見出し画像

熱狂のユーロ2016前編②

 眼下にリヨンの街が拡がる。17日、私はフルヴィエールの丘の上にいた。時刻は午後二時半を過ぎている。
 カメラをズームして、市街を覗き込む。まず手前の、丘の下にあるサン・ジャン大聖堂が見える。向こうのソーヌ河を越えた所に広場がある。ベルクール広場。ユーロのファンゾーンである。旧市街のなかに結構な区画を占めているのが判る。カメラをさらにズームする。すると、人影疎らな広場は、次第に青味を増して行く。
 しばらくすると青の塊が、そこかしこに出来ていた。彼らは、アズーリである。イタリアースウェーデンの試合が迫っていた。大ビジョンは選手紹介とともに、両国の選手を大写しにしている。私は丘の上から、下の広場まで下りることにした。
 ベルクール広場に入ると、前半30分を過ぎていた。試合は堅守イタリアがほとんど決定機を作らせず、そのまま前半終了。後半もボールをスウェーデンに持たせ、ボールを奪うや要所要所で裏を狙って行くイタリア。そして後半43分、ドリブルで中に切り込んで放ったシュートが、試合を決めた。
 らしい試合運びで二連勝となったイタリアが、グループリーグ突破を決めた。広場のアズーリは特に喜びを爆発させることもなく、一様に晴れやかな表情を浮かべていた。
 ベルクール広場は、ローヌ河とソーヌ河に挟まれた旧市街の大きな一画を占め、周囲はマロニエの樹が等間隔に植えられている。中心にはルイ十四世の騎馬像が威容を誇っているが、ユーロ期間中はファンゾーンの施設の中へ押し遣られていった。
 ファンゾーンはメトロの駅があるローヌ河側から入ると、すぐに大ビジョンと大きなスペースがあり、飲食エリアや遊戯エリア、グッズショップなどが続き、ソーヌ河側に小ビジョンと小さめのスペースが割かれてある。
 軽く飲み食いしながら、次の試合までの時間を過ごしていると、目の前を妙な物体を連結させた自転車が通り過ぎた。中が見える大きな箱の上に二つのゴールがあり、そこには次の試合の対戦カードであるチェコとクロアチアの国旗がある。皆、飲み終えたペットボトルをどちらかのゴールに入れていた。
 つまりこれはゴミ収集の自転車で、会場中を隈なく回っていた。人気投票を兼ねたゴミ収集で、なかなか面白い試みである。クロアチアも注目していたが、私はやはりチェコに一票を投じた。
 
 
 時刻は夕方六時。目の前には、大画面があった。夕方と言っても空は青く、空に向かって大画面は伸びている。広場の周りの建物は高さが揃えられているため、私のいる位置からは、大画面は文字通り青空に向かって屹立していた。
 画面の中は、デモンストレーションの様子を映している。試合前になると、審判団の前で両チームの主将がコイン・トスを始める。チェコの背番号10が大写しになる。ロシツキーだ。
 私は思わず、観衆の一群から前に出た。出たところは私一人である。そこで腰を下ろし、後ろに体を傾けた。得体の知れぬアジア人が一人前に飛び出て観戦する恰好となった。リヨンの空の下で、大画面を目の前にして、試合は始まった。
 タレントに勝るクロアチアが優位に試合を運び、幾度も決定機を作る。しかしチェコが誇る世界的守護神、ペトル・チェフの鋭い反応がそれを阻む。このまま前半終了かと思われた37分、遂にクロアチアが先制する。シュート数で12対2。クロアチアは圧倒するも、一点のリードで折り返した。
 後半に入るとチェコは前がかりに攻め込み、いいリズムを作って行く。しかし後半14分、彼らは足を掬われる。前がかりになっているところを奪われ、縦パス。抜け出したラキティッチの芸術的なループシュートが決まり、リードを2点に広げるクロアチア。
 クロアチア勝利のムードがピッチにおいても漂い始めていた。そんな中、今やチームの主将となったロシツキーが気を吐いた。攻守両面での彼の奮闘がチームに伝播して行く。これで流れは変わり31分、チェコは一点を返す。その後も猛攻。
 ここで事件は起きる。40分。突如として空気を切り裂くような破裂音が鳴り響く。クロアチアのゴール裏から発煙筒が投げ込まれていた。サポーター同士の乱闘も起き、試合は五分の中断。不穏な空気が漂う中、チェコがPKを獲得。これを決めて同点に。そのまま試合終了。
 これで勝ち点はクロアチア4、チェコは1。双方ともに、グループ勝ち抜けは最終戦に持ち越された。後味の悪い展開となったが、試合自体は見どころのある白熱した内容だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?