【32歳・社宅管理人の日常】定年者同然の雇用形態と劣悪な労働環境。そして夜間待機業務の過酷さ。

 熟練した社会人経験と人柄、そして雇用主が悪印象を抱くことのない無難な職歴が人材として最も評価される管理人の仕事。私が従事する社宅管理人の職場もその例外ではなく、定年前後の人員を基本的に採用している事情もあって、雇用形態は三か月ごと更新の契約社員である。いつ何時どんな事情で働けなくなることがあるか分からない高齢の人材を扱っているのでそれも致し方ない。

 勤務形態はシフト制で、シフトは私を含めた管理人四人で回している。基本的には早番二日遅番二日の四連勤の後、夜勤明けから公休を二日間取得する六日間をワンサイクルとして延々ループさせることで成り立っている。
 
 一勤務辺りの内訳は、早番担当の日なら九時間拘束。休憩一時間を除いた八時間労働が基本である。
 業務内容は寮生の問い合わせや設備トラブル、入退寮者の対応、来訪者や業者対応の有無によって大分仕事量の差が出てしまうが、基本的には寮内の日常清掃と受付対応を行いながらの事務作業が主である。本当に何のトラブルもなく予定がない日なら実労働時間の内の六時間ぐらいは、管理室で椅子に座ってテレビを眺めたり本を読むなどの自由時間を過ごすことができる。
 
 一方遅番担当の日でも実労働時間は同じなのだが、AM0:00からAM6:00までの夜間待機時間が六時間追加されるため、合計十五時間もの長時間気を抜くことが許されぬ精神的に中々過酷な勤務体系である。

 AM0:00からスタートする夜間待機時間は管理室の裏にある『管理人室』と呼ばれる一室で早番担当が出社してくるまでの間、プライベートタイムを過ごすことが可能である。お風呂場や仮眠室も完備されているので入浴や仮眠を取って良い前提でこの室は作られている。
 だが、待機中に寮生の問い合わせや設備トラブルなどの緊急事が発生すれば、勿論即座に出動しなければならない状況のため、プライベートも入浴も仮眠も心行くまま堪能することは労働環境上非常に難しいというのが現実である。にもかかわらず、夜間待機時間一時間当たりの手当は、ワンコイン500円にも満たない額なのである。(時給でいうと一勤務六時間でせいぜい1.5時間労働分という法外の薄給。)
 
 他の管理人が夜間の待機時間をどのように過ごしているかを私は十全に知ることはできないが、本人たちから聞いたところによると突然の出動要請が発生する面倒さと心配を理由に朝まで寝ずの番を習慣にしている管理人もいれば、風呂には入らずテレビ番組をぼんやり眺めながら椅子に座ったままのうたた寝程度で済ましてしまう管理人もいる。
 私が新人のときに先輩管理人から聞かされた話ではあるが、過去に夜間待機時間はプライベートだからといってヘッドホンを装着してテレビゲームに熱中するのを日課としている管理人が居たらしい。ただの脅し話か誇張された話かは定かではないが、その管理人は社用携帯までもマナーモードにした状態でゲームに熱中していた為、寮生からの問い合わせを数時間に渡って無視し続けてしまった事で事態が大事に発展してしまったようで、それを理由に即刻クビにされてしまったらしい。
 
 先輩からの脅し話が上手く作用して、今でも連夜ビクビクと怯えながら勤務をしている私の場合
、寮生の呼び出しが多いAM1:00ぐらいまではほぼ確実に仕事着のままで起きている。入浴に至る際も玄関のインターフォンや管理人携帯に連絡が何の前触れもなく訪れるのが日常なので、まずは上半身だけ裸になってカラスの行水の素早さで髪だけを洗髪しているような有り様だ。その後は髪の水分をタオルで迅速に拭ってからようやく全裸になり、身体の方もシャワーで行水程度に浴びるだけに留めて終えるのがいつものルーティンである。(このやり方なら身体の水分を拭く時間が大幅に短縮できるため、着衣も合わせて一分以内には確実に出動ができるのだ。わしゃ消防隊員かと思わずツッコみたくなる。)
 
