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熱狂のユーロ2016中編③

 次の試合まで一時間もないため、再び旧市街を散策。旧市街を出ない限りは、どう巡っても真ん中のリシュルム広場へは時間内に戻ってくることができた。
 それにしても、いたるところ噴水だらけである。道が分かれたり交差したりする毎に出くわすので、少し歩けばすぐ噴水があった。さらに歩くとどこかの広場に出た。そんな風にして歩いていたら、いつの間にかリシュルム広場にまた戻っていた。次の試合は、ドイツースロバキアである。
 広場は閑散としていた。いちめんに出されたテーブルがほぼすべて埋まり、そのどこからも絶え間ない談笑が聞こえていた先刻のフランス戦が嘘のようだった。広場にはプラタナスの樹が並び、それぞれの幹にTVが括りつけられている。
 私はそのうちの一つの、TVの目の前の席に座った。そこは広場の真ん中で、周りは誰もいない。店に面したテーブルでは、何組かが談笑している。しかしTVに意識は行っていないようだ。僅かに観戦しているギャラリーもいたが、特に両国を応援している訳でもなさそうだ。試合は3対0でドイツの完勝に終わった。
 
 
 時刻は午後八時。緯度の高いヨーロッパの夏では夕方に当たる。ここからが長い。じわじわと夜に向かって行く。私はエクスの目抜き通りであるミラボー通りを越えて、マザラン地区にいた。
 ミラボー通りを境に北側はくねくねとした旧市街で、リシュルム広場はその真ん中にある。南側は対照的に道が縦横に整然と並ぶ関静な住宅街で、マザラン地区と呼ばれる。どちらもエクスらしいゆったりとした時間が流れるのは変わらないが、静かで活気のないこのエリアには、私は滞在中ほとんど寄りつかなかった。
 近年になってセザンヌの絵が収蔵されるようになったグラネ美術館も、入らず終いだった。エクスとその周辺には、行くべきところと居心地のいいところがありすぎて、ここを訪れる機会がなかったのである。元は教会だった美術館の尖塔が、夕刻の蒼天を突いている。西陽差す美術館を見遣りながら、私は来た道を引き返した。
 ミラボー通りに戻ると、プラタナスの並木の下を、無数のパイプ椅子が列をなして通りの端から端まで連なっていた。奥には即席のステージがあり、楽器が置いてある。クラシックのコンサートだろうか。
 夕方になると若者で溢れるこの通りも、今日は年配が多い。こういうところでコンサートをやるというのが南仏らしくて私も好きだが、試合開始時刻が迫っていたので、またいつもの広場に戻った。
 九時、リシュルム広場。本日最後の試合は、ハンガリーーベルギー。グループリーグではイタリア相手の初戦こそ落としたものの、その後は二戦とも〝らしさ〟を発揮し、優勝候補の呼び声も高いベルギー。一方のハンガリーは、最後の最後まで全チームに勝ち上がりの可能性があった超混戦のグループFを一勝二分で首位通過。東欧らしくよく組織されたチームとなっている。
 エデン・アザールやケヴィン・デ・ブライネといった選手にスペースを与えれば、瞬く間にゴールへ向かうプレーテンポの速さがベルギーの特長であり、ハンガリーとしてはそんな瞬間を与えない集中力を90分通してチーム全体で保てるかが肝となる。〝らしさ〟が発動したベルギーを止めるのは、強豪国でも至難だからである。
 開始10分。FKからベルギーが先制点。ハンガリーはボールを保持するも、奪われて後手後手に回る場面が多くなる。守→攻、攻→守とも、切り替えはベルギーが圧倒的に速く、加えてハンガリーはプレスが効かない上に最終ラインが中途半端に高いため、何度もベルギーお得意のカウンターに喘いでいた。
 そしてこのカウンターが、運動量の落ちる終盤に火を噴く光景は、国際大会で見せる彼らの姿そのものと言える。80分、91分と相次いでネットを揺らしたベルギーが、4対0で準々決勝進出を決めた。
 私は、一週間お世話になったリシュルム広場を後にした。南仏も今日までである。明日からは北上し、フランス東部を巡ることになる。

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