンにも訊ねたが、ルンバたちが途中で帰ったことに機嫌を損ねたらしく、まともに相手をしてもらえなかった。
ただ一つ、エレベーターの近くでモモコのものであろう保険証が落ちているのを見つけた。ゲストハウスに泊まるときに店員に見せていたものだ。
《浦島桃子》と書かれている。苗字は浦島だったのか。
セミナー会場でモモコの質問に激怒していた碧玉会員たちの顔が浮かんだ。あのなかの誰かが誘拐したのではと疑ったが、証拠もなければ、確かめようもない。
部屋のベッドに腰掛け、モモコの保険証を眺めながら途方に暮れていると、急に後ろから話しかけられた。
「ねえ何? どうしたの、ルンバちゃん? 落ち込みすぎててウケるんですけど」
振り返らずとも誰だか把握できた。リリカだ。リアルなリカちゃん人形の顔をした整形女。だが、彼女の小馬鹿にした物言いに腹を立てる元気もなかった。
「あれ、妹のあの子は一緒じゃないの? あ、もしかして兄弟喧嘩?」
「そんな軽い話だったらいいんだけどね」
「え、何? わりとシリアスな感じ? わたしあの子が気になっているんだよね。わたしのことを褒めてくれたし」
リリカは僕の目の前まで歩いてきた。
「ねえ、仲直りの手伝いでもしようか?」
「喧嘩じゃないって言ってるだろ」
「じゃあ、何なのよ?」
「急にいなくなったんだよ。もしかしたらだけど、誘拐かもしれない」
急に顔色を変えたリリカが声のトーンを上げて話し出した。
「ちょっと、誘拐ってどういうこと? 警察は?」
「色々事情があるんだよ。警察に説明するなんて無理だ。もう放っておいてくれ」
僕が吐き捨てるように言うと、リリカはさらに声を荒げた。
「何それ? あんた、それでもあの子のお兄ちゃんなわけ? 事情がどうとか言ってないで、どんな手を使ってでも助けなさいよ!」
見ず知らずのリリカからここまで叱責されるとは思っていなかったので、僕は驚いて顔を上げた。
「どうしても警察には頼めないのね?」
リリカは屈み込むと、今度は声を潜めて言った。「ああ」と僕は頷いた。
「誘拐されたっていうのは本当なの?」
「たぶんね。でも何の確証もない」
「そう……」
リリカはしばらく考え込んでから口を開いた。
「わたしの知り合いに探偵がいるの。そこならたぶん手がかりを見つけてくれると思う」
思わぬ方向から手を差し伸べられたことに僕は驚く一方、なぜこの女がここまで親切にしてくれるのか疑問に思った。
「助けてくれるのはありがたいけど、どうしてそこまでしてくれるんだ?」
「さっき言ったでしょ?」
リリカは自分のベッドに戻ってバッグを手に取ると、ドアを開けて部屋が出ながら言った。
「あんなに純粋な目で『きれいね』だなんて言われたの、久し振りだったから」
僕は立ち去るリリカを見送るようにしばらく唖然としていたが、ふと我にかえると、慌てて後を追った。
〜つづく〜
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