 そして、最後にようやくお待ちかねの仮眠はというと、なんと一時間毎にスマホのアラームで目を覚ますことが習慣となってしまっている。というのも、玄関自動ドア施錠後の夜間帯に寮生が唯一出入りできるのは玄関脇に設けられた静脈認証機能付きの手動扉のみとなっており、この出入りに関する対応が一番の原因である。この認証機は寮の築年数と同様に中々の年月を重ねているため、指紋認証の失敗や不作動が頻繁に発生してしまうのだ。こうして締め出しを食らった寮生からは確実に問い合わせが入る。すると管理人はわざわざ玄関まで出向いて解錠作業を行って寮生を中へ迎え入れなければならないのである。万全のセキュリティも本末転倒のなんとも原始的な手間を我々は毎夜のように強いられているのだ。

 しかしそれだけだったならまだマシな方で、一時間毎に目を覚ます必要もなかったであろう。実を言うと、大体週に数回ぐらいは泥酔状態て帰寮する寮生がおり、出入りの際手動ドアを開けっ放しの状態で自室まで帰ってしまうことがあるのだ。これが一番の原因となって、我々管理人は一時間置きにドアの施錠確認を行わざるを得ないのである。

 もし夜間帯にドアが開けっ放しになっていた場合、管理人は寮内に不審者が入り込んでしまった可能性を危惧しなければならなくなる。そうなると、まずは監視カメラの映像を遡り、その寮生が帰寮した時間を特定するところから始まり、更にそこから管理人がドア開けっ放しの異常を発見した時刻までの映像を焦点も定まらぬ眠たい目をこすりながら逐一確認する必要が生じてしまうのである。しかも監視カメラの映像を確認するためには、まず管理室のセキュリティ解除をする必要が生じる。なので、どれだけ早くても大体十五分程度の時間を必要としてしまうのだ。
 こんな時は、雇用主である派遣会社に夜間待機時間に生じた残業として申請することもできるにはできるのだが、そんなことをしようものなら現場の責任者には大体渋い顔をされ、嫌味交じりに一言「今後は残業をしないような業務努力をして下さい」と冷たく言われるのが常である。
 
 そんな状況に耐えかねた管理人が、そもそもの根本から変えてしまおうと静脈認証機の修理や、寮生それぞれに渡した鍵で開けて出入りができる扉に変えてしまうなどの改善案をいくつか提案したこともあるが、どの方法を選んでも必要経費が数十万円や数百万円掛かるとの見積もりが出てしまったらしく、本社総務課の寮担当者に何度問い合わせてみたところで「本年度は予算がもう無いので来年度予算が下りれば再検討します」と軽くいなされており、最初の提案をしてからだともうかれこれ数年近く経っているにも拘らず一向に改善される見込みがないようなのである。
 暖簾に腕押しとは正にこのことで、こうなってしまうと管理人は改善案や提案などを滅多なことでは発言しないようになり、たかがワンコイン程度の残業代を得るためにも派遣会社から嫌味を言われた末頭まで下げなければならないので、そんな精神的な苦を感じてまで打開を目指すよりも自ら進んでサービス残業をして、寮生が機嫌を損ねることがない程度の差し障りのないお説教と改善の要請をする程度に止めてその後は元々何事もなかったように振る舞うという、なんとも虚無感漂った行動を次第に選択するようになっていくのである。
 
 大分話が横道にそれてしまったが、上記のような寮の諸事情に加えて、長年住んでいる古参の寮生からの我がまま(「部屋にゴキブリが出たから退治しに来てくれ」だの「職場に部屋の鍵を忘れてきてしまったから開けてくれ」などの私情)や、大体深夜に勃発する寮生同士の喧嘩の仲裁(「夜中にコイツの部屋がうるさい」という些細なマナー違反から「コイツが俺の部屋のドアを蹴った」「いや蹴ってない」というしょうもないものまで日によって状況は様々)悪天候による停電や設備異常による発報、などなど数えきれないほどのイレギュラーが遅番勤務の際には発生する。加えて、遅番と早番の入れ替わり時の引継ぎやその他必要業務を早朝に行わなければならない。そのため、私自身にとってもサービス残業とはもはや切っても切り離せない必須事項となっているのが現状である。
 仕舞いには管理人が四人もいるせいで日々誰かと誰かが不仲で揉めているのが日常で、引継ぎ時や勤務中に管理人同士が罵声の浴びせ合いを突然はじめてしまうこともある。そんな時、私は彼らが殴り合いにまで発展してしまわないよう仲裁に勤めながら両者の怒りが静まるまで、ただただ無心で待つしかないのである。 

 このような様々な面倒事の板挟みを乗り越えて、ようやく社宅管理人の一日は終わる。そしてまた次の日も社宅管理人のサービス残業が尽きることはないのであった。あゝ無情。


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