ヤンキー県知事異世界転生する(ライトノベルプロット)1

「スキャンダル」
無糖ゲージがプロレスラーを引退したことと、自分が窮地に立たされていることとは全く関係なかった。しかし、もうあきらめている。無糖ゲージには胸を熱くしていた。いろいろな顔を持ち合わせて、例えば超ヒール「グレーテストムーチョ」の毒霧については、それを東都ドームで生で観戦して、熱狂したほどだった。無糖は本当の男だったと思う。最後までレスラーであった。それに比べて自分の今のありさまは何だ。
県知事の不倫スキャンダルが、発覚したのが先週のことだった。週刊誌やテレビで連日報道された。完全なハニートラップであった。他県へ出張中、来客として接待される立場だった。促されるがまま入ったバーがいけなかった。胸のおおきな女が、突然横に座り、自分に腕をからませて、なにか誘うようなことを言った記憶があった。こういったことには自分は十分に気を付けていたのだ。今思えば、その時点で少し強めに腕を振り払えばよかったのだが、なんとか辞めるように口頭で注意しただけでだった。そのまま店を出て、自分が泊まっているビジネスホテルに向かってしまった。そのホテルの周辺には、ラブホテルやブティックホテルといった建物も並んでいた。自分の宿泊しているホテルの玄関口で私は、少し語気を高めて、「もういい加減にしなさい、わたしはあなたに興味はない、何もするつもりはない‼」とはっきり言い、腕を振りほどいたが、次の瞬間、女の方が自分に向かって強引にキスしようとした。
それを週刊誌のカメラがとらえたのだった。
もちろんそれ以上の関係も結んではいなかった。が、県民がそれを信じることは無い。日本全国で、連日放送され、対立する政党や議員、懇意の政治団体や、親族にしたっても、やれ説明責任だの、やれ女性の敵だのとまくし立てられるかたちとなってしまったのだった。ついには党や仲間の会派もがばいきれず、辞職を提案されるに至っている。

家族とも別居の状態であった。妻や娘たちにもマスコミが張り付いて、家を一歩でも出ようものならマイクをむけられてしまう。家族にとってももはや日常は帰ってこないかもしれなかった。
妻は平常、居丈高にふるまう女だった。政治家の妻としての務めを果たそうとしていた。そしてそんな日常を誇りに思っているといったふしさえあった。しかし、実際、ここまでの社会問題を突きつけられるといろいろな感情が湧いてくるのだろう。強気な態度はもうどこにもなく電話をしても無言の時間が続いたりした。

今は、かつてキャンプ場としてにぎわっていたが、廃業してしまった、森林公園内にアウトドア用の椅子に腰かけて、枝をみている。マスコミはうまく撒いた。カルロスゴーンのときのようなぬかりは自分にはなかったと思う。
友人がボロボロの軽ワゴンを用意してくれていたのだ。県庁前で囮を使い、出入り業者のふりをして、県庁をでることに成功していた。

政治家になる前は、よく家族でキャンプに出掛けていた。国会議員の私設秘書として政治の勉強をはじめた頃だった。妻とむすめが二人。家族はみなアウトドアを嫌がらず、むしろ自然を楽しむ感性を備えていたと思う。
議員秘書から、県議会の議員を経て、知事にまで成り上がった。むかしヤンチャして遊びまわっていたから、地元には友人も多く、皆が持ち上げてくれた。二十代までの若い頃は、喧嘩もしたし、酒も飲み歩いた。妙に地元の連帯意識が強いが、それがかえって選挙などには功を奏した。
元ヤンキー政治家ということで、マスコミも持ち上げてくれたのだった。きまってマスコミが放送する画像があって、それは単車の前で金属バットを肩に構えてガンをとばしている写真であった。たまたま地方創生ブームにあやかり、所属政党の躍進も後押しとなった。

