【32歳・社宅管理人日記】31歳で社宅管理人に採用されるまで。

 全国展開されている大手お菓子メーカーの工場で日々従事するどこの馬の骨とも知れない派遣社員、期間工社員達。更には本社や工場のデスクワークを主とした企画、開発、営業などの細分化された所属課で勤める真っ当なサラリーマンである正社員達。そんな生まれ育ちもこれまで歩んできた道もまるで違うであろう多種多様な人間が、関東のとある社宅(寮)で常時70人ほどが寝食を共にしている。

 工場勤務者は北棟、デスク勤務者は南棟にときっちりと分けられているのは会社から寮生達へ向けたせめてもの計らいなのであろう。
 筆者である私は、そんな千差万別の人々が居住する『からくさハウス(仮名)』の管理人として日々従事している。
 
 実は本文を執筆している現在、私は勤務中の身なのだが、雇用主である派遣会社から「必要業務を終わらせて寮生からの問い合わせや設備異常などのトラブルが無い限りは、寮生や来訪者、寮管理をしている方々のクレームが入らない良識の範囲内でなら自由に過ごしてもよい」との許可を頂いている。
 
 そもそもマンションや寮などの施設を管理する管理人職というのは、定年を間近に控えた年配の人員の採用を好む傾向がどの業界どの業種にもある。

 私は三十一歳の時に前職であるマンション清掃員の仕事を辞めることを決意した。退職日を三か月後に控えた頃から、様々な企業の管理人募集の求人に応募したものだが、八割方は書類選考で不採用となり、何とか面接に辿り着けたとしても私よりも社会人経験も豊富な年配の応募者に競り負け続けてしまうという、なんとも惨無い数か月間を過ごす羽目になってしまった。

 現職の社宅管理人求人の面接を受けに行った際は、面接を担当してくれた派遣会社の所長さんに私がこれまで勤めてきたニッチな業界での社会経験がプラスに作用したようで「この仕事でいいの? ウチの社員にならない?」など有難いことを言って頂けたものの、拘束時間が正社員ほどは長くない職場でマイペースに働きたかったことに加え、「管理人職の現場での在職経験を積むことが今後の転職活動で活きるはずだ」と頑固に考えていたので、後日僅差で年配の応募者に競り負けて採用を見送る旨連絡された際に改めて社員にならないか誘われたものの「もう少し他社もあたってみます」と丁重にお断りをしてしまっていたのである。

 そんな私の頑固さが災いしてしまったのか、転職活動はその後も長く停滞し、退職日から更に三か月もの期間が無情にも経過してしまった。
 既婚者である手前さすがになりふり構っていられなくなりダメもとで選んだのはバイクで行うポスティングスタッフの求人で、電話口での採用というあっけなさで初回勤務日を伝えられた。

 希望の職種ではなかったため頭の中がモヤモヤして喜びも何も感じない心持ではあったが、これで何とか妻に合わせる顔もできたと、内心ほっとしていたのも事実であった。
 しかし採用を受けた一時間後に、以前不採用となった派遣会社から何の前触れもなく突然連絡が入ったのである。社員への勧誘を断った上に不採用を伝えられてからこれまた三か月が経過していた。

「以前、社宅管理人の面接を受けていただいた佐藤さんで間違いないですか?」

 私は社宅の現場責任者のNという人物から他人行儀に尋ねられ何事かと戸惑いつつ「はぁそうですが」と覇気なく答えた。

「実は佐藤さんが面接を受けた際に採用した管理人さんは早期に退職をしてしまいまして。来週までには後任者を探す求人を出す予定だったんですが、先日所長から「そういえば以前管理人職に就くのを切望している若い子が居たな」と佐藤さんの話を伝えられて、大変失礼な申し出かもしれないのですがもし現在も求職中のようでしたら一度職場の見学も兼ねてお話しだけでもできないかと思いまして」

 聞きながら、どうせ過酷な労働環境が災いして人員不足が生じた為に改めて社員にならないかと勧誘されるのだろうと先読みして、頭の中では差し障りない断りの言葉を考えていたものだから、思いもよらなかった突然の巧妙に反射的に大きな声が出てしまった。

「えーー、本当ですか? うわー、でもついさっき採用が決まってしまったんですよ。マジかー」

 うっかり失礼な口の利き方をしてしまったが、これによりNさんもかえってフランクに話しやすくなったようで、「え、ついさっきですか? えーそんなタッチの差みたいなこともあるんですね」と残念そうながらも少し笑い声も交えた関西弁の返答が返ってきた。

 結果、電話口で熟考の末に一度自分の中で天秤にかけたいという欲が出てきてしまった私は、派遣会社にも採用を頂いたポスティング会社にも嘘偽りなく伝えた上で、次の日に面談を兼ねた社宅の見学を行い、その日その場で念願の社宅管理人として従事することを即決したのである。

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