いま、テントをたてて、その横で火をおこし、コーヒーをすすり、音楽をかける。ドボルザーク。心が落ち着いてくる。呼吸がゆっくりになっていくのがわかる。この心境にぴたりとはまる。
枝ぶりのいい木を探していた。もちろん自殺しようとしていたのだ。
腹がすいていた。硬いフランスパンを取り出した。一切れだけサバイバルナイフで切り分けた。それを軽くたき火であぶり、口にいれただけだった。
死亡した体からは穴という穴から、体液があふれだすという。糞尿は当然のこと、胃の内容物までもこぼれ出すことを想像する。食べ物や飲み物を極力減らそうと思う。死後のことまで考えていたのだ。
決行は夕方にする。それまで、音楽とともに静かに目を閉じ、深く呼吸する。反省もなにも無かった。家族の顔が浮かんだが、もう、娘たちも成人し間近である。今後生活していける十分な蓄えや、家や車といった資産も、負債を抱えずに所有していた。それに、生命保険も十分にかけてある。心配はなかった。
一つ希望があるとしたら、幼くして先に逝った息子のもとに行ける。そう考えると自殺を想像する苦しみが和らいでいくのだった。

少しうたたねしてしまったようだ。目を開ける。
「…ん、」少しの違和感に襲われる。
感覚的には一時間ほど眠ったとおもった。夕暮が近いと感じていたが、
陽の高さが正午に近かったのだ。「時計を読み違えたか…」
次の瞬間、ぎょっとした。座っている自分の前に、30人ほど、
土下座していたのだ。平伏といった方が感じがただしいか。
舌打ちがでた。「…チッ、マスコミか?、ん、しかし…」
様子が違っていた。目の前の地べたに頭をつけている人間たちは、
ボロボロの服だった。いや、衣服といえなかった。
頭もぼさぼさ、肌もうすぎたなく、靴も履いていなかった。
子どもがなきだした。「こ、こら…」と母親らしき人物が
子どもの頭を小突き、地面に押さえつけようとした。
知事から思わず声が出た「あ、おい、やめれ、手、おい…」
混乱して文章になっていない。母親が、手を放す。
この集団で一番、年上らしい、皺だらけの人間が前に進み出てきた。
唯一、かろうじて衣服と呼べるものを纏っているように見えた。
だが臭い。体臭がやばかった。目ヤニもひどい。
顔をそむけて、離れたいのをこらえた。
すると年寄りが「あ、あの、転生者さま、なにとぞ、なにとぞ…」
と話し始めた。…転生者? …陳情? 
知事はますます混乱していたが、年寄りはつづける
「森の奥にある洞窟にすむケンタウルスが隣村を破壊し尽くしたのが、先月のこと。この若い家族がそれを一部始終、目撃したのです。隣村の人間はほとんど皆殺しのありさまで。生き残ったのは、この泣いている子どもの一家だけなのです。ケンタウルスがこの村を見つけるのも時間の問題です。どうか、転生者さま、お願でございます。ケンタウルスを…ケンタウルスを…ゲホゲホ」
年寄りは陳情の途中で、嗚咽するみたいに声をつまらせた。
知事は驚いていてまだ状況がつかめていない。
ってかくせーし、髪あらえ、歯ーみがけとか思ったが答えることにした。
「まぁなんだ、言っていることがわからねぇ上に、ケンタとかなんとか、旨そうではある。おすそ分けなら謹んでお受けいたします。でもわたし、昼寝の途中なので、ここでごきげんよう」
話をさえぎるように、知事はまたすわりごこちのよいアウトドア用の椅子に座り目を閉じた。
すると、ぞろぞろと人の気配が迫ってくるのを感じた。腕を引っ張る者、手に触れる者もいる。
「おねげぇします。転生者さま、この村をこの村を」とか
「転生者さま、転生者さま、この子だけでも」とか
「どうかなんでもします。このとおりです」とか
「転生してきたんだから、助けてくれたっていいじゃねぇかバーカ」とか
「転生者さま、おねがいします、もう我々の村はおしまいなのです」とか
知事は「ん?…」と思った。「…バーカ」??っていったやついるな。
「おい、いま、おい、お前か、こら、おい、おら、おら」
手を伸ばして最大の握力で髪の毛を掴み、集団から引きずり出した。
さっきの年寄りだった。
「てめ、言うてることやってること、チャウンカイワレ」といって
したたかにゲンコツをくらわせてやった。
現知事による暴力事件といって取りあげられるところだろうが、
自分はもう自殺を考えている。こんなのどうでもいい。すると、
「長老、ふざけないでください」
「長老のせいで転生者さまの機嫌を損ねたらどうされるんですか」
「長老ー」「長老ー」と
長老は避難バッシングの嵐を他の人間からくらいシュンとなっている。
すると今度はさっきの泣いていた子供の父親らしい、みすぼらしいが、目に覇気があり比較的精悍な顔つきの若い男性が前に進み出て話し始めた。
「ケンタウルスはこの森林ではわれわれよりも上位の種族。この森林のおきてとして上位の種族には定期的に貢物をしなくてはならない。それは、森の恵みや、川の恵みでもいいのですが…ところがここ数年は不作で、貢物が出来ず、われわれも食うに困っていたのです」
「それだけで、ケンタなにがしが、村を破壊しつくす理由になるんかい? おー?」
「…いいえ」男は答えづらそうに話し続けた。「隣村の人間たちは貢物をしなくてもいいように、ケンタウロスの洞窟に忍び込み寝込みを襲い殺そうとしたのです。しかし、そこにいたのはケンタウロスの…三頭いるうちの一人の子ども…だったのです」
「お゛ーするとなにか? 隣村の馬鹿どもは、そのケンちゃんの子どもを殺したってか? え゛ーあ゛ーん。そりゃ親としてキレちまうのは当然なんじゃねぇかよ、ああん?」
「はい、完全にまちがった決断をしてしまいました。それはわたしの父親やおじの判断でした。ケンタウルスの怒りはすさまじく、おそらくこの森林にすむすべての人間を殺し尽くすでしょう。わたしたち一家もやっとの思いこの隣村にたどり着いたのです。」
そこに長老が口をはさんだ。
「仕方のない判断だったとわたしもおもうのです。全く馬鹿なことを、とも思いましたがね、…なんせ木の実も魚も、獣もどういうわけかこの森林からいなくなってしまったみたいになってしまったのです」
「だがね、それでケンちゃんの子どもを殺していい理由にはならんでしょうよ…」
転生者は、知事の顔になっていた。

【サングラスというアイテム】
突如、目の前に文字列が発生したときには県知事は、ひっくり返るくらい驚いた。「なんだこれは…」
自分の目元に手をやると、サングラスをかけていたのを思い出したが、しかし、「サングラスに小さな文字列…かわる…???」
右を向いたり左を向かなおったりしているうちに、文字列が変わっていくのだ。自分にもわかる言語ではある。日本語だ。しかし、突如現れては変わっていく文字列に脳が追いつかない。
ここは、一旦しっかりと目を閉じ呼吸を整えてから、もう一度サングラスの内側に映る文字列に向き合うことにした。
先ほどの、みすぼらしい服を着ているが精悍な顔をしている青年の方を向く。するとサングラスの内側には、また文字列があらわれた。
「記 出身:洞窟のある村 現:木々の繁る村に移住 名:アヌイ 
攻撃力:4 防御力:7 知力:15……」
知事は、「これは…個人情報…」と思った。やはり頭が整理されないうちに自分の膝に目を落とした。
「記 出身:福島県 現:木々の繁る村に移住 名:井筒義孝
攻撃力:17 防御力:8 知力:15 …」と文字列が瞬時にあらわれる。
井筒はようやく理解した。このサングラスは、それで見た人物の情報を瞬時に分析し、表示する機能を備えている。
しかし、このサングラスはどこかのデパートで衝動買いしたものだ。
百歩譲ってだ、気鋭のIT企業がこんなシステムを考案したとしても不思議ではない。現代の技術の最先端を自分は目撃できる立場にもあった。
だが、この攻撃力、や、防御力、といったワードは何なのだろう。やはりまだ頭が整理できない。目を覚ましたら、目の前に30人ほどの集団が、私に向かって頭をたれている。そして、転生者様、と口をそろえて呼び、ケンタなにがしとの間の、問題を解決してほしいと懇願する。
井筒はゆっくりとサングラスを外した。陽光は、相変わらず眩しく、目を細めた。ひれ伏している、幾人かの姿や身なり、顔だちなどがはっきり見えてた。自分を恐れている素振りのものも中にはいる。
井筒は、ゆっくりと穏やかに、その集団にむかって尋ねはじめた。

【理解】
「まず…この世界は、なんだ…」
これが、先ず初めにでた言葉だった。当然だ。目の前にいるのは、着るものもままならない、痩せて、髪の毛にも虱がたかっているような人間の集団である。発展途上国ならいざしらず、現代の日本ではまずありえない。
集団はしばらく顔を見合わせていた。少しの間をおいて、やはり先ほどの精悍な顔立ちの父親が口を開いた。
「この、世界は、というと…どういう意味でしょうか、世界は世界であって、名前を知りません」




